バイデン勝利を支えた「若者、黒人票」。80万票を掘り起こした1人の黒人女性

バイデン当確をニューヨークで祝う人たち。

リベラル派が多いニューヨークでは、バイデン当確が流れると、街中がお祭り騒ぎになった。

REUTERS/Andrew Kelly TPX IMAGES OF THE DAY

友人で小売店マネジャーのグラント・タッカー氏(35)は、11月7日午前11時半にニューヨーク・ブルックリンで目にした光景を潤んだ目で語った。

「今までで最も美しい光景だった。信号が青になっても、車が動かず、どうしたんだと思っていたら、皆が車を降りてきた。そしてアパートから通りに出てきた見知らぬ人たちとハグし始めた。あー、これがその瞬間なのか、と思った」

筆者は11月7日午前11時25分、ケーブルニュース局MSNBCが、民主党大統領候補のジョー・バイデン前副大統領に当確のチェックマークがついた画面を見た。その直後、筆者のアパートの階下の男性が「僕らが勝ったアアアアア!」と何度も叫び、裏通りでも誰かが「悪魔をやっつけた!」と叫んでいた。

ニューヨーク中心で見た歓喜の輪

抱き合う女性二人

NY、ユニオン・スクエアで踊り続ける夏服姿の女性たち。自然発生的に集まってきたのは、圧倒的に若者たちだった。

撮影:津山恵子

直後にニューヨーク市中心部のユニオン・スクエアに行くと、まるで“戦争”が終わったかのような歓喜の光景が広がっていた。マスクの上の目が涙で潤う数百人の市民が集まり、通り過ぎる車の喜びのクラクションにいちいち歓声を上げる。

初夏のような陽気の青空と日差しの中、カラフルな夏服の10〜20代の女性が延々と踊り続ける。同性愛者のレインボー・フラッグを持つ若い男性に支援の叫びが沸き起こる。「終わったんだ」と書かれた模造紙を貼り付けたSUVが通り過ぎると、長く甲高い歓声が寄せられた。

リベラル派が多数を占めるニューヨーク市民がこれほどまでに、トランプ大統領の差別的で独善的で偏見に満ちた「トランプ・ワールド」を逃れて自由になりたかったことを痛感させる光景だった。

投開票日の11月3日前の世論調査では、バイデン氏の支持率が51.1%、トランプ氏が44.2%。バイデン氏が6.9%リードし、大勝してもおかしくなかったデータだった(リアルクリアポリティクス=RCPによる主要調査機関の平均)。

しかし11月8日の開票状況では、バイデン氏の得票率が50.5%、トランプ氏が47.7%と、その差がわずか2.8ポイント(米紙ニューヨーク・タイムズによる)と縮小した。バイデン氏が勝利したという結果が出たとはいえ、想定外の接戦となった。

バイデンを勝たせた若者層と黒人層

開票所に集まり、「Stop The Steal」のスローガンのもとに選挙の不正を訴えるトランプ支持者たち。

激戦州の開票所には、「Stop The Steal」のスローガンのもとにトランプ支持者が詰め掛けた。

REUTERS/Jim Urquhart

今後、郵便投票の開票が進むにつれ、バイデン氏のリードが広がる可能性は大だが、バイデン氏を勝たせた要因はなんだったのか。2つの要素を上げたい。

  1. 急速にリベラル化が進む若者層、ミレニアル(1981〜1996年生まれ)とZ世代(1997年以降生まれ)の投票率の上昇。
  2. 特に激戦州都市部に住むバイデンを支持する黒人層が、地方のトランプを支持する白人層を上回って投票した。

鍵を握ったのは若者層と黒人層。この異なる有権者層にブリッジをかけたのが、2020年5月末に始まったブラック・ライブズ・マター(BLM、黒人の命は大切だ)だった可能性が大きい。

2020年11月5日、フィラデルフィアコンベンションセンターの外で「COUNT EVERY VOTE」のスローガンのもとデモを行う人々。

バイデンの支持者も開票所に集まり、「COUNT EVERY VOTE」と訴えた。

REUTERS/Mark Makela

若者層の投票行動について、解説しよう。

日本と同様、若者の投票率の低さはアメリカでも同様だった。2016年大統領選挙の際、65歳以上の70.9%が投票したのに対し、18〜29歳は46.1%に止まった(米国勢調査局による)。

しかし、今回は異なった。タフツ大のセンター・フォー・インフォメーション・アンド・リサーチ・オン・シビック・ラーニング・アンド・エンゲージメント(CIRCLE)によると、18〜29歳の投票率は、2016年は45%(同調査による)から2020年に53%と8ポイントも上昇し、半数を超えたとされる。

米国勢調査局によると1980年以来、同年齢層の投票率が50%を超えたのは、1992年(52.0%、クリントン氏勝利)と2008年(51.1%、オバマ氏勝利)の2回で、今回はそれを上回る。

またニューヨーク・タイムズの出口調査での同年齢層の投票結果は、「トランプ氏に投票した」が35%、「バイデン氏」が62%だった。30歳以上では両候補が獲得した割合がほぼ拮抗しているのに対し、若者層のリベラル志向が際立つ。

自分たちの行動が社会変えるという確信

2020年6月14日にハリウッドで行われたブラック・ライブス・マターのデモに参加する人々。

ブラック・ライブズ・マター(BLM)の運動には人種を超えて多くの若者たちが参加した(6月14日、ロサンゼス)。

REUTERS/Ringo Chiu

なぜ若者層がこれほどバイデン氏の支持に回ったのか。ニューヨークの黒人住民が多いハーレムに住むジャーナリストで、ミレニアル・Z世代評論家のシェリーめぐみ氏は、こう分析する。

「5月下旬に起きたBLMが若者に及ぼした影響は大きかった。
新型コロナウイルス感染拡大の最中に外に出られず、1人で見ていたSNSで、黒人が警察官に受けた暴行の情報を見て、いてもたってもいられず初めてデモに参加した人たちが多かった。実際に行動を起こして、体を張って、デモの仕方など知らないのにデモに行ってみた人たちの多くが若者。
デモの場所もインスタグラムでしか分からず、それを見てデモに行った人たちが、自分たちの行動が希望につながるのを確信し、それが投票という今回の行動につながったのだと思う」

デジタル・ネイティブと言われる若者がSNSから得ている情報をファクトチェックする能力は意外に高い。また、SNSを異なる「世界への窓」として信頼していることも、注目される。

11月7日にユニオン・スクエアで話を聞いた演劇学校学生2人はこう語った。

「南部バージニア州の私の祖母なんて、13歳になるまで黒人を見たことがなかったから、最初に見た時恐怖を感じたと言います。私たちはそれに比べたら、インターネットのおかげでとてつもなく大きなチャンスに恵まれている」(ジャスミン・ジョンソンさん=18)

「インターネットの威力は大きい。私たちは12歳になるまでに、世界中で何が起きているか各国の現実を知ることができた。だから私たちの世代は、多様性を受容できる」(同級生エボニー・ニクソンさん=18)

18歳のエボニー・ニクソンさん(左)とジャスミン・ジョンソンさん。「トランプ、お前はクビだ」というお手製看板も、若者特有のデモグッズだ。

撮影:津山恵子

ベビー・ブーマー(1946〜64年生まれ)など筆者の世代は、特にSNSに流れるフェイクニュースや誤情報を警戒しがちだ。しかし、生まれた時からインターネットと接してきた若者は、ファクトチェックに長けている。

例えば会話の途中で、「こういう情報がある」という話す若者に、「どこでそれを見たのか」と尋ねると、すぐに情報源を検索し、そのリンクをスマートフォンのメッセージで送ってくる。さらに「この点はおかしいと思う」と言えば、その根拠を示すデータをも送ってくるという素早さだ。

ユニオン・スクエアにいたファッション関連ビジネスのマネジャー、モーラ・オニール(28)もこう指摘した。

「若者は、黒人やアジア系、同性愛者などマイノリティを理解するのにSNSをうまく使っている。だから学校や大学の生活で、より理解があって多様な考え方を形成している」

バイデンを支えたネット世代のアーティスト

The BRIT Awards 2020でのビリー・アイリッシュ

ビリー・アイリッシュ、テイラー・スウィフトといったネット世代のアーティストらは、SNSを使って「投票しよう」と若者世代に呼びかけた。

Gareth Cattermole/Getty Images

一方、若者層は、新型コロナ感染拡大の影響を最も被った年齢層と言われている。

米調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、18〜29歳の35%、30〜49歳の30%が自ら、あるいは家族が新型コロナのせいで失業したと答えている。コロナの感染拡大前から、経済的な格差問題に敏感だった若い世代がさらに苦境に陥ったことも、投票行動に影響を与えたのではないか。

バイデン氏は、トランプ氏のような数千人が参加できる集会を行ったわけではなく、就任時に歴代大統領で最高齢となる。クリントン、オバマ元大統領の熱のこもった選挙戦に比べて、現在の若者がバイデン氏本人にどれほど共感を抱いたかは疑問だ。

そこに大きな役割を果たしたのが、若者に人気のミュージシャンらだった。ビリー・アイリッシュ、テイラー・スウィフトといったネット世代のアーティストらが、「投票しよう」とSNSのプラットフォームを使って呼びかけた。新型コロナ感染拡大への配慮から、大規模な選挙集会を開かず、しかもSNSのフォロワーがトランプ氏に対してはるかに少ないバイデン氏の貧弱なSNS体制に大きな成果をもたらしたのは間違いない。

民主党も手をこまねいていた訳ではない。今回バイデン勝利に決定的だったのが、「ラストベルト」と言われる、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア3州の勝利だ。

2020年1月に取材した民主党ウィスコンシン州本部のトランプ対策部長フィリップ・シュルマン氏によると、初めての試みとして、大学4年生をメンバーとする「オーガナイジング・コア」というプロジェクトを立ち上げたという。30人ずつ2週間にわたり、戸別訪問や電話作戦、ボランティアの指導方法を教えるコースを終了すると、有給で選挙区に投入する。実際の選挙戦の幅を広げる試みだ。

黒人票の掘り起こしに貢献した1人の女性

ステイシー・エイブラムズ

2020年11月2日、ジョージア州アトランタで演説するステイシー・エイブラムズ氏。2年間にわたりジョージア州の有権者登録を支援する活動を続けてきた。

REUTERS/Brandon Bell

黒人層の下支えも大きかった。

バイデン氏に勝利をもたらした東部ペンシルベニア州の州都フィラデルフィアでは、バイデン氏に投票した黒人層は、同州の地方でトランプ氏に投票した白人層の数を上回った。他の激戦州で同じような現象が起きている。これは、BLMの影響がなかったとは言えないデータであろう。

11月8日現在まだ結果が確定していない南部ジョージア州。「風と共に去りぬ」の舞台であり、元奴隷であった黒人の歴史を背負う州だが、1984年以降、共和党が負けたのは1992年の1回だけだ。

しかし、今回は再集計になる公算が強いほど、民主党が大接戦となった。ここまで民主党が追い上げた背景としては、2018年中間選挙で、同州で初の黒人州知事を目指した黒人女性ステイシー・エイブラムズ氏の存在が大きかった。

2018年の州知事選で共和党候補に敗れた後、特に黒人に対して強い投票妨害行為を避けるために資金集めを行なった。黒人を含めたマイノリティや移民の人口が増えているのに注目し、有権者登録を困難にするなどの妨害行為と戦う市民団体に資金を提供し、今回の選挙で80万人の有権者登録を支援したという。エイブラムズ氏は、バイデン氏がマイノリティからの副大統領候補を選出する作業の中で、候補者に上がった1人でもある。

アメリカの2020年は、新型コロナの感染拡大、中西部で黒人ジョージ・フロイド氏が白人警官に殺害されて起きたBLMのデモ、さらに接戦の大統領選挙と、予期もしなかった波乱の連続に見舞われている。

しかし、バイデン氏がコロナ対策と「統一」を強調して当選を確実にし、それを支えていたのが若者層と黒人層ということであれば、全てが密接につながっていたことになる。

(文・津山恵子

津山恵子: ジャーナリスト、元共同通信社記者。ニューヨーク在住。2007年から独立し、主にアエラに、米社会、政治、ビジネスについて執筆。近著は『教育超格差大国アメリカ』『現代アメリカ政治とメディア』(共著)。メディアだけでなく、ご近所や友人との話を行間に、アメリカの空気を伝えるスタイルを好む。

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