11月7日に勝利宣言したバイデン氏。日本をはじめ、イギリス、フランス、カナダなど各国首脳との電話会談も始まっている。
Reuters/ Andrew Harnik, Pool
アメリカ大統領選で、過半数の選挙人を獲得した民主党のジョー・バイデン候補が11月7日、勝利宣言した。
政権交代の中で、最大の関心は米中関係の変化だが、多くのメディアは「米中対立はパイデン政権になっても継続する」とみている。だが、選挙中からバイデン氏は「新冷戦」を否定しており、あらゆる領域で中国を敵視する「米中新冷戦」思考をリセットするだろう。
「新冷戦思考」に胡坐(あぐら)をかいていると、米中関係が好転した時しっぺ返しに遭う。
予測可能な政権に
海外の首脳の中で、選挙結果に一番気をもんでいたのは中国の習近平国家主席に違いない。公式結果が出るまで、祝賀談話を出さず慎重姿勢で臨む中国だが、米政府に対しては“辛口”で知られる中国共産党系の「環球時報」は社説で、
「中米関係を強力で予測可能な状態に戻す」
と、次期政権との緊張緩和に期待をにじませた。
国際政治を専門にする台湾の趙春山・淡江大学中国大陸研究所名誉教授も、次期政権の中米関係を
「米中関係は緩和することで予測可能になる」
と展望する。
1年半の間に8回面会
上院議員時代から「外交通」として知られるバイデン氏。副大統領時代には少なくとも8回、習近平氏に会っているという(2013年12月撮影)。
Reuters/Lintao Zhang, Pool
バイデン氏の中国との関係は長い。初めて北京を訪れたのは41年も前のことだ。
米中国交正常化直後の1979年4月、米議会訪中団のメンバーとして訪中し、当時の最高指導者・鄧小平と会談した。
バイデン氏は上院議員時代に外交委員長を務めるなど「外交通」として知られる。ニューヨーク・タイムズによると、2011年初めから1年半の間に、当時カウンターパートだった国家副主席時代の習氏と少なくとも8回会っている。
特に2011年8月、北京だけでなく四川省成都にも足をのばした6日間の長旅には、習氏が終始付き添い、「接触時間は25時間に及んだ」(同紙)。バイデン氏はこの旅で習氏との「個人的な関係」を築いた。
こうして積み重ねたバイデン氏の中国理解は、「台湾は中国の一部」とみなす中国政府の主張を認める「一つの中国」政策を否定しかねないトランプ氏とは異なり、習氏に安心感を与えているのは間違いない。
コロナ、温暖化、貿易で協力
ヨーロッパでは新型コロナで再びロックダウンを余儀なくされる都市が相次ぐ。アメリカでも感染者数は拡大している。
Reuters/Charles Platiau
バイデン氏の対中政策に戻る。先に引用した「環球時報」社説は、「北京(中国政府)はバイデン・チームと可能な限り十分に連絡を取り、緊迫した中米関係を、強力で予測可能な状態に戻すよう努力する」と、期待を膨らませた。
協力テーマについては、
- 新型コロナ抑制で中米協力の可能性
- 国連気候変動枠組条約のパリ協定推進に中米協力は不可欠
- 貿易戦争でトランプ政権は赤字削減の実効性をあげておらず、アメリカ企業も不満を表明
といった点を挙げた。
結論として、社説は「中米関係の逆転の可能性について幻想を抱いてはならないが、関係改善への信念を弱めてもならない」と、慎重ながらもバイデン勝利を関係改善の「チャンス」ととらえている。
「新冷戦」のわなに陥らない
バイデン氏は大統領に就任したら、パリ協定に復帰することを明言している。
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期待は決して「希望的観測」とは言えない。民主党は2020年8月18日に採択した選挙綱領で、次のような対中政策を打ち出している。
- 中国政府による経済や安全保障、人権に関する重大な懸念について「明確、強力かつ着実に押し返していく」。中国の為替操作や違法な補助金、知的財産の窃取などの「不公正な貿易慣行」からアメリカの労働者を保護する
- 中国などによる国際規範の弱体化を図る動きに対しては、「友好・同盟諸国を結集して対抗していく
- 気候変動問題や核不拡散問題など米中の利害が一致する分野では協力を進める
- 中国からの挑戦は、基本的に軍事的なものでないと信じる
- 自滅的で一方的な関税戦争に訴えたり、「新冷戦」のわなに陥ったりしない
トランプ政権の「新冷戦」思考を「わな」と批判し、高関税を付与する貿易戦を「自滅的で一方的」と強い表現で非難しているのだ。その一方、気候変動問題や核拡散での協調を訴え、中国からの挑戦は「軍事的なものではない」と明言する。
この内容から、米中関係の専門家は、バイデン政権は中国からの輸入品に制裁関税をこれ以上かけることはしないとの見方では一致している。
世界経済を傷つける
アメリカ政府のファーウェイに対する制裁により、多くの部品を納品している日本企業も影響を受けている。
Reuters/Tingshu Wang
新冷戦思考で「アメリカか中国か」の二択を迫られ、「股裂き」に悩んできた世界の経済界の最大の関心は、バイデン政権が「デカップリング(切り離し)」をどう扱うかに強い関心を寄せている。ファーウェイ排除は、次世代移動通信規格5Gの構築を急ぐ先進国に、過剰な経済コストの負担を押し付けてきたからである。
民主党綱領に先駆けて2019年には、ほぼ同様の主張をした知識人100人の公開書簡「中国は敵じゃない」が、ワシントン・ポスト紙上で発表された。
中国問題の専門家や民主党政権時代の元高官が署名した書簡は、次期政権の対中政策の今後を占う意味で参考になる内容だ。
7項目の書簡の第3項は、対中敵視政策が、揺らぐ「アメリカと同盟国との関係を損なう恐れ」を指摘。ファーウェイ排除をめぐっては、
「デカップリング政策は、アメリカの国際的役割と声望のみならず、各国の経済的利益をも損なう」
とし、グローバルな部品調達網(サプライチェーン)が破壊され、引いては世界経済を傷つけると懸念する。
だが、次期政権が「デカップリング」解消に向けて、いつどんな手を打つかは判断材料に乏しい。「外交の継続性」を尊重しなければならない配慮も働くかもしれない。
一方、多くのメディアがバイデン政権になったとしても米中対立は続くと見る背景には、バイデン氏が香港、新疆など人権問題では中国に厳しい姿勢で臨み、トランプ氏が軽視した同盟関係も「重視」へと政策転換する可能性が高いからだ。中国もそれを警戒する。
バイデン氏は11月12日の菅義偉首相との10分の電話会談で、「日米安保条約第5条の尖閣諸島適用」に言及した。ただ、バイデン政権移行チームのメディア向け発表文には、「第5条に基づく日本防衛とアメリカの深い関与」と書かれ、「尖閣」の文字はない。
そこには中国への配慮が働いているのかもしれない。
ファーウェイ排除継続も困難か
トランプ政権がダウンロードや更新を禁止する動きをみせていたが、米商務省は禁止措置を見送った。
Reuters/Dado Ruvic
中国経済を専門にする瀬口清之・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹は、アメリカの中国問題専門家からの聞き取り調査の結果として、「ファーウェイ排除の継続は難しい」との結論を引き出す。その理由として瀬口氏は、
- ファーウェイ製品の安全保障上リスクの客観的根拠は乏しい
- 民生向け同社製品の全面的禁止は正当化できない
- 製品使用の禁止は巨額のコスト負担を強いる
- 競争力のある外国企業を市場から排除すれば、米国の当該産業の競争力が低下
の4点にまとめた。
新冷戦思考のリセットには選択幅はあるにしても、方向性は鮮明であり、米中関係は好転の余地が大きいのは間違いない。
日本の頭越しに関係改善?
駐米大使を経験した藤崎一郎・中曽根平和研究所理事長は、「外交政策は大転回へ」と題するインタビュー(共同通信11月10日配信)で、
「日本では米中対立は経済だけでなく、軍事もあれば先端技術もある。民主党政権になっても人権問題で中国に厳しくなる。強硬姿勢は議会や世論からも支持され、今後も変わらないとの見方が流布している」
と述べた上で、
「米国の歴史を見ると、いろんなことが変わる。米中関係の変化を頭に入れないと非常に危ない」
と警鐘を鳴らす。日本の頭越しに関係改善が進む可能性を指摘しているのだ。
トランプ政権の決定を「日米同盟の強化」という視点だけから、盲目的に支持する政策は、バイデン政権のリセットによって「裏切られる」恐れがあることを意識すべきだろう。
(文・岡田充)
岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。