世界がコロナ禍に見舞われた2020年は、ビジネスにとっても、ダイバーシティについても大きな変革のチャンスになる可能性がある。
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世界がコロナ禍に見舞われる中、孤立や分断を超えたダイバーシティへの関心が、2020年はますます高まっている。
そんな中、障害者がビジネスにもたらす価値に目を向け、障害者雇用や、ユニバーサルな商品開発を進めることを、ビジネスリーダーに呼び掛ける、視覚障害の女性がいる。
アイルランド人の社会起業家キャロライン・ケーシー氏だ。彼女の言葉が今、コロナ禍で混乱する社会にもたらしてくれるものとは。
50%が貧困を経験し、50%が失業している
2020年2月、日本財団主催のセミナーに来日し、障害者とビジネスについて語る、キャロライン・ケーシー氏。
撮影:長谷ゆう
ケーシー氏は、世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーシップを務め、ダボス会議に毎年参加している。2019年1月のダボス会議で、国際運動「The Valuable 500(ザ・バリュアブル・ファイブハンドレッド)」の創設を発表した人物だ。
「障害者問題は慈善団体や政府だけでなく、ビジネスが関わることで解決に向かう。まずは世界的企業500社のリーダーのコミットメントで、障害者への影響が及ぶ経済圏を作ろう」という運動だ。
「障害者は世界で人口の20%の13億人。障害者とその友人・家族による購買力は世界で8兆ドル。リモコンが視覚障害者のために、副音声が聴覚障害者のためにそれぞれ開発されたように、障害者はイノベーターになりえる。
しかし、障害児の90%が普通学校に通えない。障害者の50%が貧困を経験し、50%が失業している。世界のグローバル企業の90%がダイバーシティを掲げながら、障害者への取り組みが伴っているのは4%だった」
ケーシー氏は今年2月の日本財団主催のセミナーで訴えた。
日本でも、2019年に障害者の法定雇用率2.2%を達成していた1000人以上の企業は54.6%だった(厚労省)。
The Valuable 500のアイデアには「クレイジーだ」という声もあったという。しかしケーシー氏のぶれない行動力もあって、世界中に支持が広がっている。ケーシー氏はこの運動について、「女性のエンパワメントを主題にしたシェリル・サンドバーグ氏の運動『LEAN IN』に影響を受けた」とNikkei Asian Reviewに語っている。
The Valuable 500参加企業は11月11日現在、アクセンチュア、ユニリーバ、P&G、ブルームバーグ、セールスフォースなど世界で353社。
日本企業も参加している。ソニー、ソフトバンク、NTT、日本航空、電通など名を連ねる。ソニーは同社サイトで、ダイバーシティステートメント、商品のアクセシビリティと使いやすさ、障害者雇用をグローバルに推進し続けることを発表した。
自らも視覚障害者であるケーシー氏は、紆余曲折のキャリアを力強く切り開いてきた、決して怯むことなく行動する女性。3つのキーワードと共に、その人生と考えを見てみよう。
1. 「レッテルを貼らない。限界を定めない」
(写真はイメージです。)
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1971年ダブリン生まれ。遺伝性眼白子症による強度視野狭窄(きょうさく)があるが、17歳まで知らされずに育った。普通学校に通い、「レッテルを貼らない。限界を定めない」という考えの両親から車やヨットの運転を教えられたりした。その影響でチャレンジ精神あふれる女性に育った。
しかし障害を知らされてからはコンプレックスを持ち、以後11年間、身近な人以外には障害を隠して生きてきた。
ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンを卒業後、考古学者、ウエイター、マッサージ師、庭師など職を転々とした。その後、大学に戻ってMBA(経営学修士)を取得し、世界的コンサルティング企業アクセンチュアアイルランド支社でコンサルタントの職に就いた。
しかし仕事では成功したものの、激務で心身を消耗し、視力も失明寸前まで悪化。ケーシー氏はついに職場で視覚障害をカミングアウトした。この出来事が転機となって、障害者をエンパワメントする社会起業家への転身を決意。引き留められながらも、2年勤めた同社を退社した。
2. あるがままの自分で新しい世界へ飛び込む
ケーシー氏は28歳で、現地語もゾウに乗る方法も知らない状態でインドを訪れ、西欧女性で初めてのゾウ使いとなり、3カ月間で1000キロの道を旅した。この間に約6000人分の白内障患者の治療のための募金も行い、約25万ユーロを集めている。
当時のことを「アクセンチュア時代に比べて、自分に素直でいられ、自身を愛することができた。自分の心を取り戻すことができた」と日本財団主催のセミナーで語った。この旅はドキュメンタリー「Elephant Vision」にもなった。
障害インクルージョン団体Kanchi公式サイト。Kanchiとはケーシー氏がインドで共に旅したゾウの名前が由来。
出典:Kanchi公式サイト
アイルランドに帰国後、障害インクルージョン団体Kanchiを設立し、20年にわたり企業と協働して活動している。公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会によると、主な功績は障害者雇用に先進的な企業を表彰する「アビリティ・アワード」を創設し、アイルランド国内外に展開したことだ。
2011年のTEDトーク「限界の向こう側」では、「ベストな自分でいるには、あるがままの自分でいることが大切。周囲はどの属性の人に対しても、限界を定めず、レッテルを貼らずに接してほしい」と語った。
3. 多様性こそが私たちのたった一つの共通項
「LIVES LIVE 2020」でのオンラインパネルディスカッション「インクルーシブ・リーダーシップの重要性」。
出典:LIVES Project
ケーシー氏は2020年9月13日のオンラインイベント「LIVES LIVE 2020~もっとインクルーシブな社会に向かうために~」(主催:ハンズオン東京)のパネルディスカッション「インクルーシブ・リーダーシップの重要性」で、パラリンピックを控えた日本の企業経営者に対し、The Valuable 500参加を呼び掛けた。
ファシリテーターのウィズダムツリー・ジャパンCEO、イェスパー・コール氏が「日本企業の一部には障害者雇用を『コストがかかり面倒臭い』と捉える向きもある」と問題提起すると、ケーシー氏はこう語る。
「取り組まないことこそがリスク。今日、企業ブランド力の維持にはベストな人材を要する。若い世代は企業が多様性に富んでいて、インクルーシブであるかどうかを重視する。障害について、リーダーから率先して話し、従業員も話せる環境を作ることが肝心。話す機会が増えるほど、素晴らしいアイデアが出てくるはずだ」(LIVES LIVE 2020より)
と述べた。
質疑応答では、「日本には同質性志向の文化がある。障害者雇用と伝統的価値観との間に軋轢(あつれき)が起きたら、いかに克服するか?」という質問に対し、ケーシー氏はこう話した。
「人はみな一人ひとり違い、ユニークな個別性がある。多様性こそが私達の共通項。消費者に同質性のみを求めてビジネスをすることはないだろう。同様に、社員に同質性のみを求めるのでは成功はない」(LIVES LIVE 2020より)
パンデミックは変革のチャンス
コロナはパラダイムシフトをもたらす「きっかけ」ともなり得る。(写真はイメージです。)
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ケーシー氏は2020年4月には、世界経済フォーラムへの寄稿「新型コロナウイルスにより孤立した世界は障がい者にとって日常的なこと」で、「障害者の多くは、パンデミック終息後に『いつも通りの仕事』に戻ることはないだろう。孤立が彼らの日常だからだ」と示した。
ケーシー氏がここで指摘しているのは「いつも通り」など障害者にとって存在せず、人々がパンデミックで味わった「孤立した状態」「行動を制限されている状態」こそが、障害者の「いつもの日常」だという事実だ。
ただし、パンデミックを機に浮き彫りになったこの厳しい事実について、ケーシー氏は寄稿の中で、強く言う。
「このパンデミックを通じて(障害者の日常は)変わらなければならない」
「(リモートワークのような)1カ月で導入された新しい労働慣習の多くは、障害者の事業参画だけでなく、ビジネスの繁栄をもたらしうる」
コロナによるパンデミックが、障害者にとってはむしろ、それまでの「孤立」から抜け出すきっかけになる。そして新しい扉を拓き、ビジネスに寄与するチャンスになる。
ケーシー氏はそう、力強く訴えているのだ。
長谷ゆう:翻訳者・ライター。ビジネス、ダイバーシティを中心に取材・執筆・翻訳。発達障害と診断されたが、富士登山や60キロマラソンに成功し、挑戦やダイバーシティの価値を信じる。ブルームバーグでニュース翻訳やダイバーシティ推進に携わった。現在『Coco-Life☆女子部』『ミルマガジン』などで執筆。
※筆者も周知に携わっている、日本企業のThe Valuable 500参加は日本財団が支援している。参加期限は2021年1月21日。問い合わせは株式会社ミライロ事業推進室の合澤栄美氏(emi.aizawa@mirairo.co.jp)まで。