Sasun Bughdaryan/Shutterstock
前回は、プロジェクトマネジメントの成否を決める「実行」フェーズについてのポイントをお話ししました。しかしプロジェクトを実際に実行に移すのは「人」です。計画がどんなに優れていても、手綱を握る人がイマイチではプロジェクトはまず成功しません。
そこで今回は、その実行フェーズを遂行するにあたって重要になる、「自律人材」について考えていきたいと思います。
リモートで如実に分かる人材の「自律度」
コロナ禍になって以降、ビジネスの現場ではますます優秀な人材に対するニーズが高まっています。リモートワークはリアルでの対面コミュニケーションがない分、一般的にはチームで仕事を進めるうえではハンディのある環境だと言われています。
しかしビジネスは待ってくれません。だからこそ、リモートであっても自律して仕事を遅滞なく進められる人材が求められるのです。
私はこのようなミッションを遂行できる人材を「自律人材」と呼んでいます。具体的にはどのような人のことを指すのか説明しましょう。
自律とは、自らの規範・基準をもとに行動をすることです。そして、自分の美意識や倫理観に基づく「判断基準」を持っている人を「自律している人」と呼びます。あなたのまわりにも、「芯が通った人」「ブレない人」と呼ぶにふさわしい人はいませんか? こういう人たちは、いうなれば自らの判断基準を持っている人と言えます。
このように自らの判断基準を持って「自律している」ことに加え、仕事を進めるうえで必要な一定水準以上の業務スキルを備えている人、これこそ私の言う「自律人材」です。
あなたが「自律人材」かどうかをチェックする簡単な方法があります。それは「いざとなったら上司が対応してくれると思っているか」と自問してみることです。
例えばあなたがサッカーをしているとします。相手選手がこちらに向かって攻めてきました。あなたはその攻撃を抑えなくてはいけません。この時、あなたは「ここで相手に抜かれても、後ろにキーパーがいるからきっと大丈夫」と考えますか? それとも「ここで相手に抜かれたら点を取られてしまう、なんとしてでも阻止しなければ」と考えますか?
あなたなら「なんとしても自分が阻止しなければ」と考えるだろうか?
Photo by Doug Pensinger/Getty Image
この思考の違いこそが、自律人材か否かの違いです。自分がキーパーになったつもりで「なんとしてでもここで抑えなければ」と考え行動できる人こそが、自律人材であり、プロフェッショナルなのです。
さて、今はコロナ禍です。ここ数カ月でリモートワークという新たな働き方が一気に浸透しましたが、実はリモートワークで働くようになると、「自律人材」であるかどうかが会社の業績に如実に表れるものなのです。
あるIT会社の残念な話
あるIT会社では、リモートワークになって残業時間が2割増えた人たちがいるそうです。残業2割増加は大きな変化です。
なかにはリモートワークとは無関係に仕事量が増えたために残業時間が増えた人もいましたが、それを除くと、リモートワークになって仕事の生産性が下がり、同じ仕事なのに時間がかかったという人が複数いたそうです。
会社はリモートワーク下で生産性を向上させるための方法を提供していました。生産性が下がった人の中には、それを積極的に受け入れて生産性を高めようと努力する人もいれば、コロナ前の仕事の仕方に固執して何も変化しない人、仕方ないと努力をあきらめてしまう人もいます。
いずれにしても、リモートワークに切り替わって生産性が下がってしまったという時点で、その人は自律人材とは呼べません。
この会社は、特定の人だけが残業が2割増えたという事実を把握し、実態の解明に乗り出しました。そうなると、公平な給料を払うために労働時間と仕事の中身を管理したくなります。
このように管理をし始めるのは、従業員を「自律していない人材」と見なしているからに他なりません。しかし、管理だけしても従業員の生産性は一向に向上しません。
会社が管理に乗り出しても、従業員の生産性が上がる訳ではない。
ohei_hara/Getty Images
この会社では残念な結果になってしまいましたが、同じリモートワークという環境の変化にあっても、逆に生産性が上がり、同じ仕事でも残業が減ったという人もいるでしょう。こういう人は自律人材である可能性が高いです。
自律人材であれば、どのような判断・行動をするでしょうか。例えば次のように考えるのではないでしょうか。
まず、リモートワーク中心で仕事をするようになった場合に、想定されるメリット、デメリットを考えるはずです。そして、メリットを享受し、デメリットの対策を検討します。
メリットとしては、移動時間が圧倒的に削減できます。通勤時間、顧客への訪問時間、社内の会議室の移動時間など、1日当たり少なくても1時間以上は削減できるでしょう。テレビ会議なら遠隔地からも参加が容易ですし、録画機能があれば会議に参加していない人にも共有できます。つまり、時間や場所の制約がかなり削減できそうです。
デメリットはどうでしょうか。テレビ会議の仕組みや社内情報を安全に共有する方法など、インフラ・IT関連の整備が必要になるでしょう。日本の住居事情を考えると、職住同一で問題が起きることも想定されます。また、人は社会的動物ですから、周囲に人がいないと寂しく思うかもしれません。コラボレーションで問題が起きる可能性もあります。そもそも人は保守的ですから、変化に対して否定的な反応もあるかもしれません。
自律人材であれば、これらのメリット・デメリットを前提条件として、「どうやって得たい結果を実現するか」を考えます。
参考になる情報源を探してみるのもいいでしょう。以前から遠隔地で仕事をしていた人、複数店舗を担当している管理職や責任者。あるいは、地方支店を複数統括している人や、海外と仕事をしている人。このような人たちは以前から非対面を前提に仕事しているので、ここにノウハウがあるかもしれません。
誰も答えが分かっていない中で、メリットを生かし、デメリットを極小化する方法を見つけることができれば、それを新規ビジネスのアイデアにできるかもしれません。
このコロナ禍で、企業の中にはリモートワーク前提の働き方に切り替え、給料を1割アップさせたところもあります。この1割増は、リモートに必要な機材の購入や通信費用に充ててもらう目的です。これなどは、会社が自律的に判断を行った事例と言えるでしょう。
リモートだからこそ考えておきたい時間の使い方
このように、リモートワークになると仕事の進め方には歴然とした差が出ます。特に仕事の設計、仕事の分担などで齟齬が出やすいようです。
これを解決するうえでヒントになるものを2つご紹介しましょう。1つは、連載第10回で紹介したMAT(Mission Assignment Tool)を活用する方法です。これで仕事の設計と分担の見える化ができるようになります。
そしてもう1つは、「時間の使い方」です。次のグラフをご覧ください。
これは、同じ営業チームの中の好業績者と低業績者とで時間の使い方がどのように違うかを分析した結果です。
営業はヒアリング→プレゼンテーション→クロージングと業務が流れます。上の2つのグラフを比較するとお分かりのように、好業績者は情報収集という前工程により多くの時間をかけています。対して低業績者は、プレゼンテーションに時間をかけています。
好業績者がヒアリングに多くの時間をかけるのは、顧客のニーズをきちんと把握するためです。一方の低業績者は、ヒアリングにはあまり時間をかけていないため、顧客のニーズを正確に把握することができません。結果、後工程にもしわ寄せが来て、プレゼンテーションの準備にも時間がかかってしまいます。
実はこのことは、上司の時間の使い方にも当てはめることができます。好業績組織のマネジャーはヒアリング時に客先に同行し、低業績組織のマネジャーはプレゼンテーションやクロージング時に同行するのです。
上司がヒアリング時に同行すると、この商談が大きな話になりそうかどうかを見極めることができます。大きな話になりそうなら、さまざまなメンバーを巻き込んで良い企画を作りますから、結果的に商談成約になる可能性も高まります。
逆に大きな話に発展しそうもなければ、一般的な企画を転用して、粛々と商談をすればよい訳です。
たったこれだけの違いですが、それによってもたらされる効果は絶大です。1日は誰にも平等に24時間しかありません。残業を増やさず限られた時間の中でより生産性高く仕事をこなすためには、より重要な工程にこそ重点的に時間を使うべきです。
上の例は営業職のケースですが、これと同じことはどの職種にも当てはまります(営業職の時間の使い方については、以前寄稿した「売れる営業と売れない営業はこんなに時間の使い方が違う」も参照してください)。
仕事の段取り力を高めるシンプルな方法
事前準備にプラスアルファの時間を割くだけで生産性は大きく変わる。
monzenmachi/Getty Images
このように、努力をしても成果が出ない人は、たいていの場合、時間を使う場所が間違っています。これが対面で仕事をしていればまだ同僚や上司が気づいて指摘してくれる可能性もありますが、リモートワークでは周囲もそれに気づきにくいものです。
では、どうすればよいか。この連載でも何度か紹介しているG-POPという仕事の進め方の「Pre(事前準備)」に答えがあります。
あるビジネスコンサルティング企業の社長は、メンバーに仕事を依頼する際、次の3ステップを習慣化しているそうです。
- 依頼する仕事そのものの説明をする
- メンバーは30分間段取りを考える
- 2人で段取りを確認し、修正を行う
ポイントは、仕事を依頼した直後に段取りを確認するということです。それも段取りを教えるのではなく、メンバー自身に段取りを考えさせます。その後、段取りを確認し、必要に応じて修正するのです。
このステップ2を加えることで、メンバー自身も自分で考える「自律人材」になれる可能性が高まります。しかも、社長から直接段取りの確認・修正をしてもらえる訳ですから、段取り力のスキルも向上します。まさに「自律人材」を育成するOJTです。
しかも、ステップ2の所要時間は作業に着手する前のたった30分。ここで段取りを軌道修正できるメリットはお互いに大きいと言えます。
みなさんも、この方法をぜひご自身の仕事にも転用してみてください。仕事に着手する前に段取りを考えて、その段取りを上司に確認する。あるいは、あなたが上司であれば、上述の社長のやり方をTTP(徹底的にパクる)すればいいのです。仕事の段取りが確定するので、無駄な仕事は限りなく少なくなります。たったこれだけの工夫で、リモートワークの生産性は向上します。
次回は、リモートだからこそ考えておきたい自分のキャリアの棚卸しについて考えていきたいと思います。
※本連載の第14回は、12月11日(金)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、「LiNKX」株式会社非常勤監査役も兼任。新著に『自分で考えて動く社員が育つOJTマネジメント』がある。
この連載について
誰かから指示された「やらされ仕事」より、「裁量ある仕事」のほうがやる気は出るもの。しかもそれで結果を出せれば成長につながり、何より楽しい。では、裁量ある仕事を任されるためには何が必要でしょうか? 答えは「自分で考え、生産性高く成果を出すスキル」です。
このスキルを「自律思考」と呼ぶのは、リクルートグループに29年間勤務し、独立後はさまざまな企業に対して業績向上支援を行っている中尾隆一郎さん。連載「『自律思考』を鍛える」では、生産性高く成果を出すスキルを身につけるためのエッセンスを中尾さんに解説していただきます。