撮影:今村拓馬、イラスト:Singleline/Shutterstock
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
今回は、11月3日に投開票が行われたアメリカ大統領選の話題を入り口に、入山先生が民主主義について考察します。「民主主義は制度疲労を起こしている」と切り込む先生、その真意とは?
民主主義は制度疲労を起こしている?
こんにちは、入山章栄です。
皆さんがこの記事を読むのは、アメリカ大統領選の結果が出た頃でしょうか。編集部の常盤亜由子さんも、結果が気になるようです。
選挙前、注目ポイントはいろいろありましたが、僕が個人的に関心を持っていたのは大統領選そのものというよりも、民主主義の行方です。
ご存じのようにアメリカの大統領選は、投票資格を持つ国民1人ひとりが大統領選挙人と呼ばれる人を選び、その選挙人が一国の指導者を選ぶ仕組みです。
直接選挙制ではありませんが、大統領選挙人はあらかじめどちらの大統領候補者を支持するかを明らかにしていますから、国民にとっては「自分たちが大統領を選んだ」という実感が湧きやすいはずです。こんなことができるのも民主主義だからこそですよね。
しかしその一方で僕は最近、民主主義は部分的に制度疲労を起こしているのではないか、とも考えるようになりました。
この連載の第31回で、「同族経営の会社は意外にも強い」という話をしたのを覚えておいででしょうか。同族経営には、「ワンマン社長が強い権力を持ち、お家騒動など何かとゴタゴタが多い」という印象がありますが、実際に統計分析をしてみると、少なくとも上場企業に関しては、成長率も利益率も高い優良企業が多いのです。
理由は2つです。第一に、同族企業は同じ人物が長期にわたってトップを務めるので、長期的な視点に基づいた経営計画を立てやすいからです。そして第二に、社長がそのビジョンに向かって、社員たちをある意味ワンマンに、半ば強引に率いていけるからです。
結果、僕がこの連載でその重要性をひたすら説いている、イノベーションに不可欠な「知の探索」を長期的に続けることができる。だから同族経営には、長い目で見ると実は高いパフォーマンスを誇る企業が多いのです。
コーポレートガバナンスは重要だが、その本質を見誤りあまりに短期的な視野に陥ってしまうと危険だ。
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一方、コーポレートガバナンス(企業統治)が効きすぎている会社では、イノベーションが期待できなくなる恐れがあります。
僕はコーポレートガバナンス自体が悪いと言っている訳ではありません。コーポレートガバナンスは言うまでもなく重要なのですが、ただその意味を曲解し、「短期で常に成果を出して株価を上げることこそが良い経営だ」と見なして、短期志向の株主の声にばかり耳を傾けてしまうことが問題なのです。
そうすると、5年後10年後のためのイノベーションに必要な「知の探索」をするよりも、来年の株価を上げるためのリストラや自社株買いだけをしたほうがいい、ということになる。その結果、会社としての長期の力が弱まっていくのです。
さて、この考え方を国の政治に当てはめてみましょう。すると、「同族企業」は「専制政治」になぞらえやすいはずです。一方の「コーポレートガバナンスの効きすぎた企業」は、「民主主義が曲解され、目先のことしか政策課題にならない政治」ととれるでしょう。
専制政治は民主主義とは真逆なのでわれわれのような現代の日本人にはなじみにくいですが、実は利点もある。それは、同族企業のように、大きな変革が必要なときに改革を即座に断行できることです。しかもそれを、長期的な視点を持ってやれる。
一方の民主主義では、政治家は有権者に支えられていますから、有権者に評判の悪い政策は実行できない。何より、民主主義は選挙があります。選挙で有権者を引きつけやすいのは、「30年後には役に立つかもしれない長期戦略」よりも、「いま目の前で有権者にとって魅力的な、極めて短期的にメリットのありそうな政策」になってしまうからです。
中国がデジタル変革を断行できた理由
国家主席に権力が集中する中国では、良くも悪くも思い切った政策を断行できる。
REUTERS/Carlos Garcia Rawlins
僕は個人的に、民主制をとらない中国の政治体制は好きではありません。ただ他方で、いま最もデジタル変革を起こせている国のひとつが中国であることは間違いありません。
ご存じのように中国は中国共産党の一党独裁であり、とりわけ習近平国家主席に権力が集中している。逆に言えば、だから同族企業のように強引な規制緩和もできるし、改革もスピーディーに進められる。さらに言えば、彼は長期政権を望んでいるようです。実際、中国はかなり長期で物事が考えられている印象です。
もちろん、「知の探索」をやる以上、失敗も多くなります。実は中国共産党には失政も多く、中国各地には都市開発に失敗したゴーストタウンが林立しています。もし日本政府が同じことをしたら、メディアも叩くし、国民が反発するのは目に見えています。
しかし中国は良くも悪くも長期視点を持てており、しかも独裁ゆえにメディアに叩かれる心配がないので、思い切ったことができる。
アメリカのトランプ大統領も、自分を熱狂的に支持してくれる人たちさえいればいいと割り切っているので、けっこう民意を無視しますよね。だからそれなりに強引なことができるし、それがうまく行けば、実は経済全体にはプラスにもなりうる。実際、トランプ政権下のアメリカの株価は高かったし、トランプが負けそうな報道が流れると、株価は下がりました。
つまり国民の意見を何でも聞き入れて、いつも要望に100点満点で応えていると、どうしても目先の短期的なことしかやらなくなるし、大胆な変革もできません。何より失敗が許容されない。結果、国家として中長期的に取り組むべき大きな変革は成し遂げられなくなる。
同族企業とガバナンスの効いた企業の間にあるトレードオフのように、専制政治と民主政治もトレードオフの関係にあるといえるでしょう。
おっしゃる通り、それが問題です。会社であれば、株主や監査法人、社外取締役など社外の人がトップをいさめる役割を果たしてくれる可能性があります。ところが国家となると、周辺の国がやり方に口を出すのは内政干渉になるのでできない。そこが民主主義と民間企業の大きな違いでしょうね。
ですから国と企業を同列に論じることはできません。とは言え、ここまで述べたように、長期的な変革という点においては、今の民主主義は弱点が目立ち始めてきている。民主主義の良さを残しつつも、長期的な変革ができる、実行力のあるリーダーをサポートする新たな仕組みを考えなければいけない時代になっているのかもしれません。
僕は前首相の安倍さんは、第1次安倍政権が短命に終わったこともあり、長期政権となった第2〜4次は政権の維持をひとつの目的にしていたと思います。結果、かなり民意を気にしていた印象です。
であるがゆえに、長期的には国にプラスでも短期的には反発を招きかねない政策、特に構造改革や規制緩和を強引に進められなかったのではないでしょうか。まさに民主主義的であり、企業で言えば、「株主の声をよく聞きすぎる経営者」のようなものだった。
選挙にはやたら強かった代わりに、長期に必要だった規制改革ができたかというと、できずじまいだったと思います。
それに対して現政権の菅さんは、いろいろな人から話を聞いた限りでは、「やると決めたらやる」行動派のようです。だから就任早々、日本学術会議で6人の学者の任命を拒否したのかもしれません。
菅さんがこの調子で改革に着手すれば、もしかしたら一見、民主的とは言いがたいリーダーに見えてしまうかもしれない。僕は菅さんを擁護する訳でも、反対でもありません。ただ、われわれはこの同族企業とガバナンスの効きすぎた会社、あるいは専制主義と民主主義の間のトレードオフを見極めながら、物事を考える必要があると思います。
菅さんが半ば強引に改革を進めたとき、われわれ一般の有権者やメディアが菅さんをどのように評価するか。ここが重要なポイントになるのではないかと思います。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子)
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この連載について
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理します。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか? 参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。