痴漢被害の実態、そしてもし被害にあったときにどうすればいいかをアニメーションで学生らに伝えるプロジェクトが立ち上がった。制作資金を募るクラウドファンディングは、目標金額の150万円を1カ月足らずで達成。今後はさらに金額を上げ、痴漢問題への取り組みに遅れを取る、文部科学省や国土交通省へのアプローチを目指す。
アニメーションで痴漢抑止
「痴漢神話」が根強く、対策にも遅れを取る教育現場。学生はもちろん、全ての大人たちに痴漢の実態を伝えるアニメ制作が開始する。
「学生に知ってほしい痴漢の真実:アニメーション制作プロジェクト」/READYFOR HPより
「学生に知ってほしい痴漢の真実:アニメーション制作プロジェクト」を立ち上げたのは、女子高校生らが痴漢被害にあうのを未然に防ぐことを目指す「痴漢抑止バッジ」を広げる活動を2015年から進めてきた、一般社団法人 痴漢抑止活動センター代表の松永弥生さんだ。バッジには「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません」などのメッセージが書かれており、利用者の9割超が効果を感じたという調査結果も出ている。
アニメーションでは、身体に同意なく触れることは許されないこと、痴漢被害にあったときに取るといい行動、また鉄道警察や被害者相談窓口など相談できる機関を紹介。さらに、被害者や被害の現場を見た時にどうすればいいかなど、周囲の人間が取るべき行動(第三者介入)も分かる仕組みだ。
何より伝えたいのは「被害にあって悩んでいるのは、あなただけではない。あなたは、絶対に悪くない」というメッセージだという。完成した動画はYouTubeなどで公開する予定だ。
8割の学校が登校中の性犯罪への防犯教育行わず
痴漢抑止バッジの販売ページ。2019年度デザインコンテスト受賞者の作品が並ぶ。南海電鉄「アンスリー」、大阪メトロ内の「ローソン」でも販売中。
出典:一般社団法人・痴漢抑止活動センターHPより
松永さんがこのプロジェクトを立ち上げたきっかけの1つは、いまだ根強い「レイプ神話」ならぬ「痴漢神話」を打ち破りたいという思いからだ。
レイプ神話とは、「性暴力は見知らぬ人から振るわれるものだ」「被害にあったのは肌を露出した格好をしていたからだ」など、性暴力に関して事実とは異なるにもかかわらず、世間一般に浸透してしまっている内容を指す。加害者の多くは顔見知りであり、服装と被害に関係はない。
痴漢被害についても同様だ。松永さんは2018年、大阪府立高校の生徒指導教諭を対象にアンケート調査を実施した。139校中、93校から回答を得たが、
・登校中の性犯罪やスクールセクハラの防犯教育を行っていない……84%
・登校中の性犯罪やスクールセクハラなどの相談窓口を周知していない……55%
と、生徒の痴漢被害に対し、十分な対策が行われているとは言えない結果になった。
「男子生徒だから」痴漢にあわない?「スカートが短いから」痴漢にあう?
痴漢被害にスカート丈は関係ない。いまだ根強い「痴漢神話」は、被害者への二次加害に繋がり得る(写真はイメージです)。
Shutterstock/MAHATHIR MOHD YASIN
防犯教育を実施しない理由としては「被害生徒が少ない」「男子校だから」などがあげられた。また、防犯教育を実施している学校でも、その内容が「身だしなみや素行の注意」と、生徒側への注意を促すものになっている学校も複数あったそうだ。松永さんは言う。
「痴漢被害にあう男子生徒もいますし、身だしなみは関係ありません。例えばスカート丈ですが、短ければ痴漢にあいやすいと思っている大人は多いかもしれませんが、電車内での痴漢については関係がない。むしろ制服は『大人への従順さ』を見える化する装置になってしまっていて、犯行が明るみになるのを望まない痴漢加害者が、校則を守るおとなしそうな学生を狙う傾向があります。学校は本来、生徒の最も身近で相談相手になるべき場所です。教員が痴漢被害の実態を知らずにいると、『そんな短いスカートをはいているから』と、セカンドレイプになるような指導をしてしまう懸念があります」(松永さん)
二次加害生む「痴漢神話」なくし、相談できる環境を
痴漢被害の実態を知るべきは、被害者になり得る学生はもちろん、周囲の大人たちだ(写真はイメージです)。
GettyImages / Ishii Koji
あらゆるハラスメントを社会からなくすことを目的として活動している「#WeToo Japan」が行った2018年の調査(「痴漢被害は制服に原因」「女性はTwitterで被害」ハラスメント実態調査」)でも、中学生時代のスカートの長さを「長くしていた」「普通」「短くしていた」の3つのカテゴリーに分け、痴漢などの被害経験率との関連を調べたが、両者に関連は見出せなかった。
一方で、体を触られる被害の経験率は、私服だった場合が約30%なのに対し、ブレザー・セーラー・その他制服を着用していた場合は制服の種類に関わらず約50%にものぼり、制服そのものが被害を誘発しているとも言える結果に。
警察や制服メーカーなどが痴漢対策として女性の服装に注意を呼びかけるポスターを数多く作成してきたこともあり、こうした「痴漢神話」は教育現場からもなくなっていない。
センター試験日、受験生を痴漢から守るため電車内をパトロールしたり、街頭で声をあげる女子中高生たちもいる。
撮影:竹下郁子(2020年1月18日)
「性犯罪に対して大人が正しい知識を得るのは、子どもたちを守る上で最も重要だと考えています。動画は学生たちの周囲にいる大人、つまり保護者や学校関係者にも見て欲しい。特に先生には生徒にシェアして欲しい。そういう先生がいたら、生徒も『この先生には相談できる』と安心できると思うんです」(松永さん)
アニメーションには性被害者になり得る対象として、女子学生だけでなく、男子学生やランドセルを背負った小学生も登場するという。また痴漢加害者の人物像についても、痴漢など性犯罪者の再犯防止プログラムを行っている斉藤章佳さん著『男が痴漢になる理由』に紹介されていた統計情報を元に、4人の人物を登場させているそうだ。
痴漢について知らせないまま通学させていいのか
「文部科学省×学校安全」HP。学校安全に関するさまざまな取り組みが紹介されているが……
出典:「文部科学省×学校安全」HPより
学校が痴漢対策に遅れを取る背景には、文部科学省の対応も無関係ではないだろう。松永さんが驚いたというのは、安全な学校生活を送るための取り組みなどを掲載する「文部科学省×学校安全」というウェブサイトだ。
「サイトでは児童の登下校の不審者対策、高校生の自転車通学のマナーや安全教育などの情報が共有されていますが、ここに電車やバス内の痴漢犯罪に関しては何も掲載されていないんです。多くの教育関係者が電車内に痴漢がいると知っているのに、子どもにそれを伝えないまま通学を始めさせていることに強い危機感を覚えたことも、今回のプロジェクトを立ち上げる大きな動機になりました」(松永さん)
松永さんたちは毎年、「痴漢抑止バッジデザインコンテスト」を開催し、学生からデザインを募ってきた。2020年は初めて文部科学省と国土交通省が後援についたそうだが、政府としての取り組みには遅れが目立つ。
今後のクラウドファンディングで集まった資金は、SNSなどでの広報や、こうした省庁への働きかけに使っていきたいという。
女子の自己肯定感の低さは、痴漢被害も一因か
痴漢被害の実態を訴える、痴漢抑止活動センター代表の松永弥生さん。
出典:「学生に知ってほしい痴漢の真実:アニメーション制作プロジェクト」/READYFOR HPより
「教育現場は、自転車通学の安全やデートDV、SNSを通じた性被害については熱心に指導する一方で、痴漢被害についてはまだまだ軽視していると感じます。痴漢被害が原因で通学できなくなった生徒がいます。痴漢も性被害であり、命に関わる問題なんです。
活動を継続する中で、日本の女子たちの自己肯定感の低さは、通学時の痴漢被害も影響しているのではないかと思うようになりました。痴漢にあって、でも何もできなくて、周りも助けてくれなくて無力感を抱いてしまった女子たちが、デートDVや社会に出て職場であうセクハラに対応できるでしょうか」(松永さん)
過去の調査でも、日本の女子の自己肯定感は男子の約半分などその低さが指摘されてきた(「女子高校生の6割が性的嫌がらせや差別を経験。メディアにうんざり、SNSは女子だと隠して投稿」)。
事実、Business Insider Japanが就活生へのセクハラについて調査した際、被害にあっても誰にも相談できなかった理由として「高校生のときから痴漢等の性犯罪にあっていて、抵抗しても意味がないことを知っていたから」など、幼少期から繰り返し受けた性被害で、声を上げる力を奪われている女性は少なくなかった(「就活セクハラ被害者の7割が相談できない理由、大学への不信感と『どうせ変わらない』無力感」)。
痴漢神話を打ち破り、痴漢問題を重要な社会問題として多くの人が認識、そして行動するよう背中を押す。このアニメーション動画がその一助になればと松永さんは語る。
(文・竹下郁子)