撮影:今村拓馬、イラスト:Singleline/Shutterstock
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
先ごろ、みずほフィナンシャルグループが週休3・4日制を導入することを発表しました。このような動きが他社にも広がっていくとすると、私たちの働き方や会社のあり方はどのように変わっていくのでしょうか?
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5割が「基本給が減っても週休3・4日制を利用したい」
こんにちは、入山章栄です。
2020年10月、みずほフィナンシャルグループ(FG)が週休3・4日制度を導入するという発表がありました。日本の金融大手では初ですよね。Business Insider Japanの横山耕太郎さんは、このニュースに関連した記事を書くにあたり、いろいろな調査をしました。すると、とても興味深い結果が出てきたようです。
これは面白い結果ですよね。以前だったら、「休みが増えたとしても収入が減るのは困る」という人が大半だったと思います。それが「収入が減ってもいいから、ゆとりのある働き方をしたい」という人が半数を占めるまでになった。
これはおそらく私たちの価値観が、特にこのコロナを経験して大きく変わってきたことの表れかもしれませんね。
週休3・4日制になると会社員のフリーランス化が進む?
先日、僕はみらいワークスという会社の岡本祥治さんと対談をしました。同社は現在急成長中の上場企業で、一言で言うとフリーランスを企業に斡旋する会社です。
同じようなサービスを提供する会社は他にも何社かあって、複数の企業から業務委託で仕事を請け負って働く方がいま急増中のようです。その中でもみらいワークスは月に100万円ぐらい稼ぐような、かなり高レベルの人材を斡旋しています。
例えば最近は、デジタル変革を指揮できる人材が引く手あまたです。こうした業務には高度なスキルが求められるため、それができる人にとっては、2社、3社、4社……と同時並行で仕事ができるフリーランス的な働き方のほうが、むしろ都合がいいんですね。
僕は2020年6月からコープさっぽろという北海道の大きな生協の理事を務めていますが、そのCIO(最高情報責任者)は長谷川秀樹さんといって、以前メルカリのCIOだった方です。
長谷川さんはデジタル業界では有名な人で、僕は彼がメルカリの前に東急ハンズのデジタル改革をしていた頃から交流がありました。その彼が、今度はメルカリを辞めてコープさっぽろのCIOになったというわけです。
でも彼がコープさっぽろと結んでいるのは業務委託契約で、肩書も「非常勤CIO」。彼は他企業のCIOも務めているので、そのほうが都合がいいのかもしれません。複数の会社と仕事をすることで彼自身の知見や専門能力も高まるし、企業側も特定の1社に彼を独占されずにすむ。このような働き方は今後どんどん増えていくと思います。
高度なスキルを武器に複数社の仕事を請け負う「インディペンデント・コントラクター」と呼ばれるフリーランスが増えている(写真はイメージです)。
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しかしフリーランスになるには、強みや特技がなければいけない。つまりフリーランスというのは究極のジョブ型雇用であって、「自分はこういうジョブができます」という強みがあり、それを企業に買ってもらうことで、いろいろな組織と同時に働けるわけですね。このように複数の企業で活躍するような方を「インディペンデント・コントラクター」と呼ぶそうです。
一方、みずほFGはそれとは真逆の、メンバーシップ型の雇用形態が定着しています。みずほに限らず、日本の会社は長い間メンバーシップ型雇用でやってきたので、そもそも自分のジョブが何か分からない人が多い。
おそらく大手都市銀行にお勤めの方は、都市銀行にいるというだけでエリートだと思われ、そこそこの給料を手にしていた時代もあったかもしれません。しかしこれからはフリーランスが中心になる時代です。ジョブがはっきりしない人は、一番弱い人材だとも言えるかもしれません。「私は〇〇銀行出身です」と言っても、「で、何の仕事ができるの?」という話になりますから。
しかし今後は、「◯◯についてはプロフェッショナルです。だから自分のことを買ってください」という時代になってきます。
週休3・4日制を歓迎する声が大きいということは、そうした時代の変化を感じ取って、現在みずほ銀行にお勤めでも、自由な時間を利用して他の仕事をしたり何か勉強をしたりして、自分の市場価値を上げたいと考える人が増えているのかもしれませんね。
その始めの一歩として自分の自由な時間を得るために週休3・4日を選べば、たとえ一時的に給与は下がってしまっても、長い目で見れば収入を増やせる人も出てくるでしょう。
魅力のある会社しか人材をつなぎ止められない
もちろんこれからいろいろな会社が出てくると思いますが、僕は個人的には会社の向かうべき方向は後者、つまり社員の自立を望むほうだと思います。
みらいワークスの岡本さんと対談したとき、その場にいらしたロフトワークの林千晶さんは、こんなことをおっしゃっていました。「個が自由に働く時代になれば、これからの会社は鍋のフタをひっくり返した形になる」と。鍋のフタをひっくり返したような土台があって、そこに人が乗っている。入りたければ入ればいいし、出ていきたければ出ていけばいい。
そういうふうに「出入り自由」になると、会社のほうも魅力的である必要が出てきます。つまり、ビジョンがあって、面白いことをしていて、自分が共感できるカルチャーがある会社でなければ、人を鍋のフタの上にとどめておくことはできなくなる。
だから今までの終身雇用の時代、つまり企業が社員を囲っていた時代というのは、ちょっと偉そうな言い方をすると、会社が社員に甘えていたと言えるでしょう。
なぜなら終身雇用制というのは、社員の人生を人質に取っているようなものだからです。新卒で入った会社を一度辞めたら、もっと条件の劣る会社にしか入れない。だから地方にも無理に赴任させるし、いろいろな部署をたらい回しにして、やりたくない仕事もやらせる。
でもそんな時代にもようやく終わりが見えてきました。こうなると、魅力的でない会社からは良い人材が離れていってしまう。現実に今、世間でも「良い会社」と見られている大企業から、若手が惜しげもなく去っています。
ということは、いかに魅力のある会社になるかです。高い給料とか、ピカピカのオフィスというのは、短期的には人を惹きつけるパワーがあるかもしれません。しかしやはりビジョンに共感できるとか、自分が任されている仕事は意味があると実感できるとか、そういう「内発的動機」に重きが置かれる時代になっていくはずです(「内発的動機」については本連載の第28回でも取り上げています)。
いずれにせよ、年齢が高ければ給料も高いというメンバーシップ型雇用の時代は、徐々に終焉を迎えつつあります。今回のみずほFGの決断は、それを象徴するような出来事だったということでしょう。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
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この連載について
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理します。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか? 参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。