撮影:今村拓馬
Business Insider Japanの読者であるミレニアル世代、特に20代にとって、政権と言えば、安倍政権という印象を持つ人たちは少なくない。長期政権が、この世代にどんな影響を及ぼしたのかを探る最終回。
今回は政治学者で、東京都立大学准教授である佐藤信さん(32)。佐藤さんは今の日本の政治と若者との関係をどう捉えているのだろうか。
7年8カ月の安倍長期政権を考える時に重要なのは、その前提に社会の変容があったということです。長期政権が私たちの生活を変えた側面より、私たちの生活の変化のうえに長期政権が実現したという面が大きいのです。特にその変化の影響が最も大きかったのが若者です。
「悪夢のような」という物語つくった安倍政権
撮影:今村拓馬
なかでも大きな変化は、インターネットの普及と浸透です。とりわけスマホの普及によって、ただネットが利用できるだけではなく、ネットの情報が身近なものになりました。特にデジタルネイティブといわれる世代の若者は何でもすぐにスマホで調べる。いまの大学生は授業を選択する際も教授や講義の名前をネットで検索して評判を見ることが当たり前になっています。
近年、SNSなどで情報収集していると、無意識のうちに価値観が近い者同士が集まり、特定の傾向の情報ばかりが集まってしまう、いわゆる「エコーチェンバー」の問題が指摘されています。
つまり人によって得ている情報や見えている事実が違う。こういう状況では、最初にどんな「物語」を信じるかが重要になります。特定の物語を信じれば、たとえそれが陰謀論のようなものでも、調べればそれを強化する情報はいくらでも出てきますし、調べなくてもそうした情報が集まりやすくなります。
安倍政権はその状況をうまく利用し、「悪夢のような民主党政権」という物語を広く流通させることに成功しました。もちろん当時から民主党政権については否定的な報道が多かったわけですが、それを「悪夢」とまで象徴化したのです。
この効果はとりわけ民主党政権を実際に知らない若者にとっては刷り込みに近いものです。これが若い世代が安倍長期政権にとって強い支持基盤であり続けた理由の一つです。
中立志向の支持層を取り込む
撮影:今村拓馬
とはいえ、若者は強い自民党支持というわけではありません。若者に限りませんが、安倍政権や自民党支持はそれ以外に選択肢がないという消極的支持が多かったのです。特に若者では政治色が付くことを恐れて、日々の振る舞いにおいては中立志向が強い。
長期政権になると、こうした中立志向は政権にとって有利に働きます。メディアにもネットにも政権に対する賛否両論が入り乱れています。市民が自分自身でどちらが正しいか判断することは困難です。
そんなとき、もし政権交代や内閣交代が頻繁に起きていれば政権からの情報発信にはそこまで重みがないのですが、長期政権となるとメディアの報道よりも、省庁のホームページや政府が発信する情報の方が信用できると考えるようになるでしょう。こうして政権が長期にわたるほど、広い支持を受けている政権の情報なんだから中立に近いのだろうと捉えられ、さらに広く長い支持が与えられることになるのです。
安倍政権は野党第一党と「悪夢」を重ね合わせてそちらを極端と位置付けながら、こうした中立であろうとする人々の支持を取り込むことに成功したわけです。
自民党を「革新的」と捉える若者
撮影:今村拓馬
従って、こうした現象を若者の保守化と見るのは誤りです。
早稲田大学の遠藤晶久准教授、ジョウ・ウィリー准教授による研究によると、各政党のイメージを聞くと、若者では共産党より自民党を革新的だと捉える傾向があるといいます。とりわけ小泉政権以降、新自由主義的な政策などを次々と打ち出す自民党の方が革新的で、批判ばかりしている野党の方が保守的に見えているということです。
「保守」とか「革新」とかいう言葉を抜きにしても、こうしたイメージはより多くの世代にも広がっているでしょう。
1960年代に学生運動があったように、昔の若者は権力に対する反発がありました。いまの若者にないわけではないのですが、自民党の中に既存の社会システムを壊す革新派を見る人々も一定程度いるということです。
例えば、現在の菅政権が学術会議を既得権益だとみなして攻撃しているような動きは一部の若者にはそう映るはずです。
「飽きの政治」から「諦めの政治」へ
安倍前首相と菅現首相。菅首相は「パンケーキおじさん」として頻繁に取り上げられた。
Reuters/ Pool New
第二次安倍政権の登場まで1年ごとに内閣が変わっていた時期がありました。これを「飽きの政治」と捉えるなら、いまは「諦めの政治」。安倍政権はいろんな政策を矢継ぎ早に打ち出すことで、結果はどうあれ「やった感」だけはあって、飽きを避けることに注力し、有権者の側はスキャンダルを見逃すことで、長期政権が実現しました。
ただ、目新しさに飛びつく「飽き」と、今までと同じでいいという「諦め」は表裏一体。有権者の政治への本質的理解が欠けているという点では同じです。
そこではメディアの責任が大きいと思います。例えば、安倍長期政権の背景に与党の主要政治家を「かわいい」と捉える若者の感性を挙げるコメントが主要メディアに取り上げられたこともあります。菅首相に関してもメディアはこぞって「パンケーキおじさん」などと「かわいさ」を前面に打ち出した報道をしてきました。
仮に若者の多くが菅首相を「かわいい」と捉えていたとしても、議院内閣制の日本で若者の支持の様態は、自民党総裁選や首相指名とほぼ無関係です。しかし、メディアはこうしたイメージ先行の報道によって、実態とは乖離し、政策評価なども無視した政治社会の形成に加担しているのです。
政治を諦めず、「前提」とする
撮影:今村拓馬
いまの若者たちは政治で社会を変えるという意識はないけれど、より積極的に社会にコミットする人も多い印象です。自分のライフプランをどうするか、自分個人をどうブランディングするかを考えながら、社会との関わり方を模索しているのです。
高学歴エリートの官僚離れもこの脱政府万能と表裏一体でしょう。上の世代は「若者」を客体化するのではなく、むしろ情報化する社会の個人像として身近に捉えて、部分的には学ぶべきです。
同時に、社会を変えていくのに政府を媒介しなければならないこともたくさんあります。若者にも政府の政策に対する反発や不満はあるでしょう。
例えば、新型コロナウイルスの感染拡大や休業要請が、親の経済状況を悪化させたり、バイト口などを著しく減らしたりして学生の困窮を招いているのに、なぜ布マスクの配布などに膨大な予算をかけているのか。そういうとき、ただ「諦め」て政治と距離をとるべきではありません。
中央政府にできることはどこまでか、地方政府にできることはどこまでか、有権者はどのような手段でどこまで影響を与えられるのか、そういった政治知識を前提に適時適切な行動をとるべきなのです。それが若者だけの課題ではないのは言うまでもありません。メディアにも正確で分かりやすい情報でその手助けをすることが求められているでしょう。
(聞き手・浜田敬子、構成・浜田敬子、松元順子、撮影・今村拓馬)
佐藤信:東京都立大准教授。1988年生まれ。専門は現代日本政治、日本政治外交史。著書に『近代日本の統治と空間』など。