撮影:今村拓馬
その場で「買う」ことより「体験」してもらうことを重視した新しい形態の小売り、b8ta Japan(ベータ・ジャパン)代表の北川卓司さんに聞く後編。
ファッション・エディターの軍地彩弓さんは、EC全盛の時代だからこそ、売り場や販売員の価値が上がる、と指摘します。小売りや消費の未来をお二人はどう見ているのでしょうか。
軍地:この2カ月で失敗したと感じたことはありますか?
北川:「失敗はチャレンジの証」だと私は思っているのですが、このコロナ禍において出品企業を集めるのに大変苦労しました。先程お話ししたスタートアップの「サポートプログラム」も、トライアルで出品された企業がサポート期間終了と同時に出ていってしまう。そうなると、また新規の出品企業を探さないといけない。これが今の課題です。
軍地:オープン前からどのようにメーカーに対して出品の営業をされたのでしょうか
北川:はい。私と営業の3人で3カ月かけて何とか埋めました。リリース後にお問い合わせいただく企業もありましたが、基本的にb8taをご存じない方が多かったので、こちらからお声がけをさせていただきました。
軍地:マルイグループや三菱地所がパートナーになった背景を教えていただけますか?
北川:マルイには以前から「売らない店舗」という構想があり、不動産業へのシフトもしていたことから、弊社のビジネスモデルとの親和性が高く、コンテンツとして欲しかったからだと思います。ただマルイ、三菱地所ともにVCのEvolution Ventures(エボリューションベンチャーズ)を通じての出資で、直接ではありません。
今後も協業企業を通じて、店舗を構えることが難しいフェーズのスタートアップをサポートしてD2Cブランドを増やしていきたいと思っています。
ドバイの方が資金が速く集まった
軍地:北川さんはアメリカのb8ta本社に雇用されているんですか?
北川:米国b8taとベンチャーキャピタルEvolution Venturesとの合同会社がb8ta Japanを運営していて、この代表(カントリーマネージャー)として日本での経営を任されている委任社員のような形です。
今まで経験してきた外資系企業の日本の位置付けは、本国から販売を委託されている販売会社でした。b8taは全く違って、今回、総額約11億円の資金をいただいているのですが、その使い方も含めて日本での経営を一任されています。
撮影:今村拓馬
軍地:北川さんの経歴を拝見して、PR会社やラグジュアリーブランド経験のある最適な人材がいたなんてと驚きました。b8taに出合ったのはいつ頃ですか?
北川:2016年頃です。知人がb8taの創業者と知り合いで、日本進出に向けて英語ができて海外の事情に詳しいプレイヤーを探していると声をかけていただきました。その時はタイミングが合わず、お会いできなかったのですが、2019年の夏に日本への本格進出が決まり、正式にオファーをいただきました。
軍地:2015年に創業したb8taが、2016年には日本進出を見据えていたというのは面白いですね。なぜ、日本をターゲットにしたのでしょうか?
北川:2016年頃、日本からのサンフランシスコのIT・ハイテク企業の視察ツアーが盛んに実施されていました。その一環でb8taも訪問した日本の方がb8taのビジネスモデルに興味を持ったからだそうです。2拠点目はドバイで、3拠点目が日本なのですが、ドバイが2拠点目に選ばれたのは、参入資金が集まるスピードが速かったというのも理由のひとつだと思います。
点と点がつながって活きている
軍地:北川さんはPR会社からIR、外資系メーカーという面白い経歴をお持ちですが、どの経験がいま一番活きていると思いますか?
北川:スティーブ・ジョブズではないですが、点と点がつながって、今があると思っています。
新卒で入社したコスモ・ピーアールは1年8カ月しかいなかったのですが、社会人として大切なことをいろいろ学びました。当時は将来的にコーポレートコミュニケーションを手がけたいと考えていたので、アメリカのIRコンサルティング会社に転職したのですが、日本人は私1人でした。
上場企業のCEOや投資家たちと関わる中で、クリエイティブかつロジカルに考えられる人たちが金融業界には多いくいることを体感し、身近にMBA取得者が多くいたことから経営に興味を持つようになりました。しかし、リーマンショックの影響から転職を余儀なくされました。
いくつかファイナンスの企業からオファーをいただいたのですが、それまでPRも含めコンサル寄りだったので、次はメーカーで働きたいと、ロモジャパンというカメラメーカーに転職しました。
撮影:今村拓馬
軍地:LOMOは私も大好きなアナログカメラです。なぜカメラメーカーを選んだのですか?
北川:LOMOはオーストリアのフィルムカメラメーカーで、「ロモグラフィー」という世界規模のアナログ写真のコミュニティを展開しています。実は学生時代から私はLOMOのカメラを愛用していて、自分が撮影した写真を「ロモグラフィー」のオンラインコミュニティに投稿していたんです。その写真を見た関係者からスカウトを受けました。
入社後、オンラインマーケティングを担当し、コミュニティの拡大を図る中で、順調に売り上げを伸ばすことができ、その結果、「日本支社の代表をやってみないか」と声をかけていただいたのです。私は「来たチャンスはすべて取る」というスタンスなので、喜んでオファーを受けました。28歳のときです。
軍地:ロモのカメラは蔦屋書店やアパレルショップに置くなど面白い売り方をされていましたよね。「アナログ風がかわいい」と当時モデルの間でも人気でした。
北川:はい。ミュージシャンのMEG(メグ)さんとコラボでカメラを作ったこともあり、面白かったですね。
b8taは横展開しやすいモデル
軍地:その後、ダイソンに行かれたのですね
北川:ダイソン入社前にフランスへ留学しました。ロモジャパンの代表を3年半務めたのですが、経営に関しては完全に自己流でしたので、改めて経営学を学ぶためにフランスの大学院に行き、MBAを取得しました。シャネルやルイ・ヴィトンなどラグジュアリーブランドの歴史や戦略も学びました。
卒業後フランスに残るか、日本に帰国するかという中で、新規事業に参画できるチャンスがあったのがダイソンでした。それが、世界初の旗艦店を表参道に立ち上げるというプロジェクトだったのです。
撮影:今村拓馬
軍地:ダイソンとb8taは店舗デザインが似ていますよね。商品がまるで美術館のように展示されています。
北川:ダイソンの表参道店は、創業者のジェームズ・ダイソン自ら店舗デザインをしています。店内を黒基調にすることで商品にスポットが当たるようにしています。
軍地:とてもおしゃれですよね。そんなダイソン在籍時にb8taを見たときの第一印象は?
北川:オンラインでしか見たことがなかったので、正直、最初は何が新しいのかわからなかったです。しかし、仕組みを知れば今までにない、新しいビジネスモデルであることが分かり、横展開もしやすいと思いました。日本ではコスメやフードなどライフスタイル系の商品も幅広く取り扱っています。
「販売員」でなく「コミュニケーター」へ
軍地:体験型ショップにおいて、お客様と直接関わる販売員は重要な存在です。しかし、日本の小売業は販売員が最前線であるにもかかわらず軽視されていて、待遇も不十分。これが大きな問題です。
北川:私も販売員の地位向上は重要だと考えています。私がダイソンに入社した当時、家電量販店などでの販売スタッフは時給制の非正規社員が主でした。これを社長に直訴して、直営店をスタートする際に正社員採用にしたところ、離職者はほとんどいなくなりました。
時間をかけてトレーニングした人材が離職してしまうと結果的にコスト高になってしまいます。スタッフの定着化のためにも待遇改善は大切だと思います。
b8ta Tokyo – Yurakucho。店舗では、その商品のストーリーやブランドのミッションなどを伝えるという。
撮影:今村拓馬
軍地:私は呼び名も大切だと考えていて、「販売員」ではなく、「コミュニケーター」とか「プレゼンター」と呼ぶといいのじゃないかと話しております。
北川:弊社でも店舗スタッフのことを「ベータテスター」と呼んでいます。意識づけの意味でも呼び名は大切ですよね。
軍地:今まで販売員さんは売り上げの数字だけで評価されていましたが、これからは接客やSNS発信力などのコミュニケーションスキルがより重要になってくると思います。たくさんの人に商品を好きになってもらうことが何より大切だと。
北川:実はb8taは体験だけでなく、実際モノが結構売れているんです。そこは予想外でした。クレジットカードの手数料も弊社が負担しているので、売れすぎると困るんですけど(笑)、嬉しい悲鳴ですね。
軍地:今後は販売員さんの革新が重要です。アパレル店員は非正規雇用の割合が高く、そうなるとブランド愛が育たない。b8taのスタッフはブランドの社員ではないのに各商品に関して熱く語ってくれるのはなぜなのでしょうか?
北川:通常、スマホなどの新商品が出るとスペックの変化を説明しますよね。一方、弊社のスタッフは出品企業のミッションから、なぜこの商品を作ったのかという背景まで説明できるようトレーニングされています。
若者が買わないのはいい出合いがないから
撮影:今村拓馬
軍地:ミッションは重要なキーワードですよね。商品を売るときも「こういう思いでつくりました」というストーリーが重要で、お客様もその方が興味を持ちやすいですよね。いまあるブランドのリニューアルを手がけているのですが、「まずミッションを整理しましょう」と伝えています。
近頃は売り上げが落ちるのも、何でもコロナのせいにしがちで、変革のチャンスを失っていると思います。日本にb8taのような新しいビジネスモデルが入ってくると、他の企業もイノベーションの重要性に気付かされますよね。
最後に、最近の若者はモノを買わなくなったと言われますが、こうした消費行動の変化についてどう思われますか?
北川:いい出合いがないというのが大きいのではないでしょうか。オンラインがあまりに便利になったことで、本当に気に入ったものしか買わなくなったのでは。私が若い頃は、雑誌などを見て「こんな商品があったんだ」という新たな発見がありました。いまはターゲティング広告によってピンポイントでおすすめ商品が出てきてしまうので、“偶然の出合い”がないのではないかと思います。
軍地:そうですよね。あと、いまの若者はとても合理的。必要なモノ以外は家に置かない。持ち物をミニマムにし、3畳のワンルームで暮らす人もいる。雑誌も買わないし、お店にも行かないから未知との出合いがない。ただ、若者たちがモノを買うワクワクする気持ちを失っているわけではないと思います。
そういう意味で、b8taには美術館のような“偶然の出合い”がある。デートスポットとしてもいいですよね。2人でいろいろ体験することで会話も弾みますし。
北川:そうしたオンラインではできない、“ワクワクする体験”をこれからも提供していきたいと思います。
北川卓司:2004年に独立系PR会社に入社し、外資系IRコンサルティング会社に転職。その後、ウェブマーケティング担当としてロモグラフィーに入社。ロモジャパンCEOを経て、仏EMLYON経営大学院でMBA取得。2015年、ダイソンにリテールマネージャーとして入社し、ダイソン世界初の旗艦店「Dyson DEMO表参道」をオープンさせた。2019年11月より現職。
軍地彩弓:大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。