新型コロナウイルスの第3波によって、日本国内でも急速に感染が拡大している。第1波、第2波で明らかになったことの一つは日本のデジタル化の遅れだった。その後、日本国内での対策は進んでいるのか。各国はどう第1波を乗り切ったのか。
LINEやグーグルともビッグデータを使った感染予防対策を実践した慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章さんと、海外のデジタルトランスフォーメーション(DX)に詳しいIT評論家の尾原和啓さん、『アフターデジタル2』の著者で株式会社ビービットで東アジア営業責任者の藤井保文さんで議論してもらった。
撮影:今村拓馬
宮田裕章氏(以下、宮田):あの対談から数カ月しか経っていないんですね。隔世の感がありますね。実は私、あの直後にインフルエンザになったんですけど、熱にうなされながらなんとかしなければと考え、それがその後、厚生労働省、LINEと連携して実施した「新型コロナ対策のための全国調査」の原動力になったところがあります。
尾原和啓氏(以下、尾原): 前回対談で私は、Googleの検索順位で上位に表示されるかどうかでビジネスも大きく左右される時代にアルゴリズムに一喜一憂する中で、プラットフォームとの距離感がさらに大事になると指摘しました。
特に健康は国境を越えた重要な課題ですから、これからは国家とプラットフォーム企業の連携が重要になってくるという話を宮田さんとしていたんですよね。
前回の対談で宮田さんが事例として挙げられた、イギリスのバビロンヘルスというスタートアップが開発したAI診断アプリは、アフリカのルワンダでは数百万人のユーザーがいます。新興国がプラットフォーム企業と組んで伸びていく事例が今後も増えていくでしょう。
アルゴリズムだけではフェイクニュースは防げない
感染拡大と共にドラッグストアでトイレットペーパーやマスクが店頭から消えた(3月1日、都内)。
REUTERS/Issei Kato
宮田:4月に放映されたNHK「クローズアップ現代+」で、まさにバビロンヘルスのCMO(最高マーケティング責任者)と議論したのですが、その時点で彼と話したのは、先進国は遠隔医療の規制緩和に踏み切るには時間がかかるため、リバースイノベーション、つまり中国や新興国から輸入する形だからこそ前に進むことがあるということでした。インフラが整備されていない新興国の方がスマホ普及やオンライン化への対応が早く、また制度のしがらみが少ない。
一方でコロナを経て、日本でも遠隔医療が緩和されました。そのような点ではこれまでとは未来の想定が変わり始めています。
撮影:今村拓馬
コロナではインフォデミック、つまりトイレットペーパーの在庫がなくなるといったネット上のデマが問題になりました。2020年7月より、私はGoogleとアルゴリズムフェアネス改善のプロジェクトを始めました。「AI for Social Good」を掲げるGoogleが、人々にきちんと良質な情報を届けられるようにしようというプロジェクトです。
これはかつて誤情報がインターネットに氾濫したとき、検索のアルゴリズムを変えるだけでは対応できなかったという点を踏まえたプロジェクトです。不確かな状況の中で、みんなが不安に駆られてネット上で発言すると、間違った情報ばかりがネット上に氾濫する。玉石混交の石ばかりになってしまうと、アルゴリズムの力だけではどうしようもない。
藤井保文氏(以下、藤井):石の情報が氾濫する中で、具体的にどうやってフェイクニュースを排除し、信頼性のある情報を残す作業を進めていかれたのですか。
宮田:まず、いま人々はどういう情報を求めているのか、Googleと調べました。そのニーズに応える質の良い情報を提供するにはどうするかということを感染症学会など専門家と相談しながら進めています。
撮影:今村拓馬
——「マスク」という単語や症状を検索すると、正しい情報が検索上位に表示されるという取り組みですね。
宮田:そうです。まだ完全に自動化できないので、Google Question Hubというものをつくって、専門家と協力しながら進めています。これからワクチンの開発が進む一方で、副作用が出てくる可能性もありますから、正しい情報が検索の上位に表示されることは一層大事になると考えています。
藤井:中国でも、テンセントやアリババがスピーディに動きました。もともとフェイクニュースが多いところに、コロナでは当初フェイクニュースだらけだったので(笑)。例えば高層ビルが炎上している映像と共に、消毒に使ったアルコールに電気が引火してビル1棟炎上したという記事がすごくバズったのですが、検証してみるとフェイクニュースだった、というようなケースはたくさんありました。
もともと「微信(WeChat)」では、情報のやり取りの中で「これは嘘っぽいぞ」という反応が多くつくかどうかで、フェイクニュースと正しい情報を振り分けていくことはやっていたようです。
ただ今回のコロナで評価が高かったのは、テンセントよりアリババかもしれません。もともとオフラインの世界に進出していたので、ロックダウンや外出自粛の中で物流や店舗を開けるための支援をして、中国国内では高い評価を受けていました。
リーダーの力が大きかったドイツと台湾
「リーダーのアカウンタビリティ(説明責任)が感染拡大の抑制に貢献した」国として宮田さんはドイツと台湾を挙げる。
—— 今回、台湾や韓国など海外のコロナ対策が日本でも高く評価されているのをどうご覧になっていますか。
宮田:よく私が引き合いに出すのがドイツと台湾です。ドイツはメルケル首相が国民に対して徹底的に説明しました。「1人が1.3人にうつせばドイツの医療は2カ月後に崩壊します。1.1人なら半年もちます。1を切れば未来は拓けます」と説明して最初の局面を乗り切った。
台湾も蔡英文総統の力が大きいと思います。台湾は、中国が共産主義国家だから封じ込めに成功したという事実に対して身をもって反証しなければという意地もあったのではないでしょうか。プライバシーデータを徹底的に活用することまで踏み込んで封じ込めに成功したのは、オードリー・タン氏のIT政策はもちろんですが、やはり蔡総統の力が大きかったと思います。リーダーのアカウンタビリティ(説明責任)が事態の収拾に貢献したという点では、ドイツと台湾は近いのではないでしょうか。
ちなみに中国は、国内の陽性者をほぼゼロにすることで、水際対策に集中できる段階に入っています。ニュージーランドもそうですね。ロックダウンやGPS追跡や、検疫に強い権限がない日本では、直ちに同様のアプローチを採用することはできないと思いますが、ひとつの解ではあると思います。
尾原:やっぱりその国のベースとなる信念がそれぞれありますよね。プライバシーや人権をどう考えるのか。日本は基本的に人の権利に過度に踏み込まないという理念があるので、あくまで自粛勧告という選択をした。
撮影:今村拓馬
私は日本とシンガポールを行き来しているので、それぞれで2週間ずつ隔離を経験しました。
意外かもしれませんが、シンガポールに戻ると、空港でのPCR検査はないんです。なぜなら空港から全員バスに乗せられて、政府の決めたホテルに連れていかれて、そのまま隔離生活に入るからです。どこに連れていかれるか分からない、ミステリーツアー(笑)。
たまたま私はマンダリンホテルだったのでラッキーでしたが、窓から髙島屋が見えてもホテルから1歩も出られず2週間過ごすわけです。10日目くらいにPCR検査をして、陰性なら外に出られます。潜伏期間を考えても、そこで検査するのが一番確実ですから、合理的ですよね。
——費用は誰が負担するのですか?
尾原:自己負担です。自分で希望して帰国するわけですから。行政権をもって強制的にコントロールした結果、ついに10月中旬には、陽性者がゼロになりました。シンガポールは国がトップダウンでコントロールして、疑いのある人に対しては強制力をもって対処するという方法をとった。
人海戦術とデータで封じ込めた中国
徹底した対策で感染を「封じ込めた」としている中国では、国慶節の休暇で多くの人が観光地に繰り出した(10月1日、北京駅)。
REUTERS/Carlos Garcia Rawlins
藤井:中国では「健康コード」というアプリが使われています。コロナに感染している危険度を赤・黄・緑の3段階で色分けし、感染している人はスマホの画面に赤が表示され、海外から帰国して2週間以内の人は黄色。何もなければ緑色です。自宅のある区域から外に出る時には、スマホの画面を見せなければいけません。黄色でも出られません。オフィスに入る時もビルの入り口で同様にスマホを見せるというように、徹底しています。
「健康コード」以外にも、自分で乗った飛行機や新幹線、宿泊したホテルに陽性者がいたかどうか、自ら調べられるサービスがかなり初期に登場しました。もし自分が搭乗した飛行機に陽性者がいたことが分かったら、ガイドラインに従って「人と会わないようにして、まずオンライン問診してください」という感じです。
なお、この「健康コード」はアリババが国の要請を受けて急ピッチで開発し、それまでは紙ベースで行われていた通行証を、2月11日の時点で全てデジタル化したものです。陽性になれば、過去の行動履歴は全部トレースできますから、どこに長時間滞在したなどもすべて分かる。その人が仕事していたオフィスのビルにいた人は全部赤になったりします。いったん赤になっても、翌日は緑に戻っていることもあるそうです。実際陽性者がいたビルを、日本の保健所に当たる担当者が検査して、同じビルの中でもこのエリアは大丈夫だとなったら緑に戻るんです。
宮田:人海戦術とデータを組み合わせているんですね。
藤井:そこは徹底しています。中国が封じ込めに成功したというと、何か隠しているんじゃないかという人もいますよね。でも隠してもSNSに情報は出てきますし、すぐに情報は漏れて広まります。
「俺たちはこんなに頑張って自粛しているのに、国が大事な情報を隠した」となれば反乱が起きかねない。民衆の反乱によって王朝が滅びてきたのが中国の歴史ですから、国側は余計な不安や疑念を生むようなことは極力しないと思います。強力な中央集権でコントロールしながらも、厳しくしすぎて不満が爆発しないように、アナログも使いながら、緩めるところは緩めていると感じます。
—— 武漢では初期に情報が隠蔽されたと報じられていますが、中国国内から見ると、今は情報の透明性はあると感じられていると。
藤井:透明性があるかと言われると僕には分かりませんが……(笑)。
宮田:今の中国はプロセスよりも結果で納得させるんですよね。ちゃんと封じ込めましたよ、だからプロセスは我々に任せなさいと。
人権を尊重して空気を読んだ日本
緊急事態宣言を出した際の安倍首相(当時)の会見。
撮影:竹井俊晴
—— 日本の対策についてはどう感じていらっしゃいますか。うまくいった点、課題点をどうご覧になっていますか。水際対策が甘かったのでは、という批判もあります。
宮田:戦後の日本がとってきた民主主義の考え方に立てば、強制力のあるロックダウンはできませんし、中国や韓国、台湾のようにGPS(位置情報)で個人を精緻に追跡することもできません。空港での検疫も、あれ以上は法的根拠がなくできなかった。
防疫の観点で言えば、シンガポールのように空港から有無を言わさずバスに乗せて2週間隔離するべきでしょう。しかし、「すみません、母が危篤だから帰ります」と言われたら、それを止めることはできない。そうした中で、日本の検疫チームは最善を尽くしていると私は思います。
緊急事態宣言を出すのも遅すぎたと言われますが、これはやばいんじゃないかという危機感がみんなの間に広がって、経済界も同調して、初めて宣言を出すことができたと思っています。
尾原:同調のレベルをコントロールしながら進めなければいけなかったということですね。
宮田:行政権でコントロールができない以上、空気を読んで、納得感を醸成しながら手を打つしかありません。もし緊急事態宣言が空振りしたら、それ以上の打ち手はかなり限られていたのです。
いわゆる第1波の時は、何がコロナ対策に有効なのか世界中が模索している状態でした。ですから武漢をはじめ、各国は都市のロックダウンをしたわけですが、データが蓄積されていく中で、いくつかのことが分かってきました。例えば換気やマスク、消毒といった対策をきちんとすればリスクが限定的になるといったことです。
日本のような「ひとりひとりが気をつけて過ごしましょう」という方法は難しい。それで夏には第2波が来てしまった。予防対策を個人に任せるだけでなく、データに基づいて地域の状況に応じた対策を打ちながら、収束に向けて凌いでいく必要があります。
(聞き手・浜田敬子、構成・渡辺裕子、写真・今村拓馬)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
宮田裕章:慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授。東京大学院医系研究科健康・看護専攻修士課程了、同分野保健学博士(論文)。東大大学院准教授などを経て、2015年5月より現職。厚生労働省のデータヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会のメンバーも務める。主な著書に『共鳴する未来』。
藤井保文:株式会社ビービット東アジア営業責任者。1984年生まれ。東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程修了。2011年にビービット入社。2014年から台北支社、2017年から上海支社に勤務。現在は現地の日系クライアントに対し、UX志向のデジタルトランスフォーメーションを支援。著書に『平安保険グループの衝撃』『アフターデジタル』(尾原氏との共著)『アフターデジタル2』。