入社6カ月で“希望退職”迫られたホテル勤務22歳が激白、コロナ失業の現実とは

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男性が働くホテルで社員に配布された書類。希望退職の条件などが示されている。

撮影:横山耕太郎

東日本にある客室数500を超える大型ホテルで、2020年4月から新卒正社員として働いていた22歳の男性は、同じ年の10月末でこのホテルを退社した。

「希望退職」という形ではあるものの、コロナで経営不振に陥った会社から「入社1年目から3年目の社員」は、「組織スリム化」のためのリストラの標的にされたのだ。「希望退職」は名ばかりで、実質、選択肢のない失業だった。

東京商工リサーチによると、2020年は8月13日までに、早期・希望退職者募集を開示した上場企業は52社にのぼる。前年の2019年は1年間で35社だったのに比べると、とっくに過去一年分を上回っている。コロナの終息が見えない状況では、希望退職を募る企業は今後も増えると予想される。

入社後、わずか6カ月で男性は「退職」を突き付けられた。

「コロナでホテルが苦しいのはよく分かります。でも会社が社員を大切に思っているとも思えません」

男性はやり場のない気持ちをため込んでいる。

入社直後、ホテルが閉鎖に

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男性は新卒でホテルに入社。「憧れの職場」で働けることを楽しみにしていたという。

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私立大学に通っていた男性は、学生時代に飲食店でのアルバイトの経験を持ち、「将来は接客業に携わりたい」と考えていた。

就職活動では、エンターテイメントや宿泊に関する企業を中心に選考を受け、第2志望だったホテルでの就職が内定。

「第2志望とは言え、あこがれのホテルでした。会社説明会で出会った社員の方が生き生きと働いていて、当時は仕事ができることを楽しみにしていました」

しかし2020年、新型コロナウイルスが、ホテル業界を直撃した。

男性が働くホテルは入社後に閉鎖。同期の新入社員は20人以上いたが、入社後は出社はするものの、ビジネスマナーやベッドメイキングなどの研修を受けるだけで、ホテルの再開を待つ毎日だったという。

「ゴールデンウィークには、コロナも落ち着くと思っていました。でも結局、5月も6月もホテルは休業になり、仕事ができない状況が続きました。5月以降の給与は、約6割に減額されてしまい、『これからどうなるのだろう』と不安でした」

GoToトラベルで週末には客戻るも……

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街にも人が増え、7月にはホテルに客が戻ってきた。

撮影:今村拓馬

新型コロナの感染者数が落ち着いてきたこともあり、7月になってやっとホテルが再開された。

団体客や会社の宴会などの需要は壊滅的な状況だったが、7月下旬には政府の旅行需要喚起策である「GoToトラベル」も開始され、週末は客室がほぼ満室になることもあったという。

男性もホテルの現場に出て働くようになり、「ホテルの顔としての緊張感を味わった」という。

「ずっと人のいないホテルを見てきたので、お客様が入るようになると、がらっと雰囲気が変わりました。社員として売り上げも意識しながら仕事をするのは初めての経験でしたし、再開したホテルでいい接客をしたいと気合も入っていました」

また人事部からメールで、今後給与が満額支払われるという連絡もあった。

「どうにかこのホテルで働き続けられそうだと、やっと安心できました」

しかし9月。その期待は裏切られることになる。

突然告げられた「組織のスリム化」

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ホテルの社員らは宴会場に集められた(写真はイメージです)。

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男性が働いていたホテルは、複数の系列ホテルをもち、それぞれの運営会社を子会社に持つ親会社が存在する。親会社が実質的な経営を握っており、傘下ホテルの管理職として、親会社の社員を出向で受け入れることも珍しくないという。

9月上旬。男性ら社員に、親会社の社長が参加する説明会が開催されるとのメールが届いた。これまでも、ホテルの休業前後などに社員向けの説明会が開かれていたので、特に気に留めることはなかったという。

コロナ対策として説明会は複数回に分けて行われ、立食パーティーなどに使う宴会場には、数十人の社員が集まった。

社員を前にした親会社の社長は、「グループの経営が厳しい状況にあります。不動産の賃借料の支払いも滞納している状況だ」と窮状を説明。すぐにその場を去ったという。

その直後、ホテルの総支配人が「組織のスリム化を図るため、従業員を半数程度にします。希望退職を募ります」と切り出した。

希望退職の対象に……「何も考えられず」

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男性が受け取った「希望退職募集について」の通知。優遇措置として、退職金に基本給の1カ月分を加算することなどが説明されている。

撮影:横山耕太郎

ステージ上のスクリーンにはスライドが投影され、各部門での削減人数が示された。「対象者選定基準」として、「入社1~3年目までのスタッフ」と、統廃合される部署が挙げられたという。

入社1~3年目の社員が選ばれた理由については、「まだ研修の段階で、トレーナー役も必要だから」と説明されたという。

「その時はショックで何も考えられませんでした。直前に給与が戻ると言われたばかりだったので」

男性は、希望退職に関わる肝心な部分は説明しなかった社長に対して、不信感をおぼえたという。

「社長はリストラについてほとんど説明せずに、会場を去りました。『僕たち働き手のことを何だと思っているのか』と、後から怒りが湧いてきました」

新入社員は全員「希望退職」に応じる

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男性は上司との面談後に希望退職に応じることを決めた(写真はイメージです)。

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男性が務めていたホテルには労働組合もあり、人員削減の方針について、会社側に撤回を求めたものの、会社側は応じなかったという。

「部署によっては『人員を半分にする』とだけ説明されていたので、(明確にリストラを示されたわけではない)4年目以降の社員は『誰が切られるか分からない』という状況で働いていました」

集会から数週間後、男性は総支配人と人事責任者が同席する面談の場で、「希望退職に応じれば、1カ月分の給与は多く支払う」と説明された。

男性は仕方なく、希望退職を決めたという。

「ホテルの経営が厳しいのは分かりますし、仮にこのまま働き続けられたとしても、ホテルが倒産したらどうしようもありません。身を守るためにも、転職するしかないと思いました」

男性を含めて、20人以上いた新入社員は、全員が希望退職を選択したという。

増えるアルバイト雇用に違和感

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男性が働いていたホテルでは、希望退職した後で、アルバイトとして同じホテルで働いている元社員もいるという。

撮影:今村拓馬

男性が働いていたホテルでは、男性を含め半数がホテルを去ることになったが、正社員が減った分、アルバイトは増員している。希望退職した元社員が、引き続きアルバイトとして働いているケースもある

「アルバイトを雇う金があるなら、なぜ解雇するのか。会社の方針には、歯がゆい思いがあります。元従業員の間では、『2021年の東京オリンピックでは人が必要で、それまではアルバイトとしてつないでおきたいからでは』と話しています」

男性は人員削減を告げられていた9月から転職活動を始め、希望退職後に、ホテル業ではない他のサービス業への転職が決まった。

「現場で働いている同僚は、優しい人ばかりでした。ホテルの経営を考えるとしょうがないという気持ちもありますが、社員を大切にしないような会社のやり方には、納得できない」

親会社「雇用の維持は大前提だった…」

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ホテルの親会社の関係者は「あくまで希望退職であり、解雇ではない」と話す。(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

男性が勤めていたホテルの親会社の関係者は、Business Insider Japanの取材に応じ「会社を守るため、希望退職の募集はやむを得なかった」と説明した。

関係者によると、系列ホテルでは2月以降、外国人観光客を含む宿泊者や、レストラン・イベント会場の利用が激減。3月以降は赤字経営が続いた。

従業員の雇用維持のため、政府が休業時の賃金を一定量支給する「雇用調整助成金」や、金融機関からの無利子での融資、社会保険料や法人税などの支払猶予を申請。また全ホテルの従業員を対象に給与の一部カットを実施した。

「雇用の維持を大前提として、あらゆる対策をとってきました。ただ感染の拡大を受け、客室の稼働率が数%台にまで落ち込んだホテルもあり、希望退職を募らざるを得ませんでした」

管理職を対象に希望退職を募り、ホテル内に複数のレストランがある場合などは、一部閉鎖を進めるなど、人件費の削減に取り組んだ。

しかし、コロナの影響は続き、一部屋当たりの客室料金も下げざるを得なかった。そうした末に、若手社員も対象に希望退職を募ることになったという。

土日に利用が集中「正社員では対応できない」

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正社員に希望退職を募りながら、一方でアルバイトを雇用している点については、こう説明する。

「あくまで希望退職をした社員も、アルバイト募集からは除外していません。正社員をアルバイト化しているわけではありません。

コロナの影響でビジネス利用が激減したことで、土日に利用が集中しているホテルも多い。『土日にだけ来てほしい』というのは正社員にはできず、アルバイト雇用を増やすしか方法がありません」

関係者は、「このまま政府の対応が遅れたら、多くのホテルが倒産する」と危機感を募らせる。

「雇用調整助成金は申請してから支払いまで数カ月かかりました。そして条件によっては8割程度しか支給されない。しかも、それは人件費だけの話。ホテルにとっては建物の賃料も莫大で、上限600万円の持続化給付金では桁が違います。

今を乗り切れても、その先いつまでもつか展望を持てないホテルは多いと思います」

GoToトラベルよりも「直接給付を」

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親会社の会計者は「GoToトラベルの恩恵はホテルによってばらつきが大きい」と話す。

撮影:今村拓馬

東京商工リサーチによると、2020年11月11日までにコロナに関連し経営破綻した企業は全国で675件。このうち55件を宿泊業が占め、飲食業、アパレル関連に次いで、ホテル業界は厳しい状況が続く。

この親会社の関係者は、宿泊業や飲食業を対象にした特別の補償が必要だと話す。

「確かにGoToトラベルで客足が戻ってきたホテルもありますが、エリアや業態によって全く人が戻っていないホテルもあります。

現状では冬のボーナスを支給できる宿泊業者は少ないと思いますが、それではローンを払えない人も出てきてしまいます。ホテルや飲食店など、危機に瀕している業界に直接給付などの施策がないと、生き残れません」

また、政府には今後の展望を明確に示してほしいと訴える。

「GoToトラベルがいつまで続くのか分からないと、経営計画も立てられません。今は生きるか死ぬかと言う状況。ハンコの廃止を進める前に、支援策を含め、先の見通しをしめしてほしいです」(ホテル親会社関係者)

十分な説明なしの希望退職はグレーゾーン


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今泉義竜弁護士は「希望退職を募る場合、企業側は根拠を示して説明しないといけない」と指摘する。

撮影:横山耕太郎


労働問題に詳しい今泉義竜弁護士は、ホテル勤務だった男性のケースについて「企業側は希望退職を募る場合でも、社員にきちんと説明する必要がある」と指摘する。

「希望退職なのか整理解雇なのか、線引きが難しい場合も多い。退職させようと誘導したり、十分な情報を与えなかったりすることは、法律的にはグレーゾーン。

企業側は雇用を維持するという前提に立ち、なぜ、どのような基準で、何人の社員に希望退職してもらいたいのか、財務状況など根拠を示すべきです。その上で、社員が希望退職を選択するかしないかの判断ができないといけない」

コロナの影響で失業者は増えているものの、訴訟の場で解雇を争う例は少ないという。

不当な解雇に当たる事案であっても、裁判では時間と費用がかかる上、再就職先を探す必要もあるためだ。

しかし今泉氏は、こう指摘する。

「グレーな解雇を野放しにしないためにも、希望退職を求められた場合は、簡単に納得はせすにきちんと説明を求めるべきです。仮に見切りをつける場合でも、労働基準監督署や労働弁護団の無料ホットラインなど、専門家に相談してみてほしい」

(文・取材、横山耕太郎

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