撮影:竹井俊晴
お互い会ってみたかったという教育界でチャレンジを続ける2人、探究学舎代表の宝槻泰伸さんと、中学時代に起業し、高校1年生で母校を買収した大学生起業家、TimeLeap代表取締役の仁禮彩香さん。いずれも子どもたちの自ら学びたいという気持ちを引き出す教育を実践している。
だが、これだけ日本の教育の改革の必要性が叫ばれているにも関わらず、教育現場は遅々として変わらない。その状況は2人の目にはどう映っているのだろうか。
—— 宝槻さんは小学生向けに「驚きと感動」を提供する教室「探究学舎」を、仁禮さんは10代を中心に「起業家教育」を打ち出したプログラム「TimeLeap Academy(以下、TimeLeap)」を運営しています。一律の学科教育を重視する公教育や受験一辺倒の塾とは一線を画し、得意や興味を伸ばす独自の学びの場を掲げるお二人ですが、お互いをどのように見ていらっしゃるのでしょうか?
仁禮彩香(以下、仁禮):探究学舎のことはもちろん存じていました。宝槻さんはまさに「究極のアクティブラーニングの先端を走る方」という印象。お話できるのを楽しみにしていました。
宝槻泰伸(以下、宝槻):僕も楽しみでした。つい最近、仁禮さんの記事が社内のSlack(ビジネスチャット)で話題になっていて、「すげー!こんな人がいるんだ」と。一番驚いたのは、「高1で母校買収」という見出しで……(笑)。
仁禮:かなりセンセーショナルですよね(笑)。話題になったのはありがたかったのですが、自分でもちょっとビックリしました。
宝槻:大学生や高校生で起業する子ってまれにいますけれど、さすがに「母校を買収する」って聞いたことがない。どういう意図だったんですか?
仁禮:母校というのは小学校のことです。私が公立小に入学して間もない1年生の時に、「通っている学校だと正解を押し付けられて、自分の頭で考えられなくてつまらないから新しい学校をつくってほしい!」と、就学前に通っていたインターナショナルスクールの校長先生に掛け合って設立してもらったオルタナティブスクールで。
より良い経営体制を実現させるために私たちの会社で運営するのがいいね、という話になり、自然な形で結果的に買収する運びになったんです。
企業向けの研修事業で収益源をつくるなど、私にとっても会社の信頼を上げられるというメリットがあったので、とてもWin-Winの関係で成立したんですよ。
宝槻:すごい物語ですね。この物語の登場人物は、仁禮さんと校長先生の他には誰が?
仁禮:遡れば、「新しい小学校をつくってほしい」という私の思いを聞き続けて、園長先生のところまで連れて行ってくれた母の存在は大きいですね。母のコミュニケーションスタンスはいつも「答えは示さず、質問して、じっくり聴く」というものでした。これは、私が今、実践しているTimeLeapの教育姿勢にもつながっています。
あえて尖った才能にフォーカスする
——「ユニークな先端教育を公教育で受けられたらいいのに」。そんな声もよく聞かれます。日本の教育の質を底上げするために何が必要だと思いますか?
公立学校改革の必要性が指摘されるが、実際改革を望んでいるのは少数なのだという。
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仁禮:そのご質問を受けて、宝槻さんに伺ってみたいことが浮かんじゃったんですけれど……いいですか?
宝槻:どうぞどうぞ。
仁禮:まず私は、自分が今提案している起業家教育を全ての子どもたちに受けてほしいとは、思っていないんですね。私が今の日本の教育に対して感じている一番の課題は、体験・実践ベースで自分自身を多角的に認識し、自分を表現する機会がほとんど設計されていないことなんです。
起業家体験を通じて自分を切り拓く力を育む。それが私の活動の目的です。
もちろんゆくゆくは、広く多くの人に提供できたらいいんですけれど、まずは分かりやすい実績をつくって、その価値を伝えることが重要だなと。だから今は少人数の尖った才能にフォーカスしてモデルケースをつくっている段階なんです。
この動きによって当然「エリートにエリート教育をしているだけ」とか「教育格差を助長しているのでは」とネット上で批判されることもあります。きっと宝槻さんも似たような反応を受けることもあったのではないかと思うのですが、どう捉えていらっしゃったのか。
宝槻:いい質問ですね。答えを一言で言えば、「全部無視する!」です(笑)。仁禮さんが考える「はじめは選抜する」という戦略は正しいと思うし、僕もそうやってきました。なぜそれが正しいと思うか。順を追って話します。
まず、「今の日本の公立学校で先端教育ができない理由」を考えると、それが「求められていないから」なんですよ。僕や仁禮さん、この記事をすぐにクリックして読んでくださっているような皆さんは、新しい教育に関心や期待が高く、公教育には満足できないタイプ。でも、そんな人たちは全人口の10〜20%程度のマイノリティなんですよ。
仁禮:おっしゃるとおりですね。
教育への課題意識は“マイノリティの語らい”
急速な変化にはバックラッシュや批判が付きもの。自分の子どもが受ける教育界における変化に対しては尚更、親は敏感になる。
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宝槻:マーケティングで使われる「イノベーター理論」では、イノベーター(革新者)とアーリーアダプター(初期採用者)が占める割合は合わせて16%程度。まさにその領域。では、残りの大多数を占めるマジョリティー(追随層)やラガード(遅滞層)と呼ばれる人たちは何を考えているかというと、はっきり言って何も考えていない。「みんながやっているものがいい」というくらいのもの。
これは別に批判されるべき態度ではなくて、ものが違えば僕だってフォロワーです。例えば、シャンプーに対するこだわりはゼロで、母ちゃんが買ってくるシャンプーを何も考えずに使っている。皆さんも無関心なものに対してはまったくこだわらないでしょう?
同じように、今ここで交わされている教育への課題意識というのは、“マイノリティの語り合い”でしかないんです。世間の大多数の人にとって公教育の現状は「変えなくても、何も困らないもの」。なんなら、「変えてほしくない」くらい思っているはずですよ。読み書き算盤全部教えてくれて、運動も給食も提供してくれて、日中に完璧に子どもを預かってくれるんですから。
それがある日突然、「今日から探究小学校に変わります!読み書き算盤は教えません」なんて革命が起こったら、猛反対の嵐ですよ。すぐに「探究学舎をぶっ潰す!」という政党が誕生して票を集め(笑)、従来型教育に揺り戻されるでしょう。
仁禮:ぶっ潰されちゃいますか(笑)
宝槻:だからといって、今の公教育のシステムが100年先も続くのかというと、それもNO。きっとスクラップアンドビルドされる対象にはなるはずです。
そのきっかけの一つになり得るのが、僕らのような独自の学びを提供する挑戦者の存在。つまり、マジョリティが既存の学校システムの内側から新しい潮流をつくっていく始まり方よりも、マイノリティが学校の外側に杭を打っていく始まり方のほうが、現実的だと思う。
僕の世界観で表現するなら、今の学校のシステムは徳川幕府政権と同じで、倒幕されない限りは変わらない。だから、僕は自分がやるべきことは教育界の黒船をつくることだと思っています。“常識”の外側に新しい選択肢がいくつも生まれることで、教育そのものの定義は広がるはずだと信じています。
今は少数でも魅力ある価値づくりを
——「教育格差を助長しているのでは?」という意見についてはいかがですか。
宝槻:ものには順序があって、プロダクトライフサイクルという理論にもとづけば、物事が普及するのには時間がかかる。今は対象が少数であっても本当に魅力のある価値をつくることが大事。
かつ、僕らも体力的にタフではないから単価は高くしないと継続できない。その営みがやがて評判になって、30人が300人、3000人と広がり、万の単位になると、単価が下げられてさらなる普及が見込める。
さらに言えば、その役割さえも僕らだけが担う必要もない。広がる過程で台頭してくる新規参入者によって、自然と解決されていく問題なんですよ。一社で国民全部の要求に応えようなんて思わず、今はただ一心に新しい潮流を生み出すことだけに集中していればいいんだと思います。
なので、最初の仁禮さんからの質問にもう一度答えるとしたら「そのままでいい。だってその戦略でやってるんだもん」です。以上!
仁禮:心強いです(笑)
—— 「起業家教育を起業家を育成するためにやっているわけではない」という仁禮さんのスタンスに対して、宝槻さんのご意見は?
宝槻:大賛成です。ゴールは起業家になることではなく、起業家的なプロセスを通じてメタ認知や多角的視点を身につけること。僕もそのほうがずっと大事だと思います。合っていますか?
仁禮:合っています。起業家教育というネーミングは、価値を届けやすくするためにつけたものです。海外では自律的な学びの時間を土曜に設計していて、インターナショナルスクールとかだと「サタデースクール」というものがよく存在しているので、うちもそう呼んでいましたが、ネーミング自体にはインパクトがないし、「自分を知る力を育みます」と説明しても、おお!とはなりにくい。実際本質はそこなんですけどね(笑)。
リニューアルのタイミングで、もともとやっていた金銭教育に焦点を当てた「マネースクール」に変え、さらに「起業家教育」も加えたら、ちゃんと届けたい人たちに届き始めました。
探究学舎も大きな方針転換をした時期はあったんですか?
「ゴールは大学受験」を求められる
宝槻:ありましたよ。僕の場合はターゲットを変えたことが最大の転換点だったでしょうね。
もともとは「高校生の時期に社会と自分の関係性を深く見つめる機会を増やしたい」という課題感があって(※編集部注:宝槻さんは高校中退から京都大学に入学。その間は実父の私塾で独自の指導を受けたほか、NHK教材や図書館、さまざまな大人との対話から自分を見つめ直した)、高校生を対象に出張授業や図書館でのコラボ講座をやっていたんです。
いろいろ試行錯誤はしたんだけど、売れないんですよね。なぜなら、やっぱり高校生の親の大多数にとって、関心があるのは大学受験。いくら「学びの本質とは!」と叫んだところで、月数万円を払ってもらえる動機にはならなかった。
仁禮:「ゴールは大学受験」を求められてしまうんですよね。
「共感」こそが事業を広げていくカギ。まずは話題になる体験談をブログを通じて発信するように。
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宝槻:そう。限界を感じていたある時、小学生の親には響くことに気づいたんですよ。「こんなに目をキラキラさせているわが子を見たのは初めてです。夢中になれる学び、いいですね!」という感じで、共感が集まる実感を持てた時に思い切って切り替えました。
まずは話題になることが大事だと考えて、僕自身の体験と教育観をブログに書いて発信した。すると狙い通りバズって、問い合わせが一気に増えた。その中から本当に熱いお客さんだけが残ってくれて、その人たちとの関係性を大事に築いて今に至るというわけです。
知名度が上がると「出資させてください」とか「Googleに広告出してみたら」みたいな甘い話もたくさん来ますよね? でも、僕はお客さんをガツガツ取りに行くような“狩猟マーケティング”はしたくない。自分が信じられるものを地道につくり続けて、必要な分だけ種を撒くという“農耕マーケティング ”の手法で、自分たちの畑を広げていく。そのほうが大事なコアが壊されることなく、緩やかに成長していけるはずだと思っているんです。
仁禮:めっちゃコンサルされた気分です!参考になります。私もブレずに自分たちが生み出せる価値に集中していこうと、あらためて思えました。
TimeLeapに通う子は30人程度と少数ですが、この子たちが実際に社会に役立つプロダクトやサービスをつくる事例をきちんとお見せしていきたい。焦らずやっていきたいと思っています。
私はまだ23歳ですが、教育に関わって9年経った今、「きっとこれからも忍耐強く自分の理想に向き合い続けられるのだろうな」と自信を持てるようになりました。
少し前はちょっと焦ることもあったんですけどね。「上場まっしぐら」みたいな同世代の起業家の友人とかを見たりするとどうしても(笑)
宝槻:分かるわぁ。僕も、同世代で活躍している経営者の姿が目に入るたびに思いますよ、「オレだって……」と(笑)。でも、焦らずにやっていきたいですね。
(後編に続く)
(聞き手、構成・宮本恵理子、撮影・竹井俊晴)
仁禮彩香:株式会社TimeLeap代表取締役。1997年生まれ 。慶應義塾大学総合政策学部所属。中学2年生の時に1社目の会社を設立し教育関連事業・学生/企業向け研修などを展開。高校1年生の時に自身の母校である湘南インターナショナルスクールを発展支援の目的で買収し経営を開始。2016年にTimeLeap(旧Hand-C)を設立。同年 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューが選ぶ未来を作るU-40経営者20人に選出。現在は小中高生のための起業家教育プログラムTimeLeap Academyなど「自らの人生を切り拓く力」を育む事業を展開。
宝槻泰伸:探究学舎代表。幼少期から「探究心に火がつけば子どもは自ら学び始める」がモットーの型破りな父親の教育を受ける。高校を中退後、大検を取得して京都大学に進学。卒業後、いくつかの教育事業の立ち上げた後、2011年、東京・三鷹に探究学舎を開校。宇宙・医療・経済・芸術などの分野で、子どもたちを巻き込む授業を届けている。5児の父。