Airbnbのブライアン・チェスキーCEO
Mike Segar/Reuters
- 新型コロナウイルスのパンデミックにより、Airbnbは大規模な一時解雇を行い、2020年の最初の3四半期で6億9660万ドル(約720億円)の損失を計上した。
- しかし第3四半期は黒字化して持ち直し、上場も果たした。今年最大のIPOとなった同社の時価総額は現在、1000億ドル以上(10兆円)になる。
- こうした状況の中、称賛を集めているのがブライアン・チェスキーCEOのリーダーシップだ。「新種のCEO」とも評される彼の経営手腕とは?
大規模な一時解雇と7億ドル近い損失、さらには不満を抱えた投資家がブライアン・チェスキーCEOの辞任を求めるなど、2020年はAirbnbにとって嵐のような1年だった。
しかし結局は、めでたしめでたしとなりそうだ。Airbnbは、チェスキー自身でさえ驚くような新規株式公開(IPO)価格で上場を果たした。
AirbnbがIPOを果たした12月10日、ナスダックのビルボードにはブライアン・チェスキーの顔写真が飾られた。
REUTERS/Carlo Allegri
同社は当初、1株当たり44~50ドルを設定していたが、公開以来1株150ドルに上昇しており、時価総額は1000億ドル以上となっている。これは、同社最大の競合である2社、エクスペディア・グループとマリオット・インターナショナルの合計を上回る。
この成功は、チェスキー自身によるところが大きい。一連の戦略的判断のおかげもあってAirbnbはパンデミックを切り抜け、第3四半期には赤字を脱して2億1930万ドルの黒字に転じることができた。パンデミック中、接客業界全体がとりわけ多額の損失を計上したにもかかわらずだ。
当然、Airbnbも無傷だったわけではない。パンデミックが始まった際、パニックを起こしたゲストが相次いで予約をキャンセル。ホストは空室を抱え、北京などの都市では予約数が最大96%減にまで落ち込んだ。
しかしチェスキーは、変わりゆく接客業界の状況に素早く対応した。Airbnbは現在、レジリエンス(回復力)と適応力の手本として広く称賛されている。また、チェスキーは「新種」のCEOの手本になりうると評する専門家もいる。
原点回帰
Yコンビネーターのマイケル・サイベルCEOも、パンデミック下でのチェスキーの経営手腕に目を見張ったという。
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パンデミックに見舞われたとき、チェスキーはいち早くAirbnbの支出を見直し、必要なら出費を削減しなければならないと悟った。「今回の危機のおかげで、当社は原点や基本に立ち返ることに注力できた」とチェスキーは5月、従業員向けの公開メッセージで書いている。
Airbnbは、前述した大規模な一時解雇の他に、パンデミック以前に計画していた野心的な旅行サービスの規模も縮小。ゲストがアクティビティを予約できる「Airbnb体験」を取りやめ、マーケティング費を54%削減し、管理職の給与は半年間50%カットした。
イギリスの情報サービス・プロバイダー、グローバルデータ(GlobalData)の旅行・観光アナリスト、ラルフ・ホリスターは、Airbnbの業績回復は主に、こうした規模縮小のおかげだと話す。
「中短期的に規模を縮小してでも、効率良い経営をすれば成功できると同社は気づいたのだ」と、Business Insiderに宛てたメールで述べている。
チェスキーの決断力に目を留めた者もいる。
シリコンバレーのアクセラレーター、Yコンビネーター(Y Combinator)のマイケル・サイベルCEOはウォール・ストリート・ジャーナルの取材に対し、「私が感銘を受けたのは、彼の行動の迅速さだ」と話す。「Airbnbはもはや小さな組織ではないのだから、事態が落ち着くまで待つこともできたはずなのに」
新しいタイプの旅行
Airbnbは、近場の目的地に重点を置いたサイトデザインに変更した。
Airbnb
しかしこれはチェスキーにとって、単なるコスト削減ではなかった。コロナ時代の旅行に即した、新しいタイプの体験に向けて会社の方向性を設定し直したのだ。
「10年分の決断を10週間で下すことになるとは思わなかった」と、チェスキーはウォール・ストリート・ジャーナルに話している。
例えば、顧客の行動を大胆に予測することなどもそうだ。チェスキーは、田舎に引きこもって長期滞在できる休暇先を探すリモートワーカーが増えるだろうと予測した。Business Insiderが8月に取材した際、チェスキーは次のように話していた。
「これまでは旅といえば出張が多く、娯楽はPC上で楽しんだものだが、これが逆になっていく。今後はPCでもっと多くの仕事をこなすようになり、娯楽は現実の世界でするようになると思う」
つまりAirbnbにとっては、ちょっとした出張がなくなる一方で、田舎のコテージのような近場の目的地が流行るということだ。Airbnbの間接費の低さや田舎の目的地へとすぐに方向転換できる機動力は、ハイアットやアコーなど実際の建物に多額の投資が必要な競合ホテルチェーンにはない同社の優位性となった。
Airbnbは6月までにウェブサイトとアプリをリニューアル。旅行を考えている人に、近場で人混みを避けられる目的地を表示できるようなアルゴリズムにした。また、長期滞在を考えているゲスト用にマンスリー滞在の選択肢を新設したほか、新しく「オンライン体験」を導入。これは「Airbnb体験」に代わって、ゲストが自宅にいながらにしてバーチャルなアクティビティに参加できるというものだ。
新種のCEO
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とはいえチェスキーはここ数カ月間、批判と無縁だったわけではない。
パンデミックが始まった当初の数カ月は、かさんだ経費や、コロナに関連したキャンセルすべてに対して(主に不動産管理者が個別に定めているキャンセル・ポリシーに反して)全額返金したことで非難された。
なかには、チェスキーが辞任するか議決権を現在の過半数より減らさない限り、これ以上投資はしないと拒否した投資家もいたと報じられた(同社の広報担当者ニック・パパスは後日、この報道を否定している)。
しかし評価は概ね好意的だ。その迅速さと戦略性、そしておそらく何よりも、思いやりに満ちたリーダーシップに称賛が集まっている。
チェスキーは旅行キャンセル料の返金を決めると、コロナ関連でキャンセルされたホストを支援するために2億5000万ドル(約258億円)を留保した。また、地方自治体や州政府と手を組み、新型コロナ救済プログラム「フロントライン・ステイズ」を立ち上げた。Airbnbがホストに資金を提供し、医師や看護師をはじめ医療の最前線で働く人たちに宿泊施設を無料で提供するものだ。
「チェスキーは、最終損益以外にも気を配る新種のCEOだ」と話すのは、ゴードン・ハスケット・リサーチ・アドバイザーズのロバート・モリンズだ。「苦難の時にプレッシャーに屈する必要はない。彼は適切な行動をとるだろう」
Airbnbは5月に従業員を一時解雇したが、その方法さえ思いやりにあふれているとしてチェスキーは称えられた。アメリカ拠点の従業員に対し、在職期間に応じて増額させた基本給14週間分を支払った上で、12カ月分の健康保険を付け、持ち株に対する1年間の行使制限期間を免除した(つまり一時解雇された従業員は、1年を待たずにストック・オプションを行使できる)。また、職探しも強力に支援した。
モリンズは、「これが共感を得た」と話す。「私たちミレニアル世代にとっては、自分に近い価値観を持つ企業を応援するほうが心地いい。消費者であれば、従業員を正当に扱うブランドを支援したいと思うものだ」
(翻訳・松丸さとみ、編集・常盤亜由子)