アリババは2019年に独身の日セールで約4兆2000億円を売り上げた。
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中国EC最大手のアリババは11月前半、いくつもの大きなイベントを迎えている。
11月5日に公表した2020年7-9月期の決算では、グループ全体の売上⾼が前年同期⽐ 30%増の1550億59万元(約2兆4034億円)に達し、コロナ禍でのデジタル化を追い風に成長を続けた。一方で、過去最大のIPOになるはずだった金融子会社アント・グループは上海・香港市場上場の予定日直前の3日に上場延期を発表し、アリババ株の急落を招いた。
そして、アリババだけでなく中国にとって最大の商戦でもある「独身の日(ダブルイレブン)」セールも、まもなくクライマックスを迎える。米大統領選の盛り上がりに隠れ、日本ではあまり報道されていないが、12年目を迎えマンネリ化が指摘されていた独身の日セールは、「ニューノーマル」シフトの中で大きな変革を打ち出した。
アフターコロナ過ぎ「Withoutコロナ」
毎年11月11日に、けた違いの消費力を見せる独身の日セール。
アリババのECサイト「Tmall(天猫)」の2019年のセール売上高は2684億元(約4兆2000億円)だった。これは米国最大のネットセール「サイバーマンデー」の2019年の流通総額(推定約94億ドル、9900億円)の4倍にも達する。
アリババ単体だけでも世界最大のネットセールに成長しているが、実はこの期間、ほとんどのECプラットフォームやメーカーのオンラインショップもセールを実施しており、例えばアリババのライバルのJD.com(京東商城)は2019年の同セールで2044億元(約3兆1000億円)を売り上げている。日本人が毎年ニュースで目にする独身の日セール売上高は、Tmall単体の数字であり、実際の消費額はその数倍に上る。
そして今年の独身の日セールは、「アフターコロナの消費を占う商戦」と位置づけられているわけではないことも、強調しておきたい。中国本土では入国者以外に新型コロナウイルスの感染者はたまにしか確認されず、「アフターコロナ」どころか「Withoutコロナ」のステージにある。
新型コロナウイルスの発生源となった中国では、2020年1月下旬に感染が拡大し、1-3月の経済が麻痺した。その落ち込みを取り戻すために政府や企業が全力で消費を促進したのは4-6月であり、アフターコロナ後の消費回復を占う役割は、6月に行われた「618セール」(JD.comの創立記念日にちなんだセール)が果たした。
例年は独身の日セールに比べて存在感が薄い618セールだが、今年に限ってはアリババなどECプラットフォームが一斉に販促活動を展開し、空前の盛り上がりを見せた。
では、2020年の独身の日セールはどんな意味を持つのか。規模を追う中で消費者や業者の間で生じていたひずみに対応したこと。そしてDXの加速を見越し、これまでリアルでの取引が中心だった超高額商品の販売を本格化させたことの2点が、最大のポイントだろう。
決済日分散し消費者、業者ともに恩恵
2012年11月12日、独身の日セールで注文された荷物の発送作業を行うスタッフたち。この頃は配送遅延や荷物の紛失が相次いだ。
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まず、アリババはセール決済日を従来の「11月11日」から、「11月1~3日」と「11月11日」の2期に分けた。これはセール開始以来初めての試みだ。
実際にはアリババの独身の日セールは10月下旬からクーポン配布や購入予約が始まり、11月11日0時の瞬間に一斉に決済されるシステムとなっていた。毎年11日に日付が変わって1分足らずで巨額の売り上げが発表されたり、1時間以内に消費者の元に商品が配送されるのは、2週間以上前に予約が入っているからだ。今年もセール1期の11月1日0時11分、最初の荷物として武漢の消費者に蚊取り線香が配達され、1件目の配送はほぼセレモニーとなっている。
セールが始まった2009年から最初の数年間は、文字通り11月11日にセールが行われていたが、商戦の盛り上がりや規模を追求した結果、この購入予約が広がり、2020年は10月21日に受け付けが始まるなど、実質的にはセール期間は3週間に渡っている。
つまりこれまでは、たまりたまった注文が11月11日に一気に決済され、そこから配送が始まっていた。そのため2010年代前半は配送の大混乱を産み、物流業界にとっては「年最大の試練の日」とも呼ばれてきた。
アリババは物流のIT化を進めて配送体制を改善するため、2013年に子会社「菜鳥網絡」を設立し、混乱は相当解消されたが、それでも配送体制が毎年ひっ迫していることには変わりない。
2020年、独身のセールの決済日が4日間に分散したことで、出店企業や宅配企業は在庫管理や出荷作業の負荷を軽減できる。消費者も10月に購入予約した商品が11月1日に決済されるため、商品を例年より10日早く受け取れる。
中国メディアによると、アリババは決済日の分散について3カ月前から出店企業と協議しており、9割が決済日の分散に賛同したという。
決済日の分散は、アリババにとっても利益があるだろう。アリババだけでなく、ほとんどのECサイトがセールを展開し、顧客の争奪戦が激しくなる中で、アリババは価格戦略や目玉送品の投入など、より柔軟な戦術が取れるようになった。
オンライン取引に馴染まない超高額品を本格展開
2020年10月下旬、セールで注文された商品が保管されている菜鳥網絡の倉庫。独身の日セールは中国の産業そのものを変えてきた。
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今年のもう一つの特徴は、新車・不動産という従来オンラインで取り扱われてこなかった超高額品が大量に売り出されたことだ。
Tmallは2019年も実験的に人気地区の不動産や自動車をセール価格で出品したが、今年はより規模を拡大した。
自動車は新興EVメーカーの人気車種を中心に50以上のメーカーを取り扱う。不動産についてはアリババが今年開設したオンライン不動産取引サイト「天猫好房」を通じて、200都市超の約3000物件を出品した。値引き額は最大で100万元(約1600億円)に達する。
不動産や新車の購入をオンラインで完結するのは、中国でもまだハードルが高く、参戦する不動産企業は、セール期間中にライブ配信で物件を紹介し、現地への来場を誘導するなど、さまざまな取り組みを行うという。
アリババにとっては、DX加速を見据え、オンライン取引が普及していない市場における「消費者教育」の目的もあるだろう。
2016年から2019年にかけて、Tmallのセール売上高は倍以上に増えた。2020年はそのひずみを解消するための節目の年になりそうだ。
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2009年に独身の日セールが始まって12年。年に一度のお祭りは、既存企業のDXを促し、消費者を鍛えてきた。
2010年代前半に「〇割引」に釣られて衝動買いをしていた消費者は、本来必要でない商品やセールに合わせて定価が引き上げられた商品を購入した反省を経て、2010年代後半になると、リアル店舗で買いたい商品の店頭価格をリサーチし、独身の日のセールに備えるようになった。結果、危機感を覚えたリアル店舗もオンライン化に舵を切った。化粧品、ガジェット、育児用品など「定番の売れ筋」はどのECサイトも誘客の目玉商品にするため、消費者は情報収集が、ECプラットフォーム側は差別化が必要になった
そして2020年、アリババは前述したようにオンライン取引が普及していない超高額品の市場開拓に乗り出すとともに、コロナ禍で海外旅行に行けない消費者のために越境ECの品揃えを拡充させている。
子会社のオンライン旅行会社フリギー(飛猪)はセール期間中、「世界各地のかわいい動物」をテーマに海外の観光情報をライブ配信、11月6日にはJR西日本と連携して「奈良の観光スポットで鹿と出合えるバーチャル旅行」を配信した。
セールの決済日が増えた分、アリババの独身の日セールの売上高は2020年も過去最高を更新する可能性が高い。JD.comなど他社の売上高も加えれば、その金額はさらに跳ね上がるだろう。だが、2020年の真のテーマは、コロナ後の消費回復ではなく、ニューノーマルを利用したセールの構造改革であり、来年以降に向けた仕込みであることに注目したい。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。