30兆円規模に急成長。EUが市場狙う「環境債」とは何か?トヨタ、三菱重工も参入

環境運動

10代〜20代の若者の間で環境問題への危機意識が急速に高まっている動きに、金融市場も呼応する。

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環境債(グリーンボンド)と呼ばれる金融商品の市場規模が急速に拡大している(下の図表参照)。環境債とは、環境対策ないしは環境改善に資するプロジェクトのための資金を調達する目的で発行される債券だ

2007年に欧州連合(EU)の開発銀行である欧州投資銀行(EIB)が発行した債券や翌2008年に世界銀行が発行した債券などを源流としている。

グラフ

【図表】急速に拡大する環境債の市場規模。

グリーンボンドを発行する企業にとっては、環境問題への積極的な姿勢を投資家に示すことで社会的な支持を得られやすいというメリットがあり、購入する投資家にとっても同様に社会的評価を得られるほか、中長期に渡って比較的安定的なリターンが得られるメリットがある。

環境債の発行に大きな影響力を持つイギリスの国際NGO、CBI(気候債券イニシアチブ)によると、2019年の世界の環境債の発行額(正確にはローンも含む)は2577億米ドル(約27.1兆円)に達し、前年比で51%も増加した。国別にはアメリカ、中国、フランスがトップ3だが、地域別だとEUが圧倒的なプレーヤーとなる。

日本では、年金運用を担う年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2017年4月にESG投資(=環境[Environment]・社会[Society]・ 企業統治[Governance]への配慮を重点に置いた投資)を開始して以降、注目が一気に高まった。

2020年に入ってからは、トヨタ自動車や三菱重工などの大企業が環境債を発行するなど、動きが加速している。

EUは「環境市場」育てる準備

EUイメージカット

欧州連合(EU)は環境債の発行に対して積極的だ。

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2019年にEUで発行された環境債の例を挙げよう。

例えば、ドイツの開発銀行である復興金融公庫(KfW)は、再生可能エネルギー開発や環境共生住宅投資に融資する資金を賄うため、90億ドル(約9500億円)の環境債を発行した。またオランダ財務省が、公営住宅や交通インフラの低炭素化などの財源として67億米ドル(約7000億円)の環境債を発行した。

また、2020年9月にはドイツが国として初めて環境債を発行、60億ユーロ(約7400億円)の発行に対して330億ユーロ(約4兆600億円)以上、投資家からの引き合いがあった。年内にさらに50億ユーロ(約6100億円)の発行が予定されており、市場の厚みはいっきに増す。

環境債のトレンドを語るうえで、欧州の存在はもはや揺るぎのないものになっている。

実際、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は環境債の発行に対して積極的だ。欧州委員会は2016年以降、環境債の発行基準の整備を着々と進めている。EU環境債基準(EU GBS)と呼ばれるものだが、そこにはまだ若く拡大が望める環境債市場を自らに有利なよう育てていきたいというEUのリアルな意図がうかがえる。

若者の声を受けて推進する“環境政策”

グレタ

スウェーデンの17歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリ氏の存在は「次世代を担う若者の環境への意識向上」のシンボルといえる。

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EUでは環境対策を重視する伝統があるが、近年の気候変動を受けてそのムードは急速に強まっている。とりわけ次世代を担う若者の間でその傾向が顕著であり、スウェーデンの17歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリ氏の存在はそのシンボルといえよう。

環境対策の財源である環境債の市場拡大は、そうした若者の声が反映された結果でもある。

それにEU内の国政選挙や地方選挙では、旧来の中道右派政党や中道左派政党に対する不満の受け皿として、急進的な政党以上に環境政党の躍進(例えばドイツの「緑の党/同盟90」)が目立つ。

こうした政治的な背景もあり、何かと内部対立が尽きないEUだが、環境対策を推し進めるべきだという考え方では一致している。

2019年12月、EUの執行機関である欧州委員会のフォンデアライエン委員長は「欧州グリーンデール」という構想を打ち出し、2050年までに温室効果ガスの排出を実質的にゼロにするという野心的な目標を掲げた。エネルギーの脱炭素化を中心に、加盟国によるさまざまな環境対策を後押しするとEUは高らかに謳っている。

環境重視の流れは、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う景気悪化からの回復を後押しする経済対策にも反映されている。EUは2021年から2027年までを対象とする7500億ユーロ(約100兆円)規模の「復興基金」を創設するが、その一部は環境対策の強化に用いられる。そのための財源は、当然、環境債の発行で賄われることになる。

「欧州中銀も環境対策にコミットすべき」か?

ラガルド総裁

EUの中央銀行である欧州中銀(ECB)のラガルド総裁は、2019年11月の就任以来、一貫して環境対策への貢献を模索してきた。

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ところで近年、“通貨と物価の番人”である中央銀行も環境対策に資するべきだという考え方が広がっている。

温暖化などの気候変動を受けて災害が多発し、経済活動に対する悪影響が積み重なれば、金融も不安定化する。それを未然に防ぐために、金融政策を司る立場から中銀も環境対策に資するべきだ、というのが主なロジックとなる。

その一方で「中央銀行が環境債を購入すべきか」の是非については、EU加盟国でも議論が別れている。

特にドイツ連邦銀行は、中銀が金融資産、特に国債を買うことで政府の財政規律が弛緩することを警戒している。第一次大戦後の教訓から、国債の乱発で物価が急騰(インフレ)することを警戒しているためだ。

ただし新型コロナウイルスの感染拡大に伴う景気悪化という特殊な状況に鑑み、ドイツ連銀はECBによる国債の購入を渋々認めている。

ベルリン

ドイツには、第一次世界大戦後のハイパーインフレという苦い経験がある(写真はベルリンの街並み)。

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また普通の国債なら政府によるさまざまな経済活動の原資となるが、環境債の用途は環境対策に限られる。そのため中銀が環境債の購入を優先すれば、環境対策に関係ないが必要不可欠な経済活動に資金が行き渡らない恐れがある。

経済全体のバランスを金融面から考える中銀として、特定の経済活動だけ支援はできないというのがドイツ連銀の考えだ。中銀という組織の特性を考えた場合、ECBの環境債購入に対するドイツ連銀の批判は的を射ている。

とはいえ、EUが文字通り「打って一丸」となって環境対策に取り組む姿勢を世の中に示すうえで、ECBだけがコミットしないわけにもいかない。

いずれにせよ、ECBは2021年から主要な中銀としては初めて、環境債を購入することになる。

「第2のVW排ガス不正問題」を生んではいけない

フォルクスワーゲン

2015年、ドイツ・フォルクスワーゲン社による排ガス不正問題が発覚。欧州自動車メーカーにとって、クルマの電動化に大きくかじを切る「転換点」となった。

Getty images/Sean Gallup

環境債の流れはまだパブリックセクターが中心だが、電気やガスといったインフラセクターを中心に、資金調達を環境債で賄おうという動きは着実に広がっている。

製造業にもその流れは及んでおり、例えばドイツの大手自動車メーカーであるダイムラーは今年9月、同社として初めてとなる環境債を10億ユーロ(約1200億円)発行、投資家の高い人気を得た。

電気自動車(EV)への急速なシフトを図るEUでは、今後も自動車メーカーを中心に環境債の発行が増えると予想される。

しかし環境債を発行することはプロセスであって、ゴールではない。環境債の発行自体、意義のある行動だが、企業がその取り組みをアピールすることにばかり注力してしまえば、本来の意味を見失う。

実はEUには前科がある。2015年にドイツで発覚した、自動車メーカーの排ガス不正問題がそれだ。フォルクスワーゲンなどドイツの自動車メーカー大手がこぞってソフトウェアを改ざんし、環境基準をクリアしているよう不正を行った。環境対策のアピールを重視する姿勢が、かえって企業の不正につながってしまったのである。

環境債は金融商品の市場としても有望だ。そうであるからこそ、政府や企業といった発行体の背信行為を防ぐような、透明で公正なルール作りが求められるところだ。それに債券を購入する投資家にも、高い倫理観が求められる。

日本も官民を問わず、そうした環境債のルール作りに積極的にコミットしていくべきだろう。

(文・土田陽介、編集・西山里緒)


土田陽介(つちだ・ようすけ):三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。2005年一橋大経卒、06年同修士課程修了。エコノミストとして欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行う。主要経済誌への寄稿(含むオンライン)、近著に『ドル化とは何か‐日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。

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