- 米司法省は2020年10月、グーグルを反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いで提訴した。
- グーグルは世界のウェブブラウザの66%、携帯端末OSの74%、検索エンジンの92%の市場を独占している。
- 法律の専門家らは、今回の提訴によってグーグルが事業分割を迫られる可能性は低いと見ているが、完全には否定しきれない。
- 本稿では、今後グーグルに起こり得る変化と、その変化がグーグルの事業にもたらす影響について考察する。
世界のスマートフォンの4台のうち3台は、グーグルのAndroid OSで動いている。世界のインターネットアクセスの3分の2でGoogle Chromeが使われており、ウェブ検索に至っては全世界の9割以上でグーグルの検索エンジンが使われている。
グーグルはこの10年間でさらに支配を強め、オンライン市場をますます独占し、時価総額はわずか10年で約3000億ドルから1兆ドル超へと急上昇した。
しかし現在、グーグルは市場独占をめぐって前例のない司法調査に直面している。検索事業を主な対象として米司法省が起こした、反トラスト法違反訴訟の標的となっているのだ。これにより同社の広範囲にわたる事業は、かつてない解体の危機に晒されている。
今回の訴訟の核心は、グーグルを他社端末で標準の検索エンジンにするために、同社が他社と結んでいる排他的契約だ。特に、アップルとの契約でグーグルが支払っている額は年間80億〜120億ドルにものぼり、検索市場において不当に優位性を確保しているとされる。
先に行われた民主党主導の国会調査で、グーグルは独占状態にあると結論付けられ、同社の事業を規制・解体するための新しい法律が提案された(共和党議員らは提案された是正措置には同意しなかったものの、グーグルが市場を独占していることには概ね同意した)。
(出所)Statcounter; eMarketerをもとに編集部作成。
グーグルは、この訴訟の前提には「重大な欠陥がある」とし、市場独占も競合他社に対する不当な優位性もないと反論している。
Business Insiderは、グーグルを解体するために裁判所や議員が講じ得る方策について反トラスト法の専門家に見解を聞いた。
グーグルを相手どった訴訟はほとんど前例がなく、司法省の今回の提訴によって同社が事業分割される可能性は低いだろうという点で専門家の見解は一致している。しかし、今回の国会調査の結果を受けた今後の法改正の動向によっては、グーグルの解体が容易になる可能性がある。
そこで本稿では、政府がグーグルを解体するとしたらどのような方法があり得るのか、それぞれの方法がグーグルの事業にとってどのような意味を持つのかについて考察する。
検索エンジン事業が分社化される?
Alain Jocard/Getty Images
アクセス解析サイトのStatCounterによると、グーグルは世界の検索エンジン市場の92%以上を占めているという。
グーグルの提訴に踏み切った司法省が検索エンジン事業に焦点を絞っているのは、この独占状態が理由だ。検察側は、グーグルが排他的な契約によってその独占状態を維持していると主張している。この問題を是正するために、グーグルは検索エンジン事業の分社化か契約の無効化を迫られる可能性がある。
グーグルは収益のほとんどを広告収入から得ているが、その大部分を牽引しているのは検索エンジンだ。グーグルにとって、検索エンジンはドル箱であり、間違いなく市場を独占している領域である。
2019年通期の収益を見ると、1350億ドル近いグーグルの広告収入のうち、約980億ドルは検索エンジンの広告によるものだった。直近の四半期ではグーグルの収益の80%を広告収入が占めているが、検索エンジン事業がなければ同社の広告事業は崩壊する。
つまり、グーグルの検索エンジンプラットフォームに対して重大な措置を講じることで、同社は壊滅的な打撃を被る可能性があるということだ。
エリザベス・ウォーレン上院議員は2019年に、巨大IT企業の解体に関する投稿をしている。その中でウォーレン議員が提案しているのが、グーグルの検索事業の分社化だ。現在グーグルは検索エンジン事業と広告枠取引事業の両方を掌握しているが、検索エンジンプラットフォームを広告枠取引事業から分離することで独占状態を解消しようというのがこの提案の狙いだ。
しかし、グーグルの検索事業を丸ごと分社化することは、規制当局にとっては相当難しいだろう。グーグルが必死に抵抗してくることが予想されるからだ。
だが、規制当局は検索エンジンの排他的契約だけを問題にしているわけではない。グーグル検索の「自己選好性」(検索サービスを使用するたびに自分の好みの広告が反映されるようになること)も反トラスト法では注目の論点だ。
自己選好性によってユーザーは自社のショッピング広告やその他の製品に誘導されることになり、グーグルはこの問題ですでにヨーロッパでは90億ドルの罰金を科せられている。
この問題は、司法省の当初の提訴では焦点になっていないが、州検事総長がさらに広範囲での提訴に踏み切る可能性もあり、今後の動きに注目だ。
Chrome事業が分社化される?
Shutterstock
グーグルの検索エンジンの独占状態については、ウェブブラウザのChromeを抜きにしては語れない。ユーザーをグーグルの検索エンジンに誘導してくれるChromeは同社の収益目標達成に不可欠な存在となったが、そのために司法省から狙われることとなった。
司法省がグーグルを提訴する10日前にPoliticoが報じたところによれば、司法省と州検察当局はグーグルに対し、Chromeブラウザを強制的に売却させることを検討していたという。Chromeは世界で最も人気のあるウェブブラウザだ。その標準の検索エンジンであるGoogleにユーザーが誘導されるのは、当然と言えば当然だ。
Chromeは世界のブラウザ市場の70%近くのシェアを占めている。グーグルはChromeから得られる収益を公表していないが、サンダー・ピチャイCEO自身が、Chromeはグーグルにとって「ずば抜けて収益性の高い」製品であると語っている。
規制当局にとって、Chromeが非常に成功していることだけが問題なのではない。アップルとグーグルが排他的な契約を結ぶことによって、iPhone上ではグーグルが事実上唯一の検索エンジンプロバイダとなる。それによってグーグルが検索エンジン市場全体を独占する結果となることが問題なのだ。
今回の提訴では、「グーグルは、アメリカにおける一般的な検索クエリの約80%を占める検索流通経路を事実上所有または独占している」としている。
グーグルにとっては、アップルとの排他的な契約を破棄することよりも、Chrome事業の売却のほうがはるかに痛手だろう。グーグルが自社の検索エンジンを標準として設定できなくなれば、ユーザーの多くはその代わりにBingやDuckDuckGoなどの検索エンジンを利用することになるだろう。
Business Insiderの取材に応じた反トラスト法の擁護派は、今回の措置はまだ初期段階ではあるものの、Chrome事業の分社化は、独占状態のグーグルを解体するための具体的な道筋であることは間違いないと見ている。
反トラスト法擁護派でアメリカ経済自由プロジェクトの事務局長、サラ・ミラーはこう指摘する。「Chrome分社化の線が一番濃厚だと思います。目的を達成する手段としてChromeを利用している現在の状況は、かなり分かりやすい抱き合わせ商法ですから」
Android事業が強制売却される?
REUTERS/Dado Ruvic
グーグルを解体するもうひとつの方策は、世界のスマートフォンの4分の3近くに搭載されている「Android」OSに狙いを定めたものだ。
司法省の主張はこうだ。グーグルは携帯端末メーカー各社に対してOSをオープンソースにし、検索および広告収入の一部を端末メーカーに分配した。それと引き換えに、端末にAndroidを搭載することに同意する契約に署名するよう促した——。
こうした強引な取り決めが功を奏し、Androidは現在、アメリカでライセンス供与可能な携帯端末用ソフトウェアの95%を占めている(最大のライバルであるアップルのiOSはライセンス供与をしておらず、iPhone上でしか動作しない)。
しかし、グーグルはオープンソースのソフトウェアと検索と広告収入の分配という“アメ”をちらつかせてAndroidの契約を確保すると、今度は端末メーカーに対して“ムチ”を使うようになった、と検察側は主張する。つまり、それらの申し出を撤回し、オープンソースではないGoogle Play、YouTube、Chrome、Googleマップといった自社のアプリを標準装備するよう圧力をかけたというのだ。
端末メーカーがグーグルとの契約を解除しようとすると、ライセンス供与可能な携帯端末用ソフトウェアを販売している唯一の主要企業であるグーグルから広告収入の分配を受けられなくなるかもしれないというわけだ。
規制当局は、こうしたグーグルの優位性を解消するための措置を講じる可能性がある。1つの選択肢としては、Androidをグーグルから切り離して分社化するという構造的な是正措置だ。Chromeと同様、Androidはグーグルがユーザーを検索エンジンに誘導するための手段であり、Google Playストアは同社の収益に大きく貢献している。
もう1つ考えられることとしては、グーグルが端末メーカーに課している契約条件を緩和するよう、グーグルに強制命令を出すという是正措置だ。
ブルームバーグ・インテリジェンスの上級訴訟アナリスト、ジェニファー・ライは次のように指摘する。
「普通、会社が違法な排他的取引を行っていたら、シンプルに『それはやめましょう』という是正措置をとることになります。契約に排他的な項目があるのなら、その項目を削除すればいい。しかしそのためには、グーグルがちゃんと行動制限に従っているかどうかを監視する必要があります。時には従っていないこともありますから」
広告管理事業が分社化される?
グーグルのサンダー・ピチャイCEO。
REUTERS/ Stephen Lam
今回の司法省の提訴で驚きだったのは、グーグルによるデジタル広告市場の支配に対抗するものではなかったという点だ。しかしだからといって、疑いが完全に晴れたというわけではない。
州検事総長らのグループは、グーグルのオンライン広告事業に焦点を当てているとされる司法省と連携して、グーグルを相手取った訴訟を進めている。2020年前半の報道によると、この訴訟次第ではグーグルのアドテク事業が分社化される可能性もある。
グーグルがアドテク分野で支配的地位を築けたのは、2007年に31億ドルで買収したDoubleClickをはじめ被買収企業の貢献も少なくない。こうしてグーグルはじわじわと広告枠取引全体での存在感を高めていき、オークション形式の広告売買取引を独占するようになった。
しかし、グーグルのサードパーティーのアドテク事業を分割することで、事態が混乱する可能性もある。ウォール・ストリート・ジャーナルが2020年前半に指摘した通り、グーグルのサードパーティー広告商品は、同社の他の技術と密接に関連しているからだ。
同レポートでは、グーグルが技術を受け継いだDoubleClick事業(デスクトップのディスプレイ広告を主に手がけている)は、多くのユーザーが携帯端末へと移行するにつれて重要でなくなったと報じている。
それどころか、グーグルは規制当局に納得してもらうために、サードパーティー広告事業の売却を検討していると報じられていた。だが、グーグルのデジタル広告市場における揺るぎない独占状態を切り崩すには、DoubleClick(Google Ad Managerに名称変更)を分社化するだけでは効果が薄く、DoubleClickに依存するパブリッシャーにさらに悪影響を及ぼす可能性がある。
その他に考えられる是正措置は?
REUTERS/Dado Ruvic
政府は上記以外にも、グーグルの市場独占を打破するための措置を講じる可能性がある。
2919年、EUの規制当局はグーグルに対して、Androidユーザーが標準の検索エンジンとブラウザを選べるようにすることを要求した。しかしこの規制措置は形式的なもので、グーグルはヨーロッパの検索エンジン市場の93%を独占し続けている(StatCounter調べ)。
「今後注意深く見守っていくべきなのは、これらの是正措置がEUでどの程度有効に働いているかという点です。アメリカの司法省は、この点に注目していると思います」とジェニファー・ライは述べている。しかし、グーグルのライバルはそうは思っていない。
「アメリカ国内でもそう遠からず、Android端末上でブラウザを選択できるようになると思います。またアップル側でも、どんな方法かはさておき、ブラウザを選択できるようになる可能性もあるでしょう」と、バーンスタインのグーグルアナリスト、マーク・シュムリクは言う。
グーグルの解体をめぐってどのような措置がとられるかは、訴訟で今後提示されるであろう証拠次第だ。ライは言う。
「司法省はグーグルに関し、何百万ページにわたる膨大な証拠書類を集めてきました。そこに何が書かれているかによって、どんな是正措置がとられるかが決まるはずです」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)