「ワクチン有効性9割以上」報道は本当に脱コロナの始まりなのか。米金利の動きが示す「厳しい現実」

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米バイオ医薬品大手モデルナは新型コロナワクチンの臨床試験を通じて94.5%の有効性が確認されたとの暫定結果を発表した。

REUTERS/Dado Ruvic/Illustration

11月9日、米大手製薬ファイザーと独バイオ医薬ベンチャーのバイオンテックが、新型コロナウイルスのワクチン治験で高い有効性を確認したと発表したのに続き、16日には米バイオ医薬品大手モデルナも同様に高い有効性が得られたことを明らかにした。

矢継ぎ早のワクチン開発報道を受け、NYダウ平均株価は連日のように史上最高値を更新し、いよいよ史上初の3万ドル突破かとの声も聞こえてくる。この調子でいくと、日経平均株価の3万円到達を期待する声も上がってくるに違いない。

しかし、過去の経験を踏まえると、株式市場や為替市場が一方的に噴き上がっているときは、意識的に債券(金利)市場の動きに目を向けたほうがいい

株式や為替の動きに相互矛盾が生じた際は、最終的に債券市場が正しいことが多いからだ。

その理由は一つではないだろうが、「プロ」だけで構成される債券市場と、多種多様な投資家のマネーが交錯する株式・為替市場には、おそらく思惑の齟齬があるのだろう。

さて、そうした「ワクチン相場」に沸く足元の状況で、米10年国債利回り(以下、米10年金利)は0.90%前後での推移を続けている。

ワクチン開発は吉報に違いないが、それを受けて実体経済が復調し、金融政策(すなわち金利)が正常化するまでにはラグがある。金融政策は実体経済の現状と展望に割り当てられるものなので、利上げや量的緩和の縮小は相当先になるはずだ。

裏を返せば、低金利の継続がおおむね約束されているからこそ、悲惨な実体経済のなかでも株高が続くのだろう。

ワクチン報道は「ゲームチェンジャー」?

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米製薬大手ファイザーと独バイオンテックは、開発中のワクチンに90%を超える有効性が確認されたと発表した。

REUTERS/Dado Ruvic/Illustration

筆者はほぼ毎日のようにウェビナーや取材対応で話す機会があるのだが、ここ1週間はとくに高い頻度で「もうアフターコロナになったと考えるべきか?」という質問を受けた。

なるほど、確かに今後歴史をふり返ったときに、11月9日や16日のワクチン報道こそがアフターコロナの号砲を鳴らすゲームチェンジャーだったと見なされる可能性はある。

そうなれば良いなとは思いつつ、しかし金融市場の様子を見る限り、そのように考えるのは時期尚早だというのが筆者の抱く率直な印象だ。

ここからは、筆者がそう考える理由を簡潔に記したい。

確かに、米金利動向からは明確にムードが変わった印象を受ける。上述したように、過去をふり返れば、債券市場は比較的冷静な見方を提供することが多かっただけに、その発するメッセージが変化しつつあることは看過できない。

米10年金利はワクチン開発報道後、一時0.97%台まで上昇し、本稿執筆時点でも0.90%をはさんで推移している。いまだに歴史的な低水準だが、とはいえ7〜8月にかけて0.50%台で推移していたことを思えば、それなりに大きな変化と言えるだろう。

ちなみに、0.90%前後という数字は、3月中旬に米連邦準備制度理事会(FRB)が100ベーシスポイント(=0.01%)の利下げに踏み切る直前と同じ水準だ【図表1】。

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【図表1】アメリカ10年金利の推移。

出所:Bloomberg資料より筆者作成

つまり、アメリカがゼロ金利を導入する前の水準まで戻ってきたということで、それだけに「ワクチン報道はゲームチェンジャーになったのか」という点に関心が集まるのも当然のことだ。

また、米10年金利が0.50%台で推移していた7〜8月は、金価格の史上最高値更新が連日話題となっていた。

金は(過剰流動性の行きつく投機対象のひとつであるため)単体で見るのではなく、世界経済の先行指標たる銅などとの相対価格で市場心理を推しはかることが重要だと筆者は考えている。

そこで銅価格と金価格の比率(相対価格)に目をやると、本稿執筆時点でコロナ禍(3月以降)における最高値を更新している【図表2】。このことからも、アフターコロナの萌芽に期待を寄せようとする人々の心情が感じとれる。

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【図表2】銅と金の相対価格の推移。

出所:Macrobond資料より筆者作成

金利は上がっていない、ドル買いも起きていない

それでも、米金利は上がっていない。だからこそドル買いも起きていない。それどころか、ドル売りに傾いている。

こうした事実は、前回記事『バイデン当選でも、ワクチン開発成功でも変わらない、金融市場の先行きを示す「3つの本質的論点」』でも解説したところだ。

結局、米10年金利の0.50~1.00%程度の上昇の動きは、ゼロ金利政策のもとでの可動域にすぎず、ドル売りの流れを断ち切るほどのパワーは持ちえない、ということだと筆者は解釈している。

米10年金利が1.00%をはっきり超えて上方シフトしてくれば、ドル買いも戻ってくる可能性はあるかもしれない。

ただし、すでに述べたように、それは「ゼロ金利導入以前」の債券相場に回帰することを意味する。FRBが金利上昇方向に向けた何らかの情報発信を行う必要が出てくるだろう。

しかし、FRBは今年8月に新たな政策戦略として「インフレ率平均+2%」を打ち出したばかり。2023年末までのゼロ金利継続についても意見集約している以上、そのような(金利上昇に向けた)挙動は残念ながら望むべくもあるまい。

目下、「ワクチンへの希望よりも目先の感染者数」という雰囲気が強く、FRBがハト派(=緩和政策寄り)化することはあってもタカ派(=引き締め政策寄り)化することはないだろう。

足元の株高ばかり凝視しても何も見えてこない

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誰もが「アフターコロナ」を議論したい。しかし、米金利やドル相場にその「しるし」は見えてこない。写真は11月半ばのニューヨーク証券取引所。

REUTERS/Brendan McDermid

結論としては、米金利とドルが相互連関的な上昇に至らない限り、ワクチン報道をゲームチャンジャーと評価し、アフターコロナの相場が始まったと考えるのは難しい、というのが筆者の認識だ。

もちろん、株価は下がるよりも上がったほうが良いに決まっている。足元の株高は素直に喜んでいいだろう。

だが、前回のコラムで論じたように、株高は近年常態化している相場現象であり、ここ最近始まったものではない。

ふり返れば、リーマンショック以降、実体経済の成長以上に株式市場の伸びが大きくなる構図が定着している。おそらく、株高の小さくない部分は低金利で説明できるのだろう。

株高が当然視されるような現状のもとで、それを仔細に見てみたところで、「ワクチン報道がゲームチェンジャーになったのか」という問いに対する答えは出てこない。

くり返しになるが、今、現状を冷静に照らしているのは、米金利の低下とこれに合わせて低位安定しているドル相場だ。

裏を返せば、米金利とドルの相互連関的な上昇が確認できるようになった時こそ、アフターコロナを視野に入れた議論を始めるべきとき、と言っていいだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文:唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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