ファッションエディターの軍地彩弓氏さん(左)と、日本に進出したばかりのb8ta Japan(ベータ・ジャパン)代表の北川卓司さん。
撮影:今村拓馬
時代の最先端を見つめて来たファッションエディターの軍地彩弓氏さんが、ファッションに止まらず小売りや新しい消費の形を体現しているキーパーソンや注目の企業に会いに行く対談の2回目のゲストは、日本に進出したばかりのb8ta Japan(ベータ・ジャパン)代表の北川卓司さん。
2015年米国サンフランシスコで創業し、「買う」よりも商品を「体験する」ことを主な目的とする新たな形態は、「サービスとしての小売(RaaS:Retail as a Service)」とも呼ばれ、小売業界でも注目を集めています。日本進出の反響とは? また今後こうした形態は小売業界をどこまで変えるのか、聞きました。
軍地彩弓(以下、軍地):先日、新宿マルイ店内のb8ta Tokyo – Shinjuku Marui に伺ったんですが、とても賑わっていました。お店の広さは何平米くらいですか?
北川卓司(以下、北川):40坪130平方メートルくらいです。もともとはマルイの靴下やハンカチなどの雑貨売場があった場所です。
軍地:8月にオープンされましたが、コロナでオープンが遅れたそうですね。もともとは何月の予定だったんですか?
北川:6月です。今回、新宿(新宿マルイ本館)と有楽町(有楽町電気ビル1階)の2店舗同時オープンと言うミッションがあったので、正直いつまで延ばせばいいのかなと思っていました。コロナの影響で、アメリカから運んでくる什器の輸送手段を航空便から船便に切り替えることになったため、予定より60日くらい多くかかりました。
軍地:オープンされてからの手ごたえはどうですか?
北川:お客様が来てくださるのか不安だったのですが、オープン初日から両店で1000人以上に来店していただきました。感染対策も、入口のカメラで店内の人数を把握して入場制限をかけるなど徹底し、特に問題なくスタートできました。
週末はカップルやファミリー層が
軍地:いろんなアイテムが並んでいましたが、現在、商品数はどれくらいですか?
北川:2店舗合わせて145以上の商品でスタートし、現在は170くらいまで増えました。
軍地:そんなにあるんですね!その中でも、ヒットアイテムってありますか?
北川:弊社は販売が主目的ではないので、 販売数が多いからヒットアイテムという考え方は持っていませんが、体験していただいた数が多い商品では、カロリー摂取量が計測できる時計は大きな反響がありました。
軍地:私も実際に体験しました。カップルで来ている方もいて、全体に顧客層は若い方が多い印象でした。
北川:当初、有楽町店はビジネスパーソンを想定していましたが、メディアに取り上げていただいたおかげで、特に週末は若いカップルやファミリー層も多いです。
アメリカのビジネスモデルを受け継ぎながらも、日本へのカスタマイズを重視したと話す、b8ta Japan代表北川さん。
撮影:今村拓馬
軍地:お客様は事前にb8taを認知されて来られるのでしょうか?
北川:もともと通りすがりのお客様に来ていただけるお店にしたいと思っていました。特に有楽町店は全面ガラス張りなので3割くらいはふらりと立ち寄られたお客様です。
軍地:この時期に新宿と有楽町に出店された理由は?
北川:出資していただいた丸井グループ、三菱地所が持たれている物件の中から選びました。マルイの顔である新宿本館の1階に店舗を構えるというのは、意味があることだと思っています。もちろん賃料はお支払いしています。
アメリカの3倍配置されたスタッフ
軍地:「売らない売り場」を掲げているマルイさんにとっては新たなビジネスモデルですね。サンフランシスコ店にも行ったことがあるのですが、日本とは大きく違うと感じました。スタッフの数も圧倒的に日本の方が多いですよね。
北川:はい。日本のスタッフ数はアメリカの3倍くらい。什器はアメリカのものをそのまま持ち込んだのですが、高さだけ日本人の平均身長に合わせて低く調整しました。
b8ta Tokyo – Yurakuchoの外観。外観に惹かれてフラリと訪れる人も少なくないという。
撮影:今村拓馬
軍地:今までの日本型のフランチャイズは、ブランドの冠だけはあるけど中身が別物になって日本ナイズに失敗している企業が多かったのですが、b8ta Japanはアメリカのビジネスモデルを受け継ぎながらも、商品が整然と並べられていて、スタッフの説明も丁寧で。いい意味で日本ナイズされていると感じました。
北川:まさにそれが、私たちが目指している「体験を提供する店舗」です。スタッフと会話しながら商品を体験していただくためには、一定の人数が必要だと考えました。
サブスクでスタッフから在庫管理、物流支援も
軍地:近年、小売業は「売り上げ」よりも「体験重視」へと価値観がシフトチェンジしています。まさにb8taはこの時代にふさわしい新たなビジネスモデルですね。御社のビジネスモデルについて、改めて教えていただけますか。
北川:b8taは2015年に米国サンフランシスコで創業したスタートアップです。ビジネスモデルはRaaS(Retail as a Service:サービスとしての小売)で、店舗内の区画をメーカーにサブスクリプションで提供しています。最大の特徴は、月額のご出品料金をいただくことで、スタッフの手配からトレーニング、シフト管理、在庫管理、物流サポートまで、出品にかかる全てのサービスを提供することです。
店内に設置したカメラでお客様の年齢や性別、店舗内の行動をトラッキングしてデータ化。これらすべての情報をメーカーとリアルタイムで共有でき、お客様からの商品に対するご意見も共有しています。
「通常、小売業ではECで売るか実店舗で売るかを内部で競い合ってしまう」とのジレンマを指摘する、軍地さん。
撮影:今村拓馬
軍地:マーケティングデータが日々蓄積され、出店者に即時共有されるのですね。出品料は区画の面積で決まるのですか?
北川:はい。1区画当たり月額約30万円です。賃料を分割し、オペレーションコストを乗せる形です。
日本の方が、弊社から(物件に対して)お支払いしている賃料が高額なこと、アメリカよりもスタッフが多いので必然的に高くなります。ニューヨークの大規模再開発プロジェクト「ハドソンヤード」は日本円で月約23万円ですから。
オープン前の外出自粛要請期間のみスタートアップ企業やD2Cブランドを応援する「サポートプログラム」も実施しました。通常、月額30万円程度かかる出品費用を一定期間、b8taの8にちなんで8万円で提供していました。
軍地:一等地に出店できて、データも取得できるならお得ですね。
北川:ECからスタートしたスタートアップは実店舗でのプレゼンスを獲得するのが難しい。急に新宿マルイの1階に出店したいといっても門前払いになることが多いと思います。1区画でも商品を置いて、価格や訴求したいブランドイメージも自分たちでコントロールできるというのは大きい。
ラグジュアリーブランド経験者を採用
軍地:通常、小売業ではECで売るか実店舗で売るかを内部で競い合ってしまう。販売スタッフもECに誘導してしまうと、実店舗での売り上げが立てられないとノルマが達成できないというジレンマがありました。b8taはECでも実店舗でもどちらで売れても結果、会社の利益、と一括管理できるので良い循環が生まれますよね。
店舗内の位置によって出店の際の価格差はあるんですか?
北川:今のところはないです。どこに出品するかは選べないので。b8taの各店舗のマーチャンダイズのマネージャーが、店内のどの場所にどの商品を陳列するかを決める権限を持っています。
店舗マネジャーは、接客トレーニングをしっかり受けているラグジュアリーブランド出身者が多いという。
撮影:今村拓馬
軍地:店舗マネージャーの方はどういう経歴の方を採用されているのでしょうか?
北川:ラグジュアリーブランド出身者が多いですね。彼らは接客のトレーニングをしっかりと受けているので、ブランドのミッションからバリューまでをきちんと語ることができます。これは体験を提供するうえで、とても大切なことです。
軍地:なるほど!Apple Watchを開発するとき、ラグジュアリーブランド経験者を採用したと聞きました。また、小売りが体験型にシフトする中、カギとなるのが販売員の接客だと思います。
百貨店は距離が近過ぎたり、逆に全然来なかったりと人によって差があります。その点、b8taの接客はフレンドリーだけど、プロフェッショナルな説明をしてくれて、しかもしつこくない。これがいまの時代のキーポイントだと思います。
先日、骨伝導で音が聴こえるサングラスを試着したのですが、丁寧な説明のおかげで、「おっ!」という驚きの体験ができました。スタートアップの商品にはさまざまなマジックがあるので、話を聞くだけでも楽しい。
“新しい発見”にワクワクするという、本来のウインドウショッピングの良さが、うまく引き出されていると感じました。
北川:そう言っていただけて嬉しいです。小売りとショールーミングを融合したb8taという新しいカテゴリーを作りたいと考えています。
軍地:体験型店舗も最近増えましたが、b8taとの圧倒的な違いは接客スタイルだと思います。ショールーミングという言葉が出てきたのが、ここ5年くらいですが、単に商品を置いてお客さんが自由に見るスタイルでした。
それでは、ECと変わらない。b8taはスタッフと会話しながら商品を使う「体験」という新たな価値を提供したことは大きいと思います。
北川卓司:2004年に独立系PR会社に入社し、外資系IRコンサルティング会社に転職。その後、ウェブマーケティング担当としてロモグラフィーに入社。ロモジャパンCEOを経て、仏EMLYON経営大学院でMBA取得。2015年、ダイソンにリテールマネージャーとして入社し、ダイソン世界初の旗艦店「Dyson DEMO表参道」をオープンさせた。2019年11月より現職。
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。