自分の仕事に対して、改めてその意味を考え始めたシマオ。前回、「仕事のやりがい」に関して悩んでいるシマオに、佐藤優さんは、「仕事とは個別の利益と大義名分の連立方程式」だと伝える。 資本主義において、労働者は営利を追求しなくてはいけない。今回は、会社で働く上で大切な「労働力」の考え方を教えてもらう。
職場では成果主義が加速する
シマオ:先日、リモートワークをできること自体が特権的って言われましたけど、リモートが全ていいかと言ったら、そうでもないですよね。仕事をしていても、「今日は頑張った!」という一日の達成感みたいなものがないというか。これって目には見えてないけれど、仕事の内容自体も変わってきているってことですかね?
佐藤さん:表面的には変わったように見えるかもしれませんが、私は本質的な変化はないと思っています。
シマオ:どういうことでしょう?
佐藤さん:リモート中心になって1番の変化は、成果主義が強化されたことです。これまでもその流れはありましたが、短期的な結果を求める風潮が強くなっています。なぜだと思いますか?
シマオ:会社に行くことが少なくなりましたから……見えるものは結果だけ、ってことでしょうか。
佐藤さん:そうです。会社に長時間残っていたり、上司と飲みに行って機嫌を取ったりといったことが評価に直結しなくなりました。仕事をしている姿勢を見せることには意味がなくなって、出した結果が全てになる訳です。
シマオ:確かに、今までは仕事以外のコミュニケーションにも気を使っていましたが、画面で会うだけなので、そんな必要はなくなりましたね。
佐藤さん:実際、リモートワークは上司のあり方にも影響を与えていると思います。シマオ君の会社にも中間管理職の人はたくさんいると思うけど、リモートになってどう思いましたか?
シマオ:正直、この人必要かな……と思う人が増えた、というか気づいてしまった、みたいな。もちろん、指示を仰いだりすることはありますけど、ミーティングで特に何もしていなかったり、「あ、いなくていいな」って人もいましたね。
佐藤さん:これまでマネジメントというと、どうリーダーシップを発揮するかばかりが注目されてきましたが、実は重要なのはフォロワーシップのほうだと思っています。
シマオ:フォロワーシップ?
佐藤さん:つまり、リーダーを積極的にフォローすることで組織を活性化していくことです。単にリーダーの言いなりになるだけではなく、時には意見することも含めて、リーダーを助けていく。
シマオ:つまり、中間管理職の人も部下に指示を出しているだけじゃなくて、積極的に動くことが必要だってことですね。
佐藤さん:リモートになって成果を求められるのは、中間管理職の人も同じですからね。ちょっとシビアな言い方になるけど、これからは結果を出すことがより上の仕事への入場券になっていきます。
シマオ:入場券というのは?
佐藤さん:これまではある程度年次が上がることで、自然に会社の中での地位や発言権を持つことができました。しかし、これからは結果を出してない人はそうした「入場券」をもらえない時代がやってくるはずです。
「雑談からアイデアが生まれる」は本当か
シマオ:厳しい時代になっていくんですね……。僕、大丈夫かな……。
佐藤さん:といっても、働き方の本質は変わっていないと思いますよ。今まで潜在的だったものが顕在化されてきたのであって、その中で生き残るために必要なスキルというのは基本的には変わりません。
シマオ:普通に仕事のやり方を学べば問題ないと……?
佐藤さん:そうです。上司にゴマをするようなコミュニケーションスキルや、大したことない案をよく見せるようなプレゼンスキルなんてものが、元々必要なかったというだけのことです。「雑談力」が重要なんて言われたりするけど、本当は仕事とはほとんど関係ありません。
シマオ:でも、よく会社の中での何気ない雑談から仕事のアイデアが生まれるなんて言いますよね。
佐藤さん:それはよく言われますが、実際そうですか? 喫煙室や給湯室での会話で人間関係が潤滑になるということはあるでしょうけど、本当に仕事にとって死活的な内容でしょうか。下手をすれば噂話だけで1時間なんてことがありませんか?
シマオ:ありますね……。
佐藤さん:本当に必要なのは、雑談ではなくブレスト(ブレーンストーミング)と情報の入手ですよね。
シマオ:でも、リモートで外出しなくなるとそういう情報に触れる機会がなくなってしまいませんか? 例えば電車通勤をしていれば中吊り広告を見たり、他人の会話をそれとなく聞いたりして世の中のことを知る、みたいなことがありましたけど。
佐藤さん:それは別に通勤電車じゃなくて、散歩でも近場への小旅行でもいい訳です。要は情報を入手する手段が変わるだけなんです。そういう意味では、これからは車による移動が増えて、耳による情報取得が広がっていくように思います。
シマオ:耳による……。つまり、ポッドキャストとかオーディオブックということですかね。
佐藤さん:はい。車社会であるアメリカでは「音声で」本を読むことがすでに一般的ですが、日本でも広まりそうです。
シマオ:情報収集の方法も時代によって変わってくる、と。
佐藤さん:これからVRなどが一般的になってくると映像による情報収集が身近になったり、さらに技術が進めば五感にまつわる情報も伝えられるようになるかもしれません。例えば、コーヒーのCMで香りも伝わってくるようなものも、そう遠くない未来のように思います。
シマオ:もう文字を読む必要なんてなくなるんですかね?
佐藤さん:いえ。そうだからこそ、より言葉の持つ意味が非常に大切になってくると思いますよ。人がものを考えるのは、言葉を使うしかありません。そして言語能力、思考力は言葉を読んだり、書いたりすることでしか伸ばすことができないんです。
シマオ:確かに、使わないと衰えるっていうのは感じます。この間も、人に待ち合わせ場所を説明しようとしたんですけど、今はマップのリンクを送るのが当たり前になってるから、久しぶりに道順とかを言葉にしようとしてもうまくいかなくて……。
佐藤さん:これからの時代に読書の価値はますます高まってくると思います。
「思考は言葉によって形成され知性となる」と読書の重要性を説く佐藤さん。
マルクスで読み解く、Withコロナの働き方
シマオ:リモートになって成果主義が強まるというのは、確かにそう思うんですけど、そうなると賃金も実力による開きが大きくなるってことですかね?
佐藤さん:その問題は、マルクスが『資本論』で書いている「時間賃金」と「個数賃金」の概念で説明することができます。
シマオ:時間賃金と個数賃金とは?
佐藤さん:例えば、1時間あたり10本のボールペンを作るのが標準的な働き方だとします。その労働者に時給1000円を払うのと、1本作ったら100円を払うのとでは、標準的な働き方をしている限りは同じことです。
シマオ:100円が10本で1000円だから、そうですね。
佐藤さん:個数賃金の場合、その労働者が頑張って1時間で15本作れば、彼は1500円をもらえる。反対に5本しか作れなかったら、500円しかもらえません。
シマオ:じゃあ、頑張った人が報われる個数賃金のほうがいいですよね。
佐藤さん:でも、みんなが頑張ったり、仕事を奪い合ったりするようになったらどうでしょうか? 労働者どうしの競争や足の引っ張り合いも起こるかもしれません。
シマオ:それはイヤだなあ……。というか、まるで現代の資本主義ですよね。
佐藤さん:マルクスは、資本主義社会は放っておけば時間賃金から個数賃金への移行が起きる。そして労働者間の過度な競争を招くから、それを差し止めるべきだと言っています。具体的には労働組合というのは、個数賃金に寄ったものを時間賃金に戻そうとする取組みだということです。
シマオ:これからどんどんその傾向が強まってくるのでしょうか?
佐藤さん:現時点ではそのように考えられますね。労働者にとって個数賃金は初めのうちはモチベーションになりますが、中長期的に見ると疲弊してきます。端的に言えば、余裕がなくなってくるでしょう。
シマオ:働き詰めだと疲れちゃいますよね。
佐藤さん:マルクスはそのことも分析しています。マルクスが言うには、それが起きるのは労働力が特殊な商品だからです。
シマオ:労働力って商品なんですか?
佐藤さん:人が労働によって商品を作り、資本市場でお金に変換します。それと同じように、労働者は労働力という商品を売って、賃金に変えている。マルクスはこれを労働力の商品化と言いました。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:でも、労働力が他の商品と違うところは、「再生産」をしなければいけないということです。労働者が疲れたり、病気になったりして働けなくなってはいけないから、あまり長時間労働はいけないし、たまには休息も必要になる。というのも、労働力は労働によって作ることができない特殊な商品だからです。
シマオ:労働者を休ませるのは、気遣っている訳じゃなくて、そうしないとクオリティを保てないから……なんですね。ちょっとイヤな感じですね。
佐藤さん:それが資本主義社会だと見抜いたのが、マルクスだったんです。自分が資本家でない限りは労働者なのですから、企業と自分との関係を客観的に見るために、今でもマルクスの考え方は有効なんですよ。
※本連載の第40回は、11月11日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)