脳外科医、マッキンゼーのコンサルタントを経て、2015年にメドレー代表取締役医師に就いた豊田剛一郎(36)は、31歳でスタートアップ経営者という、医療の外からの挑戦に踏み出した。
それまで会社経営の経験はなかったが、「キャプテンシーは、学生時代にサッカーで鍛えられた」。地元のクラブチームに所属していた小学生の頃はJリーガーになるのが夢だったという。小6で受験勉強のため一旦サッカーから離れたが、開成中学に入学してから東京大学医学部を卒業するまで、一貫してサッカー部に所属していた。
「私はずっと体育会系ですね。小学生の頃一緒にプレイしていた仲間は、Jリーガーになったり、全国高校サッカー選手権で全国大会に出場したりするような強者揃いでした。私は本気で『高校になったら名門の帝京に行く』と言って、帝京の校歌を覚えていたらしいんです。
でも母は『あなたが活躍できそうなフィールドは勉強の方だからね』って、早いうちから私をうまく誘導していましたね」
サッカー部キャプテン時代の小さな挫折
小学校から始めたサッカーは大学卒業まで続けた。経営者になった今はサッカー部のキャプテン経験が生きているという。
提供:メドレー
サッカー少年だった豊田を知る田丸雄太(35)は、中1から大学4年まで豊田と同校の同級生だった。豊田が開成中学・開成高校の6年間はサッカー部のキャプテンで、田丸が副キャプテンを務めた。
田丸は弁護士として国内外のM&Aや事業提携などに携わったのち、2016年にメドレーに入社。現在はメドレーの取締役陣に加わり、コーポレート本部長を務めている。
チーム内のマネジメントで、豊田は1度、小さな挫折を味わった。田丸は、「そんな印象を与えさせてしまったのは、結構僕のせいな部分もあるのでは、と思っていて」と打ち明ける。
「チームの試合とかでのキャプテンシーはしっかりリードしてくれるんですが、高校生ぐらいになると、チームメイトも皆それなりに尖ってくるので、キャプテンは汚れ役を引き受けるべき、とか、笑いを取るべき、とか、男気を見せろ、みたいな勝手な理想像を押し付け始めるんですよね(笑)。
僕らは『俺が、俺が』という、結構キャラが強い人間も多い代だったので、キャプテンの言うことをあまり聞かないわけです(笑)。
そこが豊田にとっては、『チームをしっかり牽引できていない』というような反省の感情、挫折経験につながっていた、というのをだいぶ後になってから聞きました。僕らからしても、そういう落ち込んでいる豊田に対して『真面目かよ!』みたいな。男子校特有のノリですよね 」
真っ直ぐ育ち、医学部を卒業したうえに、スポーツもできる。その割に、腰が低い。
そんな柔らかで真っ当なコミュニケーションは、社会の多くの場面で称賛されるが、仲間内では、「もうちょっと自分の感情を出したり距離を詰めたりして接しないと、ドライに見えてしまうことが増えるのでは」という思いが、メドレーに入社した後の田丸には浮かんだという。
「豊田は、合理的だし、すごく落ち着いた冷静な人なので、キレイにスマートにまとまった印象で人にものを伝えてくる感じがあるんです。それが豊田の良さではあるのですが、スマートにだけ見られるというのも、時に損することもあるなと。医療を変えたいという原体験から来る『アツさ』や『豊田なりのエゴ』を僕はわかっているんだけど、そこをもっとキャラ出してもいいんじゃない?というのは、前から思っていました 」
最近の豊田は、行政やアカデミアの人たちともディスカッションする機会が増えてきた。あらゆるステークホルダーとの関係性を丁寧に構築していく中で、必ずしも同じ立ち位置でない相手との意見交換の場で話すような時もある。会社の中では、社員を引っ張る立場でもある。
「豊田はコツコツといろんな人間関係を構築していく中で、強い気持ちを出した方が伝わるというのを感じることも実体験としてあったんだと思います。Will(意思)をすごく強く感じる瞬間は経営会議などの社内会議でも見えるようになってきたなと。
上から目線の発言に聞こえてしまうかも知れませんが、そういうエモーショナルな部分を出して話すというのは、最近の豊田に強く感じています。こんなことを言うのも照れくさいのですが、頼もしさを感じる瞬間が多いです(笑)」
草分けならではの痛み、コミュニケーションに工夫
オンライン診療・服薬指導アプリ「CLINICS(クリニクス)」。
『CLINICS』公式サイトより
オンライン診療・服薬指導アプリ「CLINICS(クリニクス)」を手掛けるメドレーは、この分野の草分けだ。医療界のDX(デジタルトランスフォーメーション)をリードする立場になった豊田は「矢面」に立つ中で、痛みも味わった。
「オンライン診療一つでも、(新しいことを推進していくことが)こんなに大変だと思っていなかったんです。知らないから、無邪気に突っ込んで行けたところはあって。最初は、『みんながビジネスでEメールを使うようになったのと同じで、オンラインで医療を受けられたら、やっぱり便利ですよね』と。そんな感覚で、全員アグリーしてくれるものだと思っていたんです」
当初から、豊田はオンライン診療が対面診療と対立するものとは考えておらず、既存の対面診療にプラスする形で患者に新たに価値をもたらすことができると話してきた。けれども、既存の医療を否定するディスラプターのイメージが先行。また、2018年4月の診療報酬改定の際、保険が適用になったのはごく一部の疾患に限られ、もともと、オンライン診療の実施数が多かった精神科と小児科は対象にならなかった。
その後、オンライン診療を中断、もしくは中止する医療機関が出てきた。追い風どころか「ブレーキ」とも受け取れる改定だった。
「まだ、あの頃は(オンライン診療にまつわる情報を)受け取る側にも、その価値がよく伝わっていなかったし、私たち伝える側にもコミュニケーション上の問題があったなと。だから、『嘘でしょう?』と思うぐらい反応がなかったり、逆に反対されたり、散々でした」
矢に当たって倒れるのが先か、傷を負ったまま走り抜けるのが先か——。メドレーの場合は、後者だったと豊田はきっぱりと言う。
オンライン診療が真に求められるのはどういう場面か、どういうことに気をつけたら安全に利用できるのか、できる限り等身大のオンライン診療が伝わるように奔走した。実際の医療機関の声や難病で地方から東京の診療所まで通う家族の声など、丁寧に事例を伝えることで、関係者の反応も上向きに変わっていったと豊田は言う。
「医療界にはDXの成功モデルが必要」
撮影:伊藤圭
メドレーは新たな目玉として、2020年9月頭から、「オンライン服薬指導」に対応した調剤薬局窓口支援システム「Pharms(ファームス)」の提供を開始している。これにより、オンライン上で診療から服薬指導までを一気通貫で行えるようにした。
開始時期は、2020年9月1日に施行された「改正薬機法」のタイミングにぴたりと合わせた。11月には、全国の登録薬剤師数が3000人に上る日本調剤グループの全店舗に「Pharms」の導入が決まったところだ。患者はオンライン診療を受けてそのまま薬局に服薬指導を申し込める上、後日自宅で薬を受け取るといった手続きをスマホのアプリからもできるようになる。
「私たちはオンライン診療単体ではなく、データがつながっていく世界の視点から未来を考えているんです。
医療機関で電子カルテの活用が進んでいけば、患者さんにCTなどの画像データを渡すのにCD-ROMを使わなくてもよくなる。あるいは、『オンライン診療』を受診した患者さんが『オンライン服薬指導』を希望する場合、処方情報をオンラインの診療システムからアップロードできるようになる。お薬提供も、共通化されたデータベースから自動的に生成することができるようになる」(豊田)
新しい技術の導入を拒む声には、「洗濯機を使っても汚れは落ちない。手洗いで洗濯板を使った方がよく落ちる」といった考え方に似た、旧態依然とした価値観に基づく批判というのも含まれることがある。豊田は医療ICTにおいて、日本は「変化癖」がないのが問題だと指摘する。
「日本の医療は40何兆円以上も国のお金を使って成り立っていますが、このままだとその財源はどんどん確保できなくなっていく。社会保障も、医師の人的リソースも、圧倒的なイノベーションが必要なのに、切迫した『変わらなければ』という危機感をあまり感じない。
今、医療界に必要なのは、DXによる成功体験。データを活用して、オンライン診療も使ってみたら、患者さんにこんな良いことがあったと。電子カルテも、つながって使いやすくしたら、患者さんと医師の双方にメリットがあったと。そんな成功モデルがあれば、きっと変わっていくと思っています」
(敬称略、明日に続く)
(文・古川雅子、写真・伊藤圭)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。