「ほら、すごい筋肉で、ビキニでテレビに出てるきれいな人」
こう言えば、名前を知らなくてもかなりの人が「ああ、あの人ね」とうなずくほどに、テレビの露出が多い。『マツコの知らない世界』『今夜くらべてみました』『ワイドなショー』『痛快!明石家電視台』『人生が変わる1分間の深イイ話』『メレンゲの気持ち』など、名だたる人気番組に出演しているあの人だ。
豊かな胸元と限りなく引き締まった細いウェスト。ヒップは競走馬のように盛り上がっている。わずかな面積のビキニが豊満な身体を申し訳程度に覆う。たっぷりとめりはりのあるスタイルはもちろんのこと、美しい笑顔と丁寧な言葉遣いが強い印象を残す。
ボディビル競技の女性向け競技・ビキニフィットネスの日本チャンピオン、安井友梨(36)。ビキニフィットネスは筋肉の美しさとエレガンスを競う新しい競技だ。安井は初参加にして日本チャンピオンに輝いて以来、現在まで5年連続で1位の座に君臨している。
トレーニングを始める前は外資系銀行の名古屋営業所に勤める会社員だった。今ではInstagramのフォロワーは13万人。高視聴率の人気番組に招かれ筋肉美を披露し、バラエティ番組のダイエット企画では有名タレントのトレーナーを務めた。
アフターファイブに100キロのバーベルを持ち上げる
トレーニング中の安井には緊張感が漂う。
取材した10月のある夕方、都内のゴールドジム。安井は全身に力を込めるとバーベルを持ち上げた。重さは100キロだった。例年なら秋から冬にかけては大会シーズンのため身体を絞って追い込みをかけている時期だが、今年はコロナの影響で全ての大会が中止となった。
だが、大会のない間だからこそできるトレーニングがあるとコーチの武井郁耶は言う。
「この時期に筋肉の基礎をちゃんとつくろうと話しています。積極的に重たいバーベルを扱うのもそのためです。外に見える筋肉と言うよりは、全身の連動性を使った筋力アップを狙っています。それが整うことでもっと体幹がしっかりするはずです」
武井は男子ボディビル日本選手権チャンピオンを育てた実績のあるコーチとして知られる。安井のコーチを始めて2年、安井は週6日、武井の指導を受ける。安井が結果を出し続ける秘訣を尋ねると武井は、「あのバーベルはバーだけで20キロあります。2年前はバーを持ち上げるだけで精いっぱいでしたよ」。とにかく本人の努力ですと、安井の努力を称えた。
武井の言葉の通り、安井のアフターファイブはトレーニングのスケジュールで埋め尽くされていた。19時から武井のもとでトレーニングを2時間。そのあとはバレエ、タンゴ、ウォーキング、ポージングなど、日替わりでレッスンがある。ビキニフィットネスではエレガントな身のこなしも評価対象になるためだ。それらを終えて自宅に帰ると24時近く。
翌朝は5時起きで、7時過ぎには出勤している。
安井は東京・丸の内にある外資系銀行のリテール営業部門に所属する銀行員でもあるのだ。
仕事は辞めず、「二刀流」を武器に戦う
2018年には生まれ育った名古屋から東京・丸の内に転勤となった。
Yuko Yamada / Getty Images
安井の勤務する外資系銀行は世界33の国・地域で展開し、日本に事務所を開設して50年を迎えた。
外資系銀行の営業職とビキニフィットネスチャンピオン。二つを同時に続けることを「二刀流」と呼び、安井はこれを何より大切にしている。
「コンプレックスだらけだった私が30歳で変わることができたきっかけが、ビキニフィットネスとの出合いでした。ダイエットでは失敗を繰り返していましたが、ビキニフィットネスのおかげで、身体を変えることができました。でも、いちばん変わったのは性格です。性格が変わったら、仕事でも信じられないような結果を出せるようになりました」
そして、「ごくふつうの、どこにでもいるOLだった私が」と平凡なライフヒストーリーを強調した。さらに「内気でシャイな性格だった」と言う。
シャイな性格はインタビューでもうかがわれた。
華やかな外見とは裏腹に声のトーンはやや控えめで、取材のはじめは声がかすかに震えていた。取材が進むにつれて緊張はほぐれたが、何より驚いたのは、取材に備えて、安井が7枚にも及ぶ自分の考えをびっしりとまとめたメモを用意していたことだった。
「もともとあがり症で、テレビに出させていただくのも、緊張の連続なんです。今日の取材のことも、1週間前から、どうしよう、とドキドキしていました。自分が伝えたいことを書き出したら30枚にもなってしまって、さすがに長すぎると旦那さんに言われて削ってやっと7枚になったんです」
34歳まで名古屋、新卒で事務職に
話を聞き進めていくうちに、安井がなぜ自身を「ふつうのOL」と言うのかがわかってきた。
名古屋で生まれ、名古屋の女子大学を卒業し、新卒の際は日系の証券会社に名古屋で就職。典型的な名古屋嬢的な雰囲気も感じられる女性なのだ。
だが、野心がなかったわけではない。
証券会社では事務職として採用されたが、営業職への異動をトップに願い出た。希望がかなって2年目の途中から営業職になったものの、激務に押しつぶされ、25歳で退職。再就職活動がうまくいかずにいたとき、現在勤める外資系銀行が名古屋に出張所を開設。学生時代、オーストラリア留学中に現地で使用していたその銀行には親しみがあった。試しに履歴書を送ったところ、採用となった。
その安井が現在は丸の内の東京支店でリテール部門の営業職としてトップの成績を収める。
仕事で成果が出せるようになったのも、ビキニフィットネスのおかげなのだと安井は言う。ビキニフィットネスは、なぜ仕事にも効いたのか。
(敬称略・第2回につづく)
(文・三宅玲子、写真・岡田晃奈、撮影協力・ゴールドジム)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。