撮影:今村拓馬
企業はあなたを守れない
今回はまず、こんなグラフからご紹介したいと思います。
右肩上がりの上図が示すのは、新型コロナウイルス関連の倒産件数です。この倒産件数は、法的整理または事業停止、負債1000万円未満・個人事業者を含んでいます。11月2日に公開された最新のデータがここ数年の最多倒産数になっています。
さらに詳しく、新型コロナで倒産している業種を見てみましょう。倒産件数が突出して高いのが、飲食店。ホテル・旅館、アパレル小売店、建設・工事業が続きます。
GoToキャンペーンなどの施策も講じられていますが、苦境は続いているのです。
このように、新型コロナのダメージは甚大なものであり、同様の傾向は今後もしばらく続く可能性があります。この現実から目を背けてはいけません。あなた自身、あるいは家族や友人の中にも、新型コロナによる経済的影響を受けている人がいるはずです。
このような状況に直面するなか、改めて認識していただきたいのは、「私たちのキャリアとは、さまざまな組織や集団、社会情勢の影響をもろに受ける脆弱性を持っている」という点です。
キャリアの脆弱性を認識することではじめて、目の前の変化や社会状況に応じて、自ら主体的に、変幻自在にキャリアを形成していく必要性を理解することができるようになります。
その上で、キャリアの脆弱性を補填するために、中長期での戦略をしっかり練ることが不可欠です。
以上のような現状を把握した上で、プロティアン思考術としてやるべきこと。それは、この苦境をいかに乗り切るか、目の前の変化にどう適合するかを「自分事」として考え抜くことです。決して対岸の火事ではないのです。
こうした状況は、我々の誰もがこれからの人生で経験しうることです。その時に、給付金や補助金といった国が用意するセーフティネットにすがるのか、自分の力で何とか突破口を見出すかによって、行動は大きく変わってきます。
プロティアンは、もちろん後者。当事者の立場から考え抜きます。では以降、これから直面しうるあらゆる危機の中でどのようにキャリアを守っていけばよいのかを解説しましょう。
生き残り戦略は6パターン
前回お話ししたように、キャリアを築くためには「ビジネス資本」「社会関係資本」「経済資本」を意識することが大切です。
プロティアン・キャリアの視点から考えうる生き残り戦略は、上図にも示されている次の6つのパターンになります。本稿ではこれらをさらに詳しく見ていくことにします。
筆者作成
1. トランスファー型プロティアン・キャリア
企業で働きながらビジネス資本を形成し、あるタイミングで転職し、これまで形成してきたビジネス資本をさらに蓄積しながら、新たな職場で社会関係資本を増やしていくキャリア
2. ハイブリッド型プロティアン・キャリア
企業で働きながら複数のビジネス資本を蓄積していき、異なるビジネス資本の掛け算でオリジナルな市場価値をつくっていくキャリア
3. プロフェッショナル型プロティアン・キャリア
一つの専門性を深め、ビジネス資本を形成していく。その専門性に関連する新たな知見や動向をキャッチアップしながら、専門性を磨き深化させていくキャリア
4. イントラプレナー型プロティアン・キャリア
社内資源を利用しながらビジネス資本を更新し、社内の機会を拓き、外部との交流を重ねながら社会関係資本を増やしていくキャリア
5. セルフエンプロイ型プロティアン・キャリア
ある組織で形成したビジネス資本、社会関係資本、経済資本を元手に独立し、自身が得意とする領域を形成していくキャリア
6. コネクター型プロティアン・キャリア
社会関係資本の形成を大切にしながら、人と人をつなぎビジネスを生み出したり、人が集まるコミュニティをつくっていくキャリア
あなたはどのタイプのプロティアン・キャリアになりますか?
例えば、1社で長年勤務している方の場合には「4. イントラプレナー型」のプロティアン・キャリアが当てはまります。この型では、社内資源を利用したビジネス資本を更新しながら、外部との交流を重ね社会関係資本を蓄積していきます。
あなたもこの6つのプロティアン・キャリアのいずれかにあてはまると思います。もし、これらにあてはまらないと感じる方がいればTwitterのハッシュタグ「 #プロティアン 」をつけて、質問を投げてください。1つひとつ答えていきます。
キャリア資本の蓄積がその後を左右する
撮影:今村拓馬
私自身は、プロフェッショナル型プロティアン・キャリア(一つの専門性を深め、ビジネス資本を形成していくキャリア)を念頭において日々仕事をしています。キャリア資本の視点から見ると、プロフェッショナル型は社会関係資本が閉鎖的になりがちで、結果的に他のキャリア資本よりも相対的に低くなる傾向があります。
その点を常に念頭に置いているので、研究者以外のネットワークを意識的に大切にしてきました。自分の知らない世界で働いている人との社会関係資本を意識的に蓄積してきたのです。
もちろん、こうやって蓄積した社会関係資本が、非日常時にどれほどの支えになるか、逆に自分がどれだけ相手の役に立てるかは不確かです。
しかし一つ言えることがあります。私に限らずすべての人に当てはまることですが、社会変化によって勤務している企業の事業がうまく行かなくなった時に、どのようなキャリア資本を蓄積しておいたかが、その後のキャリアを大きく左右します。
事業がうまくいっている時は、目の前の業務をこなすことで日々が過ぎていきます。しかしコロナ禍で経験したように、「飲食店なのにお客さんがそもそも来ない」「航空会社なのに飛行機の運行ができない」という急転直下の環境変化は、私たちの誰にとっても実際に起きうることなのです。
私たちがキャリアを預けている組織事業や経営は、これほどまでに脆弱なものなのだと肝に銘じておく必要があります。私自身も、大学ですら倒産することがあり得るという最悪の事態を常に念頭に置いています。
組織が緊急事態に直面した際、どのような対策を講じることができるのか。それは経営者だけの問題ではありません。私たち自身も、いついかなる非常時にも対処できるよう、日頃からキャリア資本を蓄積しておくことが不可欠です。こうした備えがあって初めて、新たな仕事に挑戦することも可能になるのです。
(撮影・今村拓馬、編集・常盤亜由子、デザイン・星野美緒)
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を22社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。