2020年夏以降、若年女性の自殺がはっきりと増えている。コロナ禍との関連は。専門家に聞いた。
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2020年7月以降、命を絶つ若い女性が増えている。
芸能人の自殺報道によって、若者らの自殺が増える「ウェルテル効果」の影響が大きいとの識者の指摘もあるが、他にもコロナ禍によって生まれたさまざまな要因が、心を追い詰めているようだ。
専門家は、彼女たちの孤独感や悩みが深刻化する前の「小さな生きづらさ」の段階で、丁寧にケアする必要性を訴えている。
「女子の原因」があるはず
厚生労働省の指定法人で自殺対策に取り組む「いのち支える自殺対策推進センター」(JSCP)の「コロナ禍における自殺の動向に関する分析」によると、4~6月は前年に比べてやや少なめに推移していた自殺者数は、7月以降に急増。男女ともに増えてはいるものの、増加幅が大きいのは女性だった。
特に8月は、過去5年間5~14人で推移していた女子中高生の自殺者数が30人に増え、男子の28人を上回った。2020年3月まで防衛医科大教授を務め、子どもの自殺問題に詳しい高橋聡美氏によると、日本では全年代で女性より男性の自殺の方が多い傾向があり、女性の数が上回るのは異例だという。
例年、夏休みが明けて新学期を迎える9月初旬が、最も子どもの自殺のリスクが高まるとされている。
当初は「コロナの影響で8月に新学期が始まる地域が多かったため、9月の増加分が前倒しになっただけでは」との指摘もあった。
しかし、厚労省が毎月発表している「地域における自殺の基礎資料」(暫定値)によると、9月も未成年の自殺者数は男女ともに前年を上回り、必ずしも「新学期」が原因ではないことがうかがえる結果となった。
またJSCPは前述のレポートで、7月以降に著名な芸能人の自殺が報道され、それを見た人の自殺が増える「ウェルテル効果」が大きく影響した可能性が高いと指摘した。
しかし、高橋氏はこう訴える。
「自殺は多くの場合、複数の要素が絡み合って起こる。特に女子の自殺が顕著に増えた以上、新学期クライシスやウェルテル効果以外にも、女子ならではの要因があると考えるべきだ」
これまでとは違うタイプの相談増えた
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電話とオンラインチャットで、子どもたちのさまざまな悩み相談に応じるNPO法人の全国組織「チャイルドライン支援センター」では、2020年4月1~15日の相談電話の発信件数が2万7500件と、前年同期の1.8倍に跳ね上がった。
同センターの年次報告書によると、コロナ禍に伴い「「大学に入学したのに通学できず、バイトも見つからずお金も不安。毎日死にたいと思ってしまう」といった声も。
都内でチャイルドラインを運営する「しながわチャイルドライン」の矢吹陽子副代表理事は、「コロナ禍以降、これまでとは違ったタイプの相談が増えた」と話す。
本来は学校になじめそうなタイプの子たちが、臨時休校中にゲーム依存に陥るなどして生活リズムが崩れ、学校再開後も授業についていけなくなったり、友達を作るきっかけを失ったりして、不安を募らせているという。
「父親の暴言や罵倒が耐えられない」
同センターが5月に発表したコロナ関連の事例によると「仕事が休みで収入が減り、親がけんかしている」「父の暴言や罵倒がひどくて耐えられない」といった内容もあった。
親子関係に関する相談は、特に女子から多いという。
しながわチャイルドラインでは、家に居づらくなり、外から電話を掛けてくる女子に、「一番近いコンビニを目指して」などと、明るく人目のある場所へ行くよう促して、身の安全を確保することもあるという。
厚生労働省によると2020年1~6月の児童虐待相談件数(速報値)は、前年同期比より約1割多い9万8814件に上る。
家庭の中でもっとも弱い存在
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兵庫教育大大学院教授で精神科医の野田哲朗氏は、
「女子はえてして、家庭の中で最も弱い存在。両親が家にいる時間が延び、子どもが夫婦間の暴力を目の当たりにさせられる面前DVや身体的虐待、性的虐待を受けるリスクも高まった。
被害を受けても相談相手が見つからず追い詰められたところに、芸能人の自殺が追い打ちをかけた可能性もある」
と分析する。
中高生だけでなく、女子大生の精神状態も悪化しているという。
野田教授は今年5月と7月、同大の学生それぞれ500人以上の心理状態をうつ・不安障害の検査「K6」を使って調べた。
その結果、女子大生は2回とも、評点の平均値が5.6と、メンタルに何らかの問題を抱えている可能性があるとされる評点5を上回った。大学生は小中高生よりもリアルの学校再開が遅く、一部で対面講義を再開した大学もあるものの、引き続きオンライン中心の大学も少なくない。
女子大生の自殺は9月も前年同月を上回った。
前述の高橋氏はこう推測する。
「女性は、おしゃべりやランチなど対面でのコミュニケーションでストレスを発散する傾向が強い。リモート授業が長引く中、ストレスへの対処が難しくなっているのではないか」
夜の街、強まる孤独感
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野田教授の臨床には、風俗産業にいる10~20代の女性たちも訪れる。
中にはコロナで店が臨時休業や短時間営業になり、収入が激減したストレスで、市販薬やアルコール依存に陥る人もいるという。
「今風俗に残っているのは、中卒など低学歴で他の仕事に就けず、助けてくれるはずの親との関係も悪くて生活のために働かざるを得ない子たち。もともと依存傾向のある人が多い上に、同僚が減ってしまった孤独感も精神状態を悪くしている」
若い女性の予期せぬ妊娠に関する相談も急増している。NPO法人ピッコラーレに寄せられた妊娠に関する相談件数は4月、前年同月比1・5倍に増加した。
ある児童相談所の関係者は「4~5月は地元助産師会への、妊娠に関する相談が例年の2倍に増えた」と明かす。
家に居場所がなく、寂しさから恋人と避妊せず性行為をしてしまった、勤め先のキャバクラが休業し、お金を稼ぐため個人的売春に走ったなどのケースもあった。
またかつて性被害に遭うなど、もともと性的にハイリスクな環境にいる子どもほど、不安を感じた時に、性的な問題行動が表れることも多いという。
この関係者自身、関わっていた16歳の女の子が妊娠し、「性的な関心はさほどないタイプだと思っていただけに、驚いた」と語る。
また、現在も妊娠を隠して生活している女子によって「数カ月後には、妊婦検診も母子手帳の交付も受けていない妊婦の駆け込み出産が増える恐れもある」とも話した。
子どものSOS、伝わりづらくなっている
しながわチャイルドラインでは、近年、すぐに「死にたい」「消えたい」と話す子が増えているという。
「死がタブー視されなくなったと感じる」と、矢吹さんは話す。
彼らは死を口にする一方、悩みを相手に分かるように説明したり、「つらい」「苦しい」などの感情を表現したりするのが、苦手になっているとも感じるという。
いじめ自殺の検証などに関わる、前出の兵庫教育大大学院の野田教授は言う。
「自殺を試みる子どもでも、直前までSNSに絵文字を使って明るい言葉を書いていることがある。悩みの深刻さを表現できない子が多くなった分、大人が子どもたちのSOSを拾い上げづらくなっている」
現場には限界も。不足する公的支援
撮影:今村拓馬
子どもの自殺問題に詳しい高橋氏は、性教育や虐待予防、ソーシャルディスタンスの中で失われた「おしゃべり」の場を復活させるなど、さまざまな面から女子の「生きづらさ」に対処する必要があると訴える。
さらにこう強調した。
「子どもたちが精神的に追いつめられてからではなく、『部活のレギュラーを外された』『親に叱られた』といった小さなつまずきを、学校やチャイルドラインのような相談機関が丁寧に拾い上げることが、結果的に自殺防止につながる」
ただし、教師や相談機関も人手やリソースに限界があるのが現状だ。
野田教授はこう指摘する。
「教師たちは努力しているが、忙しくて手が回らない。このため学校では本当にケアが必要な子ほど、手間のかかる落ちこぼれ、問題児として排除されてしまいがちだ」
チャイルドラインは、全国68団体、計2072人のボランティアが活動し、人間関係や思春期の心と体の悩みなど、幅広い話を聴いている。
しかし、しながわチャイルドラインのボランティアは、無償どころか会費を支払い、連絡先を記したカードの製作費などに充てているという。
自殺予防の活動に取り組む「いのちの電話」も民間団体だ。
高橋氏は「国として自殺防止に取り組むなら、民間の努力に依存すべきではない。相談機関や教員研修などに公的な資源を振り分け、子どもたちのメンタルケアを充実させる必要がある」と訴えている。
(文・有馬知子)
文部科学省・子供のSOSの相談窓口0120-0-78310
チャイルドライン0120-99-7777(毎日 午後4時~午後9時、チャットは毎週木、金、第3土曜日の午後4時~9時)
いのちの電話0570-783-556(ナビダイヤル・午前10時から午後10時まで)、0120-783-556(フリーダイヤル・無料・毎日16時から21時まで、毎月10日午前8時から翌日午前8時まで)