夢手放す選手を何とかしたい、元Jリーガー社長がアスリート100人採用する理由

1枚目

バリュエンスホールディングス社長・嵜本晋輔氏(写真右)と筆者(写真左)。アスリートのデュアルキャリア(複業)の未来に迫る。

撮影:takumi YANO

「コロナ禍によって夢を手放さざるを得なくなったアスリートを何とかしたい」。そう語るのは、国内外でブランド品のリユース事業を手掛けるバリュエンスホールディングス社長・嵜本晋輔氏。

バリュエンスは2020年9月、「アスリートのためのデュアルキャリア採用」を開始すると発表しました。このプロジェクトは、10競技10人ずつのアスリート計100人をバリュエンスグループで採用し、競技生活と会社員というデュアルキャリアをサポートするものです。

嵜本氏は元Jリーガー選手であり、現役の会社経営者という異色のキャリアの持ち主。その経験から、多くのアスリートが引退後のキャリア形成に悩んでいることに課題感を持っていると言います。

加えて、コロナ禍により試合や練習の継続ができなくなったアスリートに対して、本質的な支援を行いたいと考えたとのこと。その結果、今回のアスリート100人採用プロジェクトが立ち上がったのです。

アスリート期間よりずっと長く続くであろうその後の人生について、アスリート自身はどう備えるべきか。そして、デュアルキャリア採用を通して嵜本氏が実現したいことは何なのか。

複業研究家である筆者が、アスリートのデュアルキャリア(複業)の未来に迫りました。

アスリートが夢を追い続けられる場所を作りたい

西村創一朗(以下、西村):アスリート100人採用プロジェクトをスタートされた9月は、コロナ禍の真っ只中。プロジェクトリリースの背景には、コロナ禍の影響もあったんでしょうか?

嵜本晋輔氏(以下、嵜本):新型コロナウイルス感染拡大によって多くのスポーツ団体が活動停止に追い込まれたことは、このプロジェクトを始める大きなきっかけとなりました。

緊急事態に陥った団体で、最初に削られるのは人件費です。つまり、アスリートとして活動を続けられなくなる選手が出てくる。未曾有の事態によって自分の夢を手放さざるを得ない選手の気持ちを想像すると胸が詰まって……。何とかしたいという気持ちが、ふつふつと湧いてきました。

ですが、きっかけはそれだけではありません。例えば現役アスリートが他の事業を手掛けたとき、「もっとスポーツに集中すべきではないか」とか「なぜ今、スポーツ以外のことを手掛けるのか」というような、アスリートのセカンドキャリアに関する話題がネガティブに報じられることに以前から違和感を抱いており、その風潮を変えたいと思っていたのです。

世間には、「アスリートはそのスポーツでしか生きてはいけない」といった凝り固まった無責任な価値観がまん延しています。その結果、アスリートの可能性が狭まっている。

アスリートには、ひとつのことに情熱を持って没頭できる能力があります。これはすごいことなんです。目標を明確にし、そこから逆算して今日は何をすべきなのか計画を立て、現状と理想のギャップを埋める……。

この一連の作業を人一倍やってきたからこそ、アスリートとしての現在があるわけです。この能力は、スポーツだけでなく仕事にも転用できるものだと私は確信しています。

3枚目

嵜本氏は就労者がアスリートとして活動を続けられることを第一に考え、サービスを提供している。

撮影:takumi YANO

西村:それでアスリートを採用し、彼らのデュアルキャリアを応援しようと考えたわけですね。

嵜本:そうです。私が代表を務めるアスリートのデュアルキャリアをサポートする会社デュアルキャリアでも、「HATTRICK(ハットトリック)」というチャリティオークションビジネスでスポーツ界の支援をさせていただいています。しかしお金を寄付するだけの支援では、アスリート自身を本質的に助けることにならないと感じたんです。

私たちがやるべきことは、アスリートが活躍できる場所を作り、夢を追い続けられる状況を提供すること。そう考え、このプロジェクトを立ち上げました。

西村:アスリートとして活動を続けられることを第一に考えられているんですね。雇用形態や職種はどのようになっているんでしょうか?

嵜本:本人が希望する働き方を実現できるよう、正社員からアルバイトまでさまざまな雇用形態を用意しています。練習時間を確保するため、勤務時間もフレキシブルに調整可能です。職種は、ブランド品や貴金属の査定を行うコンシェルジュ(鑑定士)や、営業、商品管理などがあり、本人の適性を見てご提案させていただいています。

「らしく、生きる。」努力を惜しまない姿が他の社員を刺激

4枚目

アスリート採用によって「らしく、生きる。」機会を今後とも増やしていきたいと語る。

撮影:takumi YANO

西村:「アスリート100人採用プロジェクト」をリリースして約2カ月が経ちましたが、アスリートからの応募はどれくらいありましたか?

嵜本:この2カ月での総応募数は20件。応募してくれたのは、サッカー、陸上、スキー、スケート、バレーボール、トランポリン、フットサル、社交ダンスなど幅広い競技の選手です。そのうち、2名の方はすでに働き始めてもらっています。

西村:採用も進んでいるんですね。どのような基準で採用されているんでしょうか?

嵜本:まずは「この会社で働きたい」という想いの強い方を採用させていただきました。このプロジェクトはリリースしたばかりということもあって、応募してくださる方の大多数が「まずは一度話を聞いてみたい」というスタンスなんです。実際に面接で話を聞いて「ぜひ働きたい」と興味を持ってくださり、内定につながったケースもあります。

12月1日から入社される方は、まさにそのケース。陸上競技をされている方で、「100mを10秒台で走れるようになるまで陸上を続ける」「その目標が達成できるまで競技をやめられない」とおっしゃっていました。そのためには練習時間の確保が必須ですので、両立可能な働き方の企業を探していて当社に辿り着いたんだそうです。

西村:競技生活を続けながらしっかり稼ぐというワークスタイルを、バリュエンスでなら叶えられると確信されたのですね。すでに働いていらっしゃる方について、現場からどのような声が上がっていますか?

嵜本:お二人とも仕事への意識が非常に高く勤勉で、当社のカルチャーにフィットしているというのが現場からの評価です。Excelを使った経験がなかったりタイピングが苦手だったりと、はじめは苦労されていました。

しかし、誰に言われるでもなく隙間時間にスキルアップのために練習をして、早く戦力になれるよう人一倍努力されている。その姿勢が素晴らしいなと感じます。

西村:ずっと競技に打ち込んできたからこそ苦手なこともあるけれど、それを補うために自ら目標設定してスキルを高める努力をするというスタンス、さすがアスリートですね。

嵜本:まだ入社して1カ月なので、今は仕事を覚えることで必死だと思います。でも、彼らのひたむきな努力があれば、一人前になるのにさほど時間はかからないでしょう。

また、ある程度余裕が生まれたときにも怠けることなくさらに高みを目指してストイックに努力できるタイプなので、今後大きく化ける可能性があると思っています。半年後や1年後、いろんな競技のアスリートがそれぞれのポジションで活躍している様子を世の中に発信していきたいですね。

西村:「100人採用プロジェクト」ですから、今後はさらに採用数を増やしていくわけですね。

嵜本:はい、もっと多くの競技の方にバリュエンスグループ内で仕事をしていただけるようにしたいと考えています。私は、アスリートが秘めている可能性を引き出し、どこまで活躍できるのか証明したいんです。そのためにも、このプロジェクトを広く知ってもらい、一緒に働くアスリートの数を増やしていきたいですね。

また、今回のプロジェクトは、当社の社員の成長機会を作るという点においても有効だと考えています。バリュエンスグループのミッション「らしく、生きる。」には、ありのままの自分が受け入れられて、かつ一緒に働くパートナーとともにチームの中での存在価値を高めていくという意味を込めています。しかし、ミッションを体現できている社員はまだ少ないのが実情です。

一方のアスリートは、人生の中で自分のやりたいことが明確になっているので、「らしく、生きる。」のスタート台に立っている状態。そのような人たちが何かひとつのことに夢中になりながらも仕事を頑張っている様子は、社員にいい刺激を与えてくれるはずです。アスリート採用によって、そういう機会を社内にたくさん作っていければと思っています。

現役中からビジネスに触れることがデュアルキャリアの第一歩

5枚目

「自分はこの競技しかやってこなかったから、それ以外のことは何もわからない」と自らに呪縛をかけるのではなく、ビジネス面にも挑戦して欲しいと嵜本氏は語る。

撮影:takumi YANO

西村:アスリートとして最前線で活躍できる時間よりも、引退後の人生の時間のほうが長い。その中で、アスリートはどのようにデュアルキャリアを築いていくべきだとお考えですか?

嵜本:現役選手の時期から多くの情報に触れることが重要だと考えています。かつての私もそうだったのですが、スポーツの世界で生きている人のほとんどは、スポーツの情報にしか触れていません。しかし、デュアルキャリアの実現にはビジネス感覚が欠かせません。

現役中からビジネスに触れる機会を自ら作ることで、スポーツの世界以外の選択肢を増やすことができます。例えば、複業で飲食店やファッションブランドを立ち上げてもいいですし、どこかのベンチャー企業に出資してみてもいいでしょう。早い段階でビジネスの世界に触れられたら、いい意味で引退年齢が引き下がるのではないかと思っています。

西村:アスリートの頃からデュアルキャリアを実現することで、自主的に引退して別の道を歩む人が増えるかもしれませんね。

嵜本:良くないのは、惰性で続けることです。アスリートも、「自分はこの競技しかやってこなかったから、それ以外のことは何も分からない」と自らに呪縛をかけています。でもそれは真実ではない。アスリートである自分以外に、自信がなさすぎるだけなんです。そうやって自分の可能性に蓋をしてしまっているアスリートは非常に多いと感じています。

この呪縛を解くためには、外野の声を気にしないことが大事。アスリートが競技以外のことに目を向けようとすると、外野から批判的な声が飛んでくることがあるんですが、外野は、アスリートの人生に責任を負ってくれるわけではありません。それならば、自分で信念を持って未来の準備をしたほうがいい。

アスリートのデュアルキャリア成功事例がメディアで報じられるようになれば、「自分にもできるかもしれない」と後に続く人が現れるでしょう。世の中の固定観念を覆して、積極的にデュアルキャリアを目指す人を増やしていきたいですね。

その継続に、目的と意志はあるか

6枚目

「その競技をすると決めた意思決定の裏側には何があるのか」。自らに問うことが今後のキャリア形成に重要となってくる。

撮影:takumi YANO

西村:現役中もしくは引退を控えているアスリートに向けて、メッセージをお願いします。

嵜本:その競技をすると決めた意思決定の裏側には何があるのか、自ら問うこと。それが、今後キャリアを形成していく上で非常に重要です。継続するのに目的や意志はあるのか。これはアスリートのみならず、すべての転職希望者に言えることでもあります。目的や意志のない継続は「衰退」でしかない。

続けるのであれば、続ける理由を明確にしなければなりませんし、辞める場合も理由が明確にあるからこそ前向きな撤退ができるわけです。厳しい言い方にはなりますが、どんな世界においてもそこに目的や意志がなければ、成果は手に入りません。

(文・西村創一朗、写真・takumi YANO、執筆協力・矢野由起)

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み