(C) 2020 Warner Bros. International Television Production Limited
福田萌子さんが「バチェロレッテ・ジャパン」を振り返る映像が、YouTubeにアップされている。
動画:シネマトゥデイ
「バチェラー」の男女逆転バージョンの日本版。初代バチェロレッテとなった33歳のその女性は、「バチェロレッテで得たものは?」と聞かれ、こう答えた。
「すべての経験値が、自分の今をつくっていると思っているんですね。うまくいかなかったことも、私を形成しているひとつのアイテムであり、大切なもの。経験値はすべて私の人生の財産となっていると思っていて、そういう意味でバチェロレッテも私の人生の大きな経験値となって……」
おかげで母と恋バナができるようになった、と結んだ。
経験値という言葉が3回。それが福田さん。番組を通じ、そうわかってはいた。だが、見終えたいま、こうも思う。福田さん、少し経験値から離れよう。だって、人生だよ。ビジネスじゃないんだよ。
もちろん、これは「恋愛リアリティーショー」だ。演出もされ、制作者の「意図」の元に配信されている。見えているものが、出演者の全てではないことは承知している。だけど、 予想外の結末だったから、そう言いたい気持ちになった。
何度も口にした「経験値」というビジネス用語
番組は「1人の独身女性を、職業、年齢、容姿、性格もさまざまな17人の男性が奪い合う婚活サバイバル」(Amazonプライムビデオより)。国内外でデートを繰り返し、男性を振り落としていく過程が8つのエピソードとなって配信された。
福田さんは前向きで、常に成長をしたい人だ。その象徴が「経験値」で、番組内でも何度も口にしていた。例えばエピソード3で、ある男性が離婚歴を告白した。原因は自分の不倫だったと語る男性に、福田さんはこう返した。
「It’s a life. ひとつだけ言えるのは、経験値があるっていうこと。結婚した経験値があるし、人を傷つけてしまったと感じている経験値がある」
だから優しくなれるよねと言いたい感じはわかったが、少し不思議だった。「経験値」はビジネス用語と思っていたから、「life」と共に語られることが不思議だった。が、それよりも、17人の中から誰が選ばれるのか、そちらが気になって見続けた。すごく面白かった。
福田さんの真剣さを前に、男性たちが己を語った。ハイスペック男子がトロフィーワイフを選ぶ匂いがぷんぷん立ち込めていた「バチェラー・ジャパン」とはまるで違い、男女がぶつかり合うドキュメンタリー番組のようだった。選ぶ側と選ばれる側が対等に見えて、それも心地よかった。
「結婚したいから」と何度も語っていたのに
福田さん、バチェロレッテになった理由を「結婚したいから」と語っていたのだが……(写真はイメージです)。
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が、まさかの結末だった。完全にネタバレになるが、福田さん、最後に絞った男性2人に対し、「どちらもダメ」という決断をしたのだ。
初代バチェロレッテになったのは「結婚したいから」と何度も語っていた。だが、どちらも「結婚相手ではない」と結論したという。番組の趣旨に合っていないし、付き合ってから、ゆっくり考えてもよかったはずだ。でも、そうしなかった。
驚き、あれこれ考えた。そして「経験値」にとらわれ過ぎているのだと思った。「経験」に「値」が付くと、何かを増やしたくなる。「経験」する前に、これは「値」を増やす経験かと考えてしまう。
だから福田さん、選べなかったのだ。値を増やせる相手だと確信できなかった。それは、そうだ。人生なんて、確信して進める時ばかりではない。そう結論したのだが、私よりずっと早く、「経験値」が象徴する福田さんのありように気づいていた人がいた。
杉田陽平さんという35歳の画家だった。最後に振られた2人のうちの1人だ。ああ、なんてもったいない。59年間という人生の経験値(!)を持ち、杉田さんのファンになった私ゆえ、激しくそう思いながら、説明していく。
「成果じゃない」。行動そのものが大事
「植えること自体が希望」。杉ちゃんはそう言った(写真はイメージです)。
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番組には、最後に残った3人の男性の「実家訪問」をするという決まりごとがある。だから福田さん、杉田さんの三重県の実家にも行った。両親と姉と一緒に鍋を食べた後、杉田さんは福田さんを庭に誘った。小さな木を用意していて、「明日、世界が終わるとしても我々は、僕だったら、りんごの木を植えるんですよ」とちょっと早口で言ってから、福田さんにこう言った。
「成果じゃないんだ、と。植えること事態が希望とか祈りで、もうすでにゴールっていうか、成果っていうかね、それ自体が一番大事な気がしてるの、僕は」
杉田さんは参加者全員に「杉ちゃん」と呼ばれていた。だから、ここからは杉ちゃんにする。なんて、わかっているんだ、杉ちゃん。成果じゃないよね、「値」を増やすんじゃないよね、まず何かをする。それが大事なんだよね。
ここでもう1人、最後まで残った男性を紹介する。中国国籍で実業家の黄皓さん、33歳。私は最後まで、この人が選ばれるだろうと思っていた。福田さんと黄さん、似たもの同士だからだ。
「規格外セレブにして現代的な強さと美しさを兼ね備えた」女性。そうAmazonプライムビデオ紹介されている福田さんは、出演者の紹介動画で自分のことをこう語っていた。「今年はイタリアに5回、ベルギーに2回、オーストラリアに1回」行き、「おうちも日本各地にちょこちょこあるので」転々としている、そんな「普通の家庭」だ、と。
黄さんは紹介動画で、大学卒業後、大手総合商社の海外勤務を経て、上海で貿易と物流、日本でヒューマンプロデュースサロンの会社を経営している、年商は15〜20億円で、次に買う予定の車は「ベンツのゲレンデですね」と語っていた。
福田さんはモデルと同時に「スポーツトラベラー」という仕事もしていて、よく鍛えられたしなやかな体の持ち主だ。黄さんも「ジムで鍛えました」と書いてあるような逆三角形の体型で、絵に描いたようなハンサム。その自覚があるからだろう、黄さんは最初からずっと自信たっぷりだった。
なぜ2人とも選ばなかったのか
台湾でデートする杉田さんと福田さん。揺れる吊り橋で手をつなごうとする杉田さんに、「 全然怖くないよ」と福田さんが断る場面も。
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杉ちゃんはまるで正反対。初回など全く福田さんに近づけなかった。あまりのためらいぶりに「どっかでグッと行かないと、後悔しますよ」と助け舟を出したのが、黄さんだった。この時点で杉ちゃんの「決勝進出」を予想していた人は、誰もいなかったと思う。
が、そこから杉ちゃんはすごく変わっていった。8人に絞られたエピソード4は台湾でのデートだった。そこで杉ちゃん、愛を「花びら」と書いた。
「強引につかもうとするとあっちに行っちゃうし、待っていたらふっと落ちてきたり」
と。そんな独特の感性と、誰に対しても向ける優しさ。美点がはっきりしていき、福田さんも惹かれているのがわかったし、私は完全に「杉ちゃん一択」になった。
だが、どちらを選ぶかとなれば、ハイスペックで似た者同士の黄さんを選ぶのが安心安全だろう。価値観が似ているのは、とても楽だ。でも、杉ちゃんは福田さんにないものを持っている。独特の感性に、ドキドキもしたろう。きゃー、選べなーい。だから、2人とも振る。と、そんな単純な問題ではなーい。
リスクマネジメントで語るのをやめない?
シャンパン飲みながら、リスクマネジメントを語るのはやめない?(写真はイメージです)。
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りんごの木を前に、杉ちゃんが語った「成果」。それが世の中を覆ってしまっているのだと思う。
普通に生きていると「成果」が近づいて来て、ビジネスだけにとどまらず、人生を考える時にも影響してしまう。成果の出る、つまり経験値が上がる選択を、効率よくしなくては。福田さんも、そんなふうに考える1人。その意味で、よくいる今どきの人。そんなふうに思う。
福田さんも黄さんも、「ビジネス発想」の人だった。黄さんは「それはAだが、Bともとらえられる。なのでCとしていこう」と話を進める。日常会話がPDCAだなあと思っていたら、そこを指摘したのが福田さんだった。エピソード8の舞台・屋久島で、黄さんはこう言った。
「いい思い出になるのかもしれないし、ちょっと苦い思い出になるのかもしれない。でも初めて屋久島に行ったのはあの旅だったなって、絶対思い出す」
すると福田さんが、こう突っ込んだ。
「黄さんさー、今日はリスクマネジメントするの、やめない? いいことも悪いこともいい経験だって、俯瞰で言ったでしょ。中途半端よりは、踏み込むか、やめるか」
レストランでの、シャンパンを飲みながらの会話。もっと気持ちをはっきり伝えてでなく、「リスクマネジメントはやめない?」と言う福田さん。対する黄さんはさっとギアを変え、「好きになるより、好いてもらった方が幸せだと思っていた」と告白を始めた。即座に回すPDCAだったが、実を結ばなかった。
SNSで飛び交った樹木希林さんの名言
「結婚は物事の分別がついたら、できないんだから」。樹木希林さんの名言がSNSでは飛び交った(写真はイメージです)。
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黄さんには「最初から惹かれてた。でも私の人生のパートナーは黄さんじゃない」、杉ちゃんには「すごく好き。もっと一緒にいたい。だけど女性として男性を見る目じゃない」。福田さんは、そう告げた。
えーーー。これって、誰か1人を選ぶ番組ですよ、と見ていたほとんど全員が思ったはずだ。
59歳の杉ちゃん派としては「杉ちゃんの方が好きだけど、不安材料が多いので選ばない」と読めた。黄さんへの言葉を借りて、こう言いたかった。「福田さん、リスクマネジメントするの、やめない?」。福田さんは黄さんを「俯瞰的」と言っていたけど、福田さんは「総合的、俯瞰的」くらいまでいっていると思う。あ、こちらは菅首相のフレーズだが、わかっていただけただろうか。
我らが杉ちゃんは、総合的でも俯瞰的でもない。リスクマネジメントもしないし、PDCAも回さない。ただ福田さんを思い、結果として「成果主義は違うよ」と語りかけたのだ。ああ、杉ちゃん……。
この結末を受けて、SNSの世界で樹木希林さんの「名言」が飛び交っていた。
「結婚なんてのは、若いうちにしなきゃダメなの。物事の分別がついたら、できないんだから」
樹木さんの言う「物事の分別」は、「知恵」のようなものだっただろう。だけど福田さんの決断を妨げたのは、知恵でなく、「ビジネスセンス」だったと思う。
エピソード8の後、福田さんと男性全員が集まってのトークショー「アフターファイナルローズ」が開かれた。サブタイトルは「旅の終わりは私が決める」。
イベントオーガナイザーは「私のこと、どう思ってる?」と尋ねられ、「きれい、可愛い、 スタイル最高」と答えて、先へ進めなかった。
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福田さんは、そこで、
「私は結婚相手になる愛を見つけることはできなかったけど、みんなを愛してた。私は愛に満ちあふれた人だとわかった」
と語っていた。
わかるような、わからないような言葉だが、PDCAとしては美しいことはわかる。P→結婚相手を見つける D→17人と出会い、旅をする C→結婚相手は見つからなかったが全員を愛した A→愛あふれる人として再出発。多分、これで合っていると思う。
杉ちゃんが実家の庭で語ったのは、ルターの言葉だった。
「たとえ明日、世界が滅びると知っても、私は今日、りんごの木を植える」
宗教改革者ルターは、きっとPDCAを回していない。
(文・矢部万紀子)
矢部万紀子:1961年生まれ。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、「AERA」や経済部、「週刊朝日」などに所属。「週刊朝日」で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長を務めた後、2011年退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に退社し、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』。最新刊に『雅子さまの笑顔』。