「自分らしさってものがなくて、何の仕事を選べばいいか分からないんです。」
シマオの会社に来ているインターンの学生は、就職活動の話題になった途端、表情を暗くし、そう話した。 「自分は何者なのか」「自分らしさって何なのか」 。就職活動を機に、自分のアイデンティティに悩む若者は少なくない。 シマオもまた同じように、「個性」のない自分に落ち込むことがある。「個性」がほしいシマオは、佐藤優さんにその胸の内を吐露した。
「オンリーワン・シンドローム」という病
シマオ:この前、僕の会社にインターンで大学生が来ていたんですけど、彼から就職活動のことで相談されたんですよね。
佐藤さん:どんな相談内容だったんですか?
シマオ:彼らは小さい頃から「ナンバーワンでなくていいから、オンリーワンでいい」と言われてきた世代だそうで……。
佐藤さん:はい。
シマオ:今まで他人と競争したり、比べたりすることがあまりなかったものだから、就職活動で初めて「自分らしさって何だろう」という悩みにぶち当たっているらしいんです。佐藤さん、どう思いますか?
佐藤さん:そういう若者は多いみたいですね。シマオ君は、ナンバーワンを決めることと、オンリーワンを決めることの違いは、どこにあると思いますか?
シマオ:何だろう……? オンリーワンのほうは、何か特殊技能が必要そうですよね。
佐藤さん:ナンバーワンをめぐる競争では、基準が決まっています。学力試験なら点数だし、スポーツだったらルールに則って相手に勝つことです。それに対して、オンリーワンには客観的な指標がありません。いわば、「あなたにとって最高のあなたになりなさい」と言われているようなもので、「同語反復(トートロジー)」に陥ってしまいがちなんです。
シマオ:いわゆる「自分探し」にハマってしまうのも、そのせいでしょうか……。
佐藤さん:オンリーワンと言うと、「そのままの自分でいい」というように受け取られがちです。けれども、実はオンリーワンの世界は非常にシビアなものであることを認識したほうがいいでしょう。
シマオ:確かに、芸術の世界とかで生き残るのは、かなり厳しいことですもんね。
佐藤さん:芸術家や作家がアルコールや薬物に溺れてしまうなんていうのは、古いイメージかもしれないけど、そういうプレッシャーがあるのは間違いないですよね。オンリーワンの競争に勝ち抜くというのは、それくらい厳しいんです。
シマオ:じゃあ、個性を身につけるなんて普通の人にはできないってことでしょうか? 僕なんか30歳を過ぎたというのに、まだたまに個性がない自分に落ち込むことがあって。
佐藤さん:その質問の前に、こちらから聞きたいんですが、そもそもなぜ個性を欲するんですか?
シマオ:えっっ。それはやはりアイデンティティというか、自分に自信が持てるから?
佐藤さん:私はそうは思いません。個性なんて何の意味があるのか。
シマオ:え!?
佐藤さん:私はこれまでの人生で、一度たりとも個性がほしいと思ったことはありません。何のメリットがあるのかも分からない。みなさん個性があったことで、何か得したことがあるんですか?
シマオ:(それがもう個性的!!)
佐藤さん:はっきり言ってしまえば、そんなことにこだわらなくてもいいのではないか、と思います。そう言い切ってしまうと、話は終わってしまいますが、最近は常に自分らしくあろうとする「オンリーワン・シンドローム」に多くの人がとらわれすぎているのではないでしょうか。
シマオ:でも……没個性っていうのも悲しくないですか?
佐藤さん:そうゼロかイチかで考えないことです。個性なんてものは、無理に身につけようとしなくても自然と出てくるものです。一方で、他の誰とも違う「オンリーワン」を目指そうとするから、茨(いばら)の道に迷い込んでしまうんですよ。
個性は「型」にはまることから生まれる
シマオ:じゃあ、その茨の道から抜け出すには、どうすればいいんでしょう?
佐藤さん:そもそも、個性という概念がどうやって生まれるのかを考えてみましょう。
シマオ:個性という概念?
佐藤さん:シマオ君が将来子どもを持ったとして、その子はまだ小学校に上がる前で何も習っていない。その状態で、子どもが国語が得意なのか、算数・数学が得意なのか、判断できますか?
シマオ:それは、できません。
佐藤さん:だから、国語・算数・理科・社会などを一通りやってみる訳ですよね。最近は「個性を伸ばす教育」ということが盛んに言われているけれど、あれは私から言えば矛盾している考えで、教育というのは、基本的には「型にはめる」ことに意味があるんです。
シマオ:えっ、そうなんですか? 日本の教育って、型にはめすぎて個性を伸ばせない、ってイメージですが。
佐藤さん:教育についてはあとで詳しく話しますけど、まずは型を身につけることが大切で、個性というのは、その型からずれた部分のことを指しているんです。
シマオ:型からはずれた部分が個性?
佐藤さん:日本人は昔から、そのことを理論的に確立していたんです。武道や茶道などでは「守破離(シュハリ)」ということが言われますが、知っていますか?
シマオ:シュハリ?
佐藤さん:字の通り、「守る・破る・離れる」ということです。武道や芸事などにおいては、それまで培われてきた型を守ることから始まります。完璧に型通りにできて初めて、それを破ることができる。修行に修行を重ねてある高みまで到達すると、ようやく型から離れること、つまり自分の創造性を発揮することができるという訳です。
シマオ:そう思うと、習字とかも、最初はお手本をなぞるように書かされますね。空手や剣道といったものも、まず「型」がある。あ、そう思うと、日本文化の茶道や華道にも、最初は師範の教えを真似することから始まりますね。
佐藤さん:そういうことです。スポーツとかお稽古事をしていれば、そのことは直感的に分かっているはずです。
シマオ:何となく分かってきました。我流と呼ばれるもののベースには、常に決められている型があった。なのに、教育ではいきなり個性が伸ばせると思ってしまうのは勘違いだ、と。
「『詰め込み教育はダメだ』と言いますが、日本の教育なんて世界的に見て詰め込みに入りません。」と断言する佐藤さん。
佐藤さん:車の運転を考えると分かりやすいでしょう。自動車教習所では、誰もが知っておかなければいけない規則にしたがった運転方法を習います。慣れてくれば、多くの人はある程度自分流の運転の仕方を身につけますよね。かといって、F1レーサーのようになる人はほんの一握りです。そもそも、誰もがレーサーを目指そうなんて思いませんよね?
シマオ:オンリーワン・シンドロームでは、誰もがレーサーを目指してしまっている、ということか。
オンリーワンとナンバーワンは同じ軸
佐藤さん:重要なのは、「ナンバーワンよりオンリーワン」ではなくて、「ナンバーワンとオンリーワンは同じ軸にある」ということです。
シマオ:どういうことでしょうか?
佐藤さん:オンリーワンになることは、ナンバーワンを目指す競争から下りて、違う道を目指すものではない、ということです。オンリーワンになるためには、まずナンバーワンを目指す競争に入らないといけません。
シマオ:最初はみんながナンバーワンを目指す競技に入ることが望ましいと?
佐藤さん:はい。ナンバーワンを目指す競争の勝者は、究極的には1人しかいませんから、ほとんどの人は「敗者」になります。そこから競争から降りるオンリーワンという選択肢が出てきます。いずれにしても、そうした「型を覚える」段階を経なければ、型を破ること、すなわち個性を身につけることもできないんです。
シマオ:型を破るために、型を覚えよと。
佐藤さん:はい。個性というのは、ナンバーワンとオンリーワンのあいだにグラデーションのようにあるものなんですよ。あなたという人間は一人しかいない。それだけで素晴らしいことなんです。ただそれを「個性」と無理に結びつけようとしなくてもいい。無理に「個性」として、他の人と差別化する道具にしなくてもよいということです。
シマオ:そう言われると、なんだか安心します。個性がないと、面白くないと言われているようでへこむけど、そういうものでもないんですね。
佐藤さん:そうです。「個性的」=「特別な才能を持っている」と思うこと自体間違っています。個性的でなくとも、シマオ君はシマオ君の良さが十分にあるんです。それに、個性は伸びるものであって、伸ばすものではないですよ。
シマオ:頑張って伸ばすことはできない、と?
佐藤さん:はい。私は、基本を無視した自由な教育で小さい頃から個性を伸ばそう、という方針には賛成しません。型を身につけてから個性を出すことはできますが、何もない状態から個性を謳っている人は、型を身に着けることはできません。そして型を破ろう破ろうとしている人間ほど、型をきちんと覚えません。型から入らないとほとんどがデタラメになってしまうのです。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:安易に伸ばせる個性ほど、「フェイク(偽物)」であることが多いんです。例えば、就職活動のリクルートスーツについて、シマオ君はどう思いますか?
シマオ:やっぱり、日本的な画一性みたいなものを感じるので、もう少し多様性が必要かな、と……。
佐藤さん:私もリクルートスーツは、ヤクザの義理掛け(襲名祝や葬式などの行事)みたいで感心しません。でも、就活生が個性を出そうとして振袖を着てきたら、面接官はどう思うでしょうか?
シマオ:えっと……「それじゃない感」がありますね……。
佐藤さん:今、盛んに言われる「個性」とは、この「振袖」みたいなものだと感じています。「個性」とは服を着替えるような、そんな簡単に身につけられるものではないんです。若い人たちには、そういうフェイクの個性に惑わされないでほしいですね。
※本連載の第43回は、12月2日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)