ワン・コンサーン日本法人代表の秋元比斗志氏。
撮影:三ツ村崇志
「レントゲン写真を撮るように、自治体や企業の弱い部分をあぶり出すことで、自己評価ができる」
こう話すのは、人工知能(AI)やデータサイエンスを活用した災害対策プラットフォームサービスを手がけるスタートアップ「One Concern(ワン・コンサーン)」日本法人の秋元比斗志代表。
同社は2015年にシリコンバレーで創業したスタンフォード大学発のスタートアップで、2020年1月に初の海外拠点として日本法人を設立した。
サービスの狙いは、災害科学とAIや機械学習を組み合わせることで、災害発生「前」、あるいは「直後」に人命やビジネスに影響する被害を推測し、的確な支援を行うこと。
自治体や企業の災害時における意思決定を改善し、災害からのレジリエンス(回復力)を高めることができるはずだという。
地球温暖化などの気候変動の影響で自然災害が増加していると考えられている昨今。アメリカの民間調査会社によると、アメリカだけでもこの分野の市場規模は10兆円を上回ると推定されている。
洪水で九死に一生、創業を決意
カシミール洪水の様子。
Reuters/ Adnan Abidi
秋元氏は、ワン・コンサーンのミッションを「あらゆる災害による被害を最小化すること」と語る。
創業のきっかけは、同社のアマッド・ワニ代表が2014年に経験したインド・カシミール洪水。この洪水では、カシミール地方で400人以上が亡くなっている。かくゆうワニ代表も、自宅が崩壊し、7日間にわたって生死を彷徨(さまよ)うことになった。
九死に一生を得たワニ代表は、その後、米スタンフォード大学の博士課程で、テクノロジーを活用した自然災害の被害予測システムの開発に尽力することとなる。
そこで出会ったのが、機械学習エンジニアのニコール・フー氏と地震科学者のティモシー・フランク氏。ワニ代表ら3人は、スタンフォード大学教授のアンドリュー・ン氏(Google Brain創業者、Baiduの元副社長)の勧めもあり、2015年に共同創業者としてワン・コンサーンを設立した。
「現象」ではなく「被害」を予測する
大雨で氾濫した江戸川。気候変動によって、こういった災害に見舞われる機会が増えている。
dreamnikon/Shutterstock.com
ワン・コンサーンのサービスでは、地層や建物など地域のデータを元に、地震や大雨といった災害が起きたときの被害を事前にシミュレーションしたり、これから起きようとする災害や発生した直後の地震による被害想定を算出したりすることが可能だ。
現状でも、大雨や洪水など気象情報の延長として、災害情報を簡単に得ることができる。
秋元氏は、一般的な災害情報とワン・コンサーンのサービスによる情報の違いについて、
「雨がこれくらい降るという『現象』を予測するのではなく、我々は『被害』、それによるビジネスへのインパクトにフォーカスしている」
と話す。
例えば、「1時間あたり何mmの大雨が降る」と分かっても、地域ごとの浸水被害や冠水状況が分からなければ、自治体や企業にどの程度インパクトを与えるのかを推測することは難しい。地震の震度だけが分かっても、どの程度建物に被害があるのか分からないのと同様である。
ワン・コンサーンのサービスでは、気象データをさまざまなデータとリンクさせることで、自治体の運営や企業活動における影響の有無を知ることができるわけだ。
現段階では、気象・災害情報とリンクさせることで有益となるデータの検証などを進めているという。
語り継がなくても伝わる「暗黙知」
洪水が起きたときにどこから水が溢れ、どのような順番で浸水が起きるのかシミュレーションすることができる。
提供:ワン・コンサーン
また、通常、災害が起きた時は、被害情報が分かったところから、復旧の優先順位がつけられていくものだ。しかし、中には被害情報が共有されていないだけで、甚大な被害が出ている場所が存在することもある。
自治体が事前に被害を予測することができていれば、災害が起きた直後に「脆(もろ)い地域」を真っ先にケアすることができる。
「我々のサービスは、例えば災害が起こる12ヶ月前に、事前にきっちり対応を考えるための支援です。
また洪水なら、最大で発生する72時間前から、地震なら起きた直後1時間程度で被害状況に関するシミュレーションをつくっていくこともできます」(秋元氏)
データを用いたこういった災害被害の予測は、かつてその地域が経験してきた災害に対する「暗黙知」を共有化する上でも非常に重要だ。
「東日本大震災の時に、岩手県・釜石市の津波被害が隣の市よりも少なかった。それは暗黙知が語り継がれているからだったと言われています。
我々が目指すのは、それを語り継がなくてもデータから提示できるようにすることです」
ただし、こういった被害想定を計算によって算出するには、大量のデータとそれを計算する時間がかかる。実は、これまで総額約80億円の資金調達を実施してきたワン・コンサーンは、その大半をデータサイエンティストの人件費とコンピューティングコストに当てている。
地域ごとに、被害に適したサポートを
地震が起きたときのシミュレーション。地域ごとに建物の被害件数を予想することができる。
提供:ワン・コンサーン
同社は、自治体向けサービス開発のために、日本法人ができる前の2019年3月から熊本県熊本市で実証実験を行っている(2021年3月までを予定)。現在、自治体向けに想定されているのは、地震と洪水の2種類のサービスだ。
実証実験では、過去に起きた地震をシミュレーションすることで、実際の被害とのズレの検証を行ったり、災害発生時の避難誘導、土木や河川などを担当する部署の意思決定に利用できるサービスなのか、といったことについて検証を行うなどしている。
秋元氏は、
「例えば、地震の避難訓練のようなものを、シミュレーションのシナリオを元に実施することができます。
今まではどういう被害が出るか分からない中で、『みなさん逃げましょう』とやっていました。でも、使おうと思っていた避難所や避難経路は使えないかもしれない」
と、科学的に妥当性のあるシナリオをベースとした訓練の意味を語る。
活断層のデータを取り込み、震源となる断層を選んでシミュレーションすることも可能だ。
提供:ワン・コンサーン
日本での正式サービスは、今後、熊本市以外の複数の地域で検証された後にリリースされる予定だ。
同じ規模の災害であっても、地域・環境によって結果が変わってくる。アメリカの河川や地形などの自然環境が日本とはまったく違うように、同じ国の中でも環境はまったく異なる。
日本の環境に適応したシステムを作るために、国内の災害に関する知見に秀でた専門家に協力を仰いでいるように、自治体に提供するにしろ、企業に提供するにしろ、サービスのローカライズはある程度必要になるだろう。
コロナで変わる日本の防災・減災への意識
撮影:三ツ村崇志
欧米と違い、日本では昔から、地震や台風といった自然災害が生活の非常に近くにあった。
こういった背景から、秋元氏は
「日本人は、災害に備えるよりも、起きるのは仕方ないから、起きてから頑張ろうとするマインドセットがあるのではないかと感じています。リスクコンサルティングの話をしても、リスクは日本人に響きにくい。経営層の方々も欧米と比較して、リスクをあまり意識していないように感じます」
と語る。
ただし、新型コロナウイルスの流行によって、日本人のこういった考え方が変わりつつあることを実感しているという。
感染症のパンデミックはある種、自然災害と同じだ。
2020年、多くの企業、経営者たちが緊急事態宣言などによって、企業のリスク管理が機能していないことに気づくことになった。
「パンデミックに対する用意ができておらず、BCP(事業継続計画)が機能しなかった。そういった点から、やらされている感があった自然災害(気候変動)に対するこれまでのBCPのやり方に、経営層の方々も改善が必要だと考えていらっしゃると思います」(秋元氏)
すでにアメリカのシアトルなど数カ所でサービスを展開しているワン・コンサーンではあるが、海外進出の一歩目として日本を選んだのは、
「災害大国の日本で通用する防災・減災のソリューションは、世界で通用する」(秋元氏)
との理由からだ。日本進出は試金石としての意味合いも強い。
「アメリカと日本で足場を固めた後、サプライチェーンの中心地であるアジアへの進出を見通している」
気候変動による自然災害の驚異にさらされているのは今や全世界共通だ。災害からのレジリエンス構築を支援する取り組みへの需要は、今後もますます高まるだろう。
(文・編集、三ツ村崇志、笹谷由佳)