The Asahi Shimbun via Getty Images
2014年12月3日。鹿児島県種子島にあるJAXA宇宙センターから、1基の探査機が打ち上げられました。JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」です。
あれから、ちょうど6年——。
2020年12月6日、小惑星「リュウグウ」での任務を終えたはやぶさ2が、いよいよ地球へと帰還を果たそうとしています。
小惑星「リュウグウ」の位置。小惑星にはいくつか「タイプ」があり、リュウグウは地球の比較的近くにある、これまで探査したことがないタイプの小惑星だったことなどから目的地として選ばれました。
出典:JAXA はやぶさ2プロジェクト「ミッション 小惑星Ryuguとは?」をもとに編集部作成。
地球から2億キロメートル以上離れた場所にある、直径1キロメートルにも満たない小惑星にピンポイントで到達し、予定されていたほぼすべてのミッションを無事にこなしてきたはやぶさ2。
「すごい!」ということはなんとなく分かるかもしれませんが、具体的に何がすごかったかと聞かれると、少し答えに窮してしまう人も多いのではないでしょうか。
そこで11月の「サイエンス思考」では、はやぶさ2のすごさ改めて振り返るとともに、はやぶさ2プロジェクトのアドバイザーであるJAXAの川口淳一郎教授(2010年に帰還した「はやぶさ」のプロジェクトマネージャ)に、はやぶさ2のミッション成功の理由や、日本の宇宙開発現場の将来について尋ねました。
はやぶさ2が小惑星へ行く意味とは?
はやぶさ2のこれまでのミッションの流れ。
出典:探査機が含まれるイラストは池下章裕氏、他はJAXA
はやぶさ2は、小惑星に着陸し、砂や岩石といった試料を地球へと持ち帰ることや、小惑星に人工的にクレーターを作ることなどを目標として打ち上げられた小惑星探査機です。
では、なぜはやぶさ2は小惑星に向かったのでしょうか。
その理由の一つは、2010年に地球へと帰還した「はやぶさ」で実証された日本の宇宙探査技術をさらに深め、発展させるためだといえるでしょう。
加えて、小惑星の試料には、太陽系が誕生した当時の状況を知る上での大きな手がかりが眠っていると考えられています。これはすなわち、私たちの住む地球はもちろん、人間をはじめとした生物がどこから来たのかということを理解する上で、重要なヒントが隠されているということでもあります。
小惑星を探査することは、私たち自身を理解することにもつながるのです。
工学的にも、科学的にも大きな期待を背負ったはやぶさ2は、リュウグウにおいて、「人工的にクレーターを作り出すこと」や「移動可能な小型探査ロボットの投下に成功したこと」をはじめとした、7つの「世界初」を達成しました。
そのどれもがすごい成果ではありますが、特に驚異的だったのは、なんといっても小惑星に着陸して地表の岩石や砂などの試料を採取する「タッチダウン」を行った際の着陸精度の高さではないでしょうか。
誤差60センチメートル・驚異の着陸精度
はやぶさ2が小惑星にタッチダウンするイメージ。
イラスト:池下章裕
はやぶさ2が小惑星リュウグウに到着したのは、2018年6月。しかし、はやぶさ2が実際にリュウグウの地表に着陸できたのは、なんとその8カ月後のことでした。
リュウグウへの到着後、プロジェクトチームは着陸の候補となる場所を探していたのですが、リュウグウの表面は、当初想定していたよりもはるかに「でこぼこ」していました。安全に着陸できるかどうか、非常に難しい判断が迫られていたのです。
プロジェクトマネージャの津田雄一教授は、記者会見で「リュウグウが牙を剥いてきました」と、その着陸の難しさを表現していました。
2018年6月に捉えられた小惑星リュウグウ。
出典:JAXA、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治大、会津大、産総研
はやぶさ2の目的はいくつかありましたが、一番重要なのは「リュウグウに着陸してその地表にある砂や岩石を採取し、地球へと無事に持ち帰ること」です。
表面があまりにもでこぼこしていると、着陸時に誤って機体が損傷してしまう恐れがありました。それでは「地球に帰ってくる」という最低限のミッションさえも実現できなくなってしまう恐れがあります。
しかし、地球からはやぶさ2に細かい指示を送ろうにも、通信には片道だけで10分〜20分の時差が生じます。はやぶさ2から送られてくるデータを確認してから、ここぞというタイミングで仕事をさせようと思っても、地球から操縦していては到底間に合いません。
だからこそ、はやぶさ2が小惑星に着陸する際には、はやぶさ2自身が周囲の環境を把握し、自律的に機体を制御しなければなりませんでした。
プロジェクトチームは、リュウグウの状況を確認した後に、当初予定していた2018年10月の着陸を断念。その分、着陸の訓練や、着陸地点の見極めなどに時間を費やす選択をしました。
そして年が明けた2019年の2月22日早朝、はやぶさ2は満を持して1度目の着陸に挑みます。
リュウグウに到着する前、はやぶさ2プロジェクトチームは、着陸精度は半径50メートル程度だろうと考えていました。しかし、タッチダウンで狙ったのは、半径3メートルの領域。
10月から繰り返し行われた訓練によって、「半径3メートルという非常に狭い領域であっても、ピンポイントで着陸できる」と判断された結果ではありますが、津田プロジェクトマネージャは記者会見で「上空20キロメートルから甲子園球場に着陸しようと思っていたのに、マウンドに降りろと言われたようなもの」と、その難しさを語っていました。
1度目のタッチダウンに成功し、だるまに目を入れる津田プロジェクトマネージャ。
提供:ISAS/JAXA
そして迎えた2月22日、実際に着陸した地点は、目標地点から誤差わずか1メートルの場所でした。
制約の多い困難な状況の中で、この「ほぼ完璧」な着陸を実行できたことは、はやぶさ2の実績の中でも特に分かりやすい、すごいポイントです。
7月11日に行われた2度目の着陸では、その精度はさらに向上しました。狙った着陸地点の中心からの誤差は、たったの60センチメートルだったのです。
川口教授は、はやぶさ2の一連のミッション成功の理由を、
「はやぶさの教訓を抽出し、やるべきことを抜け目なく、落ち度なく、想定されるようなリスクを避けながらやり遂げることができたことにあると思います。これは素晴らしいことだと思います」
と話します。10年前に地球へ帰還したはやぶさでの経験が、大きな財産となっているのです。
「アマゾンの山奥にある遺跡から宝を持ち帰る。(初代の)はやぶさは、そういう冒険をしに行ったと言えます。そして、途中でいろいろありながらも、なんとか帰ってこられた。
一方、はやぶさ2は、同じアマゾンなんですが違う山に登りに行ったようなものです。同じような苦労は当然あるんですが、1度目の冒険でうまく行かなかったことを改善しながら、うまく山に登ることができたのではないでしょうか」(川口教授)
気がかりだった「はやぶさ」が残した宿題
2019年2月22日、1度目のタッチダウンに成功した日、管制室には川口教授の姿がありました。当時のことを聞いてみると、「はやぶさが残していた宿題をやり遂げたことで、気持ちが安らぎました」と話していました。
提供:ISAS/JAXA
「はやぶさでは、往復の飛行をやり遂げることが最重要だったわけです。ただ、本来は実証機でやるべきことが積み残しになってしまっていたというのが心残りではありました。はやぶさは宿題を残していたんです」(川口教授)
2010年に帰還したはやぶさのプロジェクトマネージャを務めた川口教授から、はやぶさ2のミッションはどのように見えていたのでしょうか。
はやぶさ2には、当然、はやぶさの経験をもとに細かい改良がなされています。しかし、はやぶさとはやぶさ2の「できること」に、そこまで多くの違いはありません。
はやぶさが小惑星探査の技術を実証することを目的とする「実証機」であったのに対して、はやぶさ2は実証によってあぶり出された課題を改善した、いわば「本番機」。
大きな違いは「SCI」という小惑星にクレーターをつくるための装置がはやぶさ2に新たに実装されたことでしょうか
衝突装置を使って人工クレーターを作るイメージ。
提供:JAXA
多くの人が知っている通り、2010年に地球へ帰還したはやぶさは、ミッションの中でさまざまなトラブルに見舞われました。その過程で、技術の実証ができずに終わった装置もありました。
その筆頭が「着陸時に小惑星に弾丸を撃ち込み、試料を採取する」という、サンプルリターンの肝となるプロセスでした。はやぶさは、小惑星イトカワから試料を持ち帰ることに成功していますが、その試料の採取方法は、当初想定していたものではなかったのです。
「本番機であるはやぶさ2で、(弾丸を撃ち込んで試料を採取することが)ぶっつけ本番になってしまったところが気がかりではありました」(川口教授)
2月22日、リュウグウへのタッチダウン直後の様子。弾丸を撃ち込んだためか、画面上にいくつもの破片が舞っている様子が写り込んでいる。
出典:JAXA
本来であれば、実証機であるはやぶさでいろいろな課題をあぶり出し、改善したものをはやぶさ2に搭載する予定だったのです。
「はやぶさ2では、(弾丸の発射に関する)課題を改善するプロセス(参照すべき教訓)がなかったにも関わらず、うまく試料の採取ができたのはすごいことです。宿題をやり遂げたなと」(川口教授)
2019年2月22日、1度目のタッチダウンを終えたはやぶさ2から送られてきた画像には、着陸と同時に、(おそらく)弾丸によってばらばらにされた小惑星地表の様子が写っていました。
「あとは帰ってくるだけ」とは言うけれど……
はやぶさ2が地球へと帰還するイメージ。
イラスト:池下章裕
まもなく地球へと帰還するはやぶさ2ですが、実は「あとは帰ってくるだけ」と気軽に考えられるほど、困難がまったくないわけではありません。
川口教授は、
「帰ってくるだけと言っても、私たちはそれに過去1度しか成功していません。次もうまく帰ってこられるとは限りません。
サイコロを1度振って1が出たからといって、次も必ず1が出る保証は誰もしてくれません」
と話します。
はやぶさ2は、地球へと接近したところで、リュウグウで採取した試料が入っているカプセルを地上へ投下することになっています。
例えば、このカプセルを投下する機構がうまく作動せずに、試料を持ったまま地球を素通りしてしまうようなことも、十分考えられるわけです。
「20回も100回もやっていることなら盤石だと思いますが、1回しかやったことがなければ到底『次も大丈夫』とは思えない。それが『技術』です。うまくいくかいかないかは経験の数、深くどれだけ検討したか次第なんです。技術には何の魔法も、不思議もありません」
と、川口教授は、宇宙探査技術における経験値の重要性を話します。
提供:JAXA
日本では、はやぶさ2のような探査機の打ち上げに挑戦できる機会は、15年に1度あれば良い方です。一方で、NASAの予算は日本の10倍以上。探査機の打ち上げ、運用を経験する機会は非常にたくさんあります。
「試行錯誤ができる場」が整っているということは、それだけ、技術力の深化や新たな実証を行う機会が多いということを意味します。
川口教授は、はやぶさ2の成功は非常に喜ばしいことではあるものの、日本の十分とは言えない宇宙探査技術への投資が「これで足りているだろう」と勘違いされてしまうのではないかと不安を感じていると言います。
「はやぶさ2は、機会が少ない中で工夫をしようと苦労した結果なんです。そういう本質が取り除かれて、『やればできるじゃないか』と成功したイメージを持たれてしまうと逆効果なのではと心配しています。
ほとんど経験がないにも関わらず、カプセルの帰還がうまくいくというムードになっているのが良い例なのではないでしょうか」(川口教授)
「はやぶさ3ではなく、次のはやぶさを」
2010年6月13日。地球へ帰還したはやぶさは、大気圏に突入し巨大な流星となりました。
The Asahi Shimbun via Getty Images
はやぶさ2の後、宇宙探査技術はどう進歩していくのでしょうか。
川口教授は、はやぶさ2の延長線上にある「はやぶさ3」プロジェクトを考えるのではなく、むしろ、それまで考えもしなかったサンプルリターンに取り組んで2010年に帰還を果たした「はやぶさプロジェクト」のような、挑戦的な取り組みが現れることに期待していると言います。
「これまでとまったく違う発想は、頭で考えただけで出てくるわけではありませんし、教えられるようなものでもありません。一番大事なのは、いろいろな情報や経験に接する中で、『これをやるべきである』という、自ら発見していく集団ができあがること。思わずそうしてしまうような環境を作っておくことです」(川口教授)
12月5日、はやぶさ2は地球へと帰還し、試料が入ったカプセルをオーストラリア・ウーメラ砂漠へと向けて投下した後、新たな目的地に向けた旅をスタートさせることになります。
最終目的地への到着予定は、2031年7月。10分に1度自転している、リュウグウの30分の1程度しかない小さな小惑星「1998 KY26」を目指す計画です。
地球へ届けられたカプセルは、日本時間12月6日の午前2時前後に、2010年の時のような巨大な流星となることでしょう。
日本からは残念ながらその様子を直接観測することはできませんが、コロナ禍に苛まれた一年の終わりに、はるか南の空に思いを馳せてみてはいかがでしょう。
・「試料を回収」と表現していましたが、「試料を採取」と修正しました。
・「はやぶさ2のような探査機の打ち上げに挑戦できる機会を1年に1回あれば良い方」としていましたが、正しくは「15年に1度」です。
お詫びして訂正致します。
2020年11月13日 13:30
(文・三ツ村崇志)