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中国最大のネットセール「独身の日」真っ最中の11月10日、物価や独占を監督する市場監督管理総局が「プラットフォーム経済分野の反独占ガイドライン」(意見募集稿)を公表した。
EC最大手のアリババや、フードデリバリー首位の美団(Meituan)など大手プラットフォーマーの優位的な地位にメスを入れるもので、アリババ傘下のアント・グループ上場延期に続き、中国当局のIT大手に対する圧力が強まっている。
中国当局が規制に転じる
アリババのECサイト「Tmall」は2020年11月の独身の日セールでは4982億元(約7兆9000億円)を売り上げた。コロナ禍でデジタル社会がさらに加速し、プラットフォーマーの力が高まっている。
アリババのオンラインイベントより
2020年10月まで、中国IT企業を締め付けてきたのはアメリカだった。トランプ政権はファーウェイ(華為技術)への半導体供給を断ち、ショート動画アプリTikTokのアメリカでの配信禁止を命じ、運営企業のバイトダンス(字節跳動)に事業売却を迫った。
だが、TikTokの利用や配信差し止めに米地裁が待ったをかけ、11月3日に行われた米大統領選では、民主党のバイデン氏の当選が確実な情勢となっている。トランプ大統領は負けを認めず、政治の混迷が続く中、中国企業への一連の措置も宙に浮いたままだ。
そんな中、11月に入ると、中国当局が自国のIT大手への規制をちらつかせるようになった。
米大統領選の投票が行われた11月3日、上海証券取引所は史上最大のIPOとなるはずだったアント・グループの上場延期を発表した。続いて公表されたのが、プラットフォーマーを対象とした反独占ガイドラインだった。
ネットビジネスの発展に合わせ法改正
コロナ禍の外出制限下で存在感を示したフードデリバリー。美団(黄色のユニフォーム)がシェアの60%を握り、餓了麼(青のユニフォーム)が激しく追い上げている。
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ガイドラインは「取引先に二者択一を迫る行為」「不公平な価格設定」「コストより安値での販売」「抱き合わせ販売」「検索流入などでの懲罰的な措置」など、独禁法に抵触する具体的な行為を明示した。
草案公表後の10日から11日にかけて、アリババの株価は米市場で8.65%、香港市場で14.41%下落。EC業界中国2位のJD.com(京東商城)の株価も米市場で2.38%、香港市場で17.17%下落し、この2社だけで時価総額1兆2000億元(約19兆円)が吹き飛んだ。
もっとも、プラットフォーマーが独禁法の対象になったのは、消費者や取引先が実際に不利を被っている現状があるからだ。
中国に限らず、生活のあらゆる分野でプラットフォーム依存は深まっている。日本の飲食店支援政策「Go To Eat」はぐるなびや食べログなどプラットフォーム経由の予約が軸となり、「プラットフォーマーが儲かるだけ」と批判を受けた。
アマゾンや食べログでは消費者を誤認させるサクラレビュー問題が以前から存在する。
2020年2月には、ECサイトで送料の実質無料サービスを導入しようとした楽天に対し、公正取引委員会が独禁法違反の疑いがあるとして、東京地裁に緊急停止命令を申し立てた(楽天側が一律導入を延期したことから、公取委は取り下げ)。
プラットフォーム依存からどう脱却するかは多くの日本企業の課題となっている。デジタル社会が加速し、日本以上に個人や零細事業者がプラットフォーマーの力を借りてビジネスをする中国ではなおさらだ。
だが、2008年に施行された中国の独占禁止法は、インターネットビジネス分野をカバーしていない。
中国当局は2020年1月、中国経済の著しい変化を受け、公正な競争に悪影響を及ぼす懸念がある支配的地位の定義について、インターネット上の事業状況やデータの把握状況を追加し、独禁法の大改正に乗り出した。プラットフォーマーに対する反独占ガイドラインは11月までパブリックコメントを募り、早期の施行を目指す。
独占取引強要のプラットフォーマーに業者が“反乱”
2020年の独身の日セールで、アリババのプラットフォームを使ってライブコマースを行うインフルエンサー。
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ガイドラインが法の網をかけようとしている代表的な行為の一つは、プラットフォーマーが取引先に対し自社だけへの出店を迫る「二者択一」だ。
アリババのECサイト「Tmall(天猫)」に出店する日本の食品メーカーの担当者は、「Tmallの販売力は強く、購買に関する貴重なデータも得られるが、アリババからは他のECサイトより優先するよう圧力も感じる」と漏らした。
コロナ禍で消費者が外出を控えるようになると、商店や企業はよりプラットフォーマーに依存せざるを得なくなり、その結果、出店企業による“反乱”も相次いだ。
広東省広州市の飲食業界団体は2020年4月、美団に手数料の引き下げを申し入れた。業界団体は、美団のフードデリバリープラットフォームの利用手数料が26%にも上り、「高すぎる」と主張した。
7月には浙江省温州市の飲食店20店舗が、現地の市場監督管理局に、アリババ系フードデリバリーサイト餓了麼(Ele.me)が独占取引契約を強要し、他のプラットフォームとの取引を禁じたと訴えた。同業界は美団が6割のシェアを持ち、餓了麼が猛追する2強構図となっている。
出店する企業側もプラットフォームごとにブランド名を変えるなどして、「二者択一」から逃れようとしているが、プラットフォーマーの権利の濫用は、取引先だけでなく消費者に対しても行われている。人工知能(AI)とビッグデータを利用して、同じ商品の価格を消費者ごとに変えるのもその一つだ。
プラットフォーマーは新規顧客を獲得するため、既存顧客よりもより安い価格を表示する。日本の通信キャリアがかつて、他キャリアからの乗り換えや新規顧客にiPhoneを格安で販売していたのと似たような販売戦略で、消費者からは不満の声が出ていた。
企業ごとに異なる影響
テンセントの稼ぎ頭であるゲーム事業は独禁法の対象ではなく、同社への影響は軽微とされる。
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反独占ガイドラインはインターネットビジネスを手掛けるメガ企業の逆風になるが、その程度は企業によって異なる。
例えばテンセントの場合、メッセージアプリ「WeChat」はプラットフォームであり、それなりに影響を受ける一方で、ネット広告は「支配的地位」を築いているとは言えず、稼ぎ頭のゲーム事業はプラットフォームに該当しないため、規制の対象外となる。このため、同社が受ける影響は軽微と見られている。
ECを主軸としている企業は軒並み打撃を受けるが、プラットフォーマーによる直売比率が高いJD.comは、第三者による出店モデルが基本のアリババや拼多多(Pingduoduo)より影響が少ないとも分析されている。
プラットフォーマーへの独禁法の適用は以前から議論されており、アントの上場延期と違って政治色は薄い。ただし、これまでプラットフォーマーを内需拡大のけん引役とみなし、成長のあり方にあまり口出しをしてこなかった当局が、その市場支配力の負の面を認識し、規制に転じた点は共通している。
とりわけアリババのECサイトや美団のフードデリバリーのようなシェアの過半を握るサービスは、体制の見直しを求められることになるだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。