撮影:今村拓馬、イラスト:Singleline/Shutterstock
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『 世界標準の経営理論 』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
11月22日は「いい夫婦の日」。取材中にご家族の話題に触れることも多い入山先生に「パートナーシップのあり方」について伺おうと思ったら、なぜか話は予期せぬ方向へ……。結婚生活の「ハードシングス」はビジネスの成功にも関係する、と先生は言います。どういうことでしょうか?
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「いい夫婦の日」を前に考える、意思決定とやり抜く力
こんにちは、入山章栄です。
いやいや……皆さんもそうだと思いますが、結婚生活にはいろいろなことがありますからね……まあでも、確かに我が家はそれなりに楽しくやっています。
結婚生活といえば、最近僕が注目していることがあります。「いい夫婦の日」の話題からこんなことを言うのも何ですが、僕が気になっているのは、「離婚」なんです。
離婚はセンシティブな話題なので、ビジネスメディアではあまり議論されません。でも、この離婚を考えるのは重要ではないかと思っています。
僕はビジネス界でのさまざまなアワード・賞の審査員を務めています。そして審査にあたり、候補になった方の経歴を拝見すると、特に女性の候補者は離婚を経験された方の割合がかなり高い印象なのです。
こういうアワードを獲る方というのは、イノベーションを起こしたから選ばれています。しかしそれを実現するには、リスクをとって大変なことをやろうと意思決定して、それを最後まで「やり抜く」ことが不可欠です。
そう考えると、それは「離婚」と親和性が高いのです。
僕は離婚経験がないので、偉そうに語る資格はありません。でも、よく「離婚は、結婚より大変だ」と言うように、離婚が成立するまでにはさまざまな困難が待ち受けているはずです。
周囲もあれこれ口を出すだろうし、財産分与や親権などでもめるかもしれない。もめた挙句に別居できなければ、顔も見たくない人としばらく同じ家で暮らすことになるかもしれません。
さらに無事に離婚できても、その後の生活には不安も多いでしょう。でも「相手と別れる」という意思決定をしたら、不安や障害と戦って最後までやり抜くしかない。それはおそらく相当ハードなことだと思います。
離婚はある意味、人生における究極のハードシングスのひとつだ。
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同じようにビジネスで成功するまでにも、ものすごく大変だけれど乗り越えなければいけない相当な「ハードシングス」がある訳ですね。しかしそれを乗り越えた人だけが、素晴らしい製品を生み出せたり、イノベーションを起こしたり、商売を繁盛させたりできる。
そう考えると離婚というのは、ある意味、究極のハードシングスのひとつと言えるでしょう。それを成し遂げたということは、その人は決断力も実行力もあるし、精神的にもタフだと言えるのではないでしょうか。
つらい経験で「腹落ち」したからビジネスに邁進できる
そしてもうひとつの仮説は、離婚によってある種の「腹落ち」を経験するのではないかということです。「腹落ち」とは、この連載で僕がよく取り上げるセンスメイキング理論のことで、「人間は自分が腹の底から納得したことでなければ実行できない」というものです。
最近でこそ変化が見られるようになってきましたが、僕が子どもの頃は、「男性は外で働いて、女性は家庭にいるものだ」「女性は男性の一歩後ろに下がっているものだ」という考え方が当たり前でした。おそらく今もなお、少なくない人々の意識の根底に残っている価値観でもあるでしょう。
そんななかで、ビジネスで成功を収めた女性の少なからぬ方々の中には、おそらく相当な価値観の転換があったと想像できます。そのきっかけが離婚だとは限らないけれども、離婚をきっかけに価値観が大きく転換することは考えられる。
撮影:今村拓馬
例えば、「こんなにつらい経験をしたんだから、もうこれから先の人生は自分の好きなことを思い切りやって生きていこう」となるのではないか。その「自分が本当にやりたいこと」が仕事だった場合、多少のことでは諦めない覚悟ができている。だから成功するのではないでしょうか。
離婚に限らず、つらい経験をきっかけに、思い切った人生の選択をする人は多いように思います。実際に僕の周りでも、新しいことに挑戦しているのは、身内や親しい友人を亡くした経験のある人が多い。
そういう経験をすると、否が応でも人生について深く考えることになります。「自分は亡くなった人の分も生きなきゃいけない」「このままでは自分が死ぬときに後悔する」と考えた結果、本当に自分のやりたいことに残りの人生を賭けようと決意する。そういうことも確かにあるように思います。
日本は離婚のハードルが高すぎる
このように考えると、離婚も決してマイナス面ばかりではありません。僕の尊敬するある識者の方がおっしゃっていたのは、「そもそも日本は、離婚のハードルが高すぎる」ということです。特に女性はひとたび結婚すると家庭に“幽閉”されて脱出できなくなる。それが女性たちの力を奪っている部分がまだまだあるのだ、と。
日本はいまだに離婚経験者を白い目で見るところがあるけれど、就職した会社が合わないと思ったら辞めていいのと同じで、もし結婚生活が合わないと思うなら、離婚してやり直せばいい。
もちろん、僕が言いたいのは、「こういう考え方がありますよ」ということであって、決して離婚を焚きつけるつもりはありません。しかしこれからの時代は、前回も述べたように個人が会社に属さず独立して働く「個」の時代になる可能性が高い。そうであれば結婚についても「個」を大事にして柔軟に自由に考えたほうがいいと思います。
関係維持のための努力もタフなこと
そうですね。実はこの前、モデルの知花くららさんと一緒に、『82年生まれ、キム・ジヨン』という韓国映画のトークイベントに出てきました。
この作品は今の韓国社会で、働きたい気持ちと家庭の板挟みで苦しむ女性を描いたものです。そこでのトークイベントでも、話題は自然と夫婦間のコミュニケーションに及びました。
イベントで、僕と司会の女性の方は、「いかに夫婦の関係維持に苦労しているか」で盛り上がりました。ところが知花さんは、「私たち夫婦はそんなことは全然ない」というのです。知花さんご夫婦は、何か少しでも課題があると2人で徹底的に話し合うのだそうです。
これには「なるほど〜」と思いましたね。夫婦って、たまにギクシャクすると、話し合うよりも黙ってしまうことが多いですよね。片方が怒ってしまって1週間くらい口をきかなかったりする。
だけど知花さんいわく、とにかくひたすら話をして、お互いに思っていることを本心から言い合うと、だんだん気持ちが収まって解決策が見えてくるという。その通りだなと思いました。
ギリギリまで話し合いを避ける夫婦は多いけれど、これは会社と社員の関係と似ているところがある。お互い黙ってしまうと、あとは契約が切れたら終わり、という話になるでしょう。
でも勇気を出してお互いに思っていることを素直に話し合うと、自分が会社に期待していることや、会社が自分に期待していることも分かる。そうなれば、「諦めないで、一緒にやっていこう」となるはずです。
ペンシルべニア大学のアダム・グラント教授は「プロソーシャル・モチベーション」という理論を提唱しています。これは「他者視点のモチベーション」のことで、他者への貢献にモチベーションを見出す人は、創造性が発揮できるというものです。
夫婦は親しい間柄だけに、「相手がどう思うか」という視点を忘れがちですが、定期的に話し合いの時間を設けるようにして、他者視点を得ることは重要でしょう。
僕は先ほど「離婚のハードルを下げましょう」と言ったけれど、それと同じくらい、話し合う努力も必要ですよね。自分ができているかは棚に上げますが、みなさんもこの機会に、パートナーはもちろん、会社や上司との関係を見直して、より積極的に話し合って、他者視点を得てみてはいかがでしょうか。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
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この連載について
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理します。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか? 参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。