日本の教育に対する問題意識から起業した探究学舎代表の宝槻泰伸さんとTimeLeap代表取締役の仁禮彩香さん。対談の前編では、それぞれの問題意識から子どもたちが自ら学びたいという気持ちを引き出す教育を目指すようになった動機、その新しい教育への周囲の反響などを語り合った。
後編では、日本で今の教育システムが変わるには何が必要なのか、そして理想の未来の教育とはについて、議論が弾んだ。
—— 大学入試改革が進むことで、日本の教育システム全体が変わるという期待は持てますか。
仁禮:もちろん期待できると思います。ただ、学校で教える内容を変えようとするときに不可欠なのは、「先生の教育」です。教育を変えるためのボタンはいくつかあって、それらが同時に押されなければ意味がない。中途半端にやっても反発が生まれて、元に戻る懸念はあると思います。
でも、私は希望を持ちたいです。歴史を振り返っても、変わるときには一気に変わる。私はその時に備えて、着々と準備をしていこうと思っています。
「教育市場の戦国時代」が始まれば面白くなる
宝槻:大学入試に関しては制度改革よりも何よりも先に変わって欲しいのは、保護者の教育的価値観ですね。受験産業がいまだに約1兆円の市場規模を維持していること自体が古過ぎる。主体的な学びを促進しようと国が旗を掲げても、消費者である親たちが「東大・早慶合格」を欲しがり続ける限りは、日本の教育の風景は変わらないでしょう。
一方で、希望の兆しはあって、今の30〜40代の若い世代は新しい価値観で子育てをしていて、僕らのようなニュープレーヤーを支持する層が少しずつ増えてきた。今後さらに増えて、既存の受験ゴール型の学習塾の経営を揺るがすほどになれば、「教育市場の戦国時代」が始まって面白くなるんじゃないでしょうか。受験塾企業の大多数は既得権益のために競い合っているだけで、ビジョンなし。僕はまったく話が合いません。
仁禮:逆に話してみたい(笑)。
—— 合格実績をつくるために、本人が志望していない学校まで受験させたり、保護者に「お母さんが働いていると勉強のフォローが行き届かない」とプレッシャーをかけたり。受験塾に子どもを通わせながら「これでいいのか」と葛藤している親も少なくありません。
コロナ禍では教育の責任が全て保護者にのしかかる事態に。親の負担が大きすぎる環境を作り出したのは誰なのか?
Getty Images / RUNSTUDIO
宝槻:ふむ、母親に専業主婦であることを求める。年間100万円の塾代がかかり、親にも相当の負担がある。これって異常な世界だと思いませんか。でも、その異常をつくったのは誰なのか。もとを正せば、消費者である親の大多数がそれを選んでいるわけです。
今日現在のこの状況で、うちが「探究中高一貫校」とかつくったとしても、週刊誌の受験合格ランキング特集で「圏外」と書かれてしまって終わりです(笑)。仁禮さんが通っていたのはどういう高校だったんですか?
仁禮:私立の中高一貫校です。先にお話ししたとおり、小学校は自分で直談判してつくってもらったインターナショナルスクールに通っていたんですけど、教育への興味が湧いてきたので「日本の学校のカルチャーも知っておきたいな」と受験したんです。
宝槻:通ってみての満足度は何点でした?
仁禮:うーん、50点かな(笑)。あ!誤解されたくないので説明させてください。減点の理由は、やっぱり受験がゴールになっているカリキュラムへの不満であって、先生も友達も優しくて素敵な人に囲まれていたんです。「本当はみんなで歴史の背景にある哲学の話をしたり、その奥深さを教えてあげたいのに、テスト対策で年号を覚えさせることに時間がとられて悲しい」とおっしゃっている様子も見たりして。思いがある先生は現場にいらっしゃるんだなということも気づきました。
宝槻さんは今後、本当に学校をつくるつもりはないんですか?
今のシステムが100年先も続くことに疑問
宝槻:真面目に答えると、僕は今の学校のシステムが100年先も続くことにかなり疑問を持っているんです。だから、学校の仕組みとは異なるものを創造することに自分の人生を使うほうが適切ではないかと。
それに、僕がわざわざやらなくても、素晴らしい学校を設立する人はすでに現れている。僕が移住した軽井沢だけでも、ISACや風越学園などユニークな学校が誕生しています。だから僕は僕で引き続き、子どもたちの好奇心に火をつける圧倒的な学習体験を提供する役割に徹する。
ただ、ちょっと面白いかもしれないと思っているのは「オンライン小学校」。ネット上で全国から通える小学校で、かつ、全国のお寺と組んで「現在版寺子屋」をリアル校舎にするとか。
仁禮:すごくいいですね。私もこれからやっていきたいのは、「子どもたちが過ごす時間のデザイン」なんです。大人たちのライフデザインは議論されるのに、子どもたちの時間の使い方がちゃんと議論されないのはおかしいとずっと思っていて。子どもたちは毎日通う学校生活に長時間費やすことを強制されていて、自由度がない。あまりにもないがしろにされ過ぎじゃない?って疑問なんです。
例えば、「低学年は海の近くで学んで、高学年になったら森の中で学ぶ」みたいなデザインも選択肢としてあってもいいはずで。コロナの影響で、住む場所・働く場所の自由についてより議論されるようになったことですし、子どもたちのライフデザインについても根本から考え直せていけたらいいのにと考えています。
TimeLeapはコロナを機にオンライン化したのですが、フランスと北海道の生徒が同じルームで学べる経験をしながら、場所の制約がなくなることでの選択肢の広がりを実感しているところです。
毎日同じ場所に通う必要はない
宝槻:共感します。僕も前々から、「毎日同じ場所に通って学ぶ」という原理原則自体がいずれは破壊されていくんじゃないかと思ってるんです。
学校の学科授業は午前中で終わりで給食を食べたらおしまい。午後は人それぞれ行き先が違って、畑に行って農業を学んだり、会社に行ってビジネスインターンしたり、病院で医療を学んだり。公立校で基礎学力を身につけながら、自分の興味関心を伸ばす学びも深めていく。そんな世の中が実現したらいい。
これを実現するには10兆円といわれる教育費の組み替えが必須。この費用の大半を占めているのは人件費と建物の維持費なので、教員の数を半分に減らして、午前中の科目学習だけを教えるようにすれば、午後の多様な探究学習に充てられる予算も生まれるはず。
以前、経済産業省の人とも盛り上がった話なので、あり得ない妄想ではないと思っているんですけどね。それに、おっしゃったようなリモートラーニングが広がっていけば、選択肢の多様化が進むでしょう。1学期のうち4・5月は東京の校舎で、6・7月は地方の田園からリモート参加するとか。
—— 探究学舎も2020年春からオンライン化を本格化したそうですが、子どもたちの反応に変化は見られましたか?
コロナによって急速に進んだ教育界でのオンライン化。子どもたちの反響は?
Getty Images / kohei_hara
宝槻:「学習は学校に行かなくてもできる」ってことに、気づいた子は多いんじゃないですか。
そもそも学習をどうデザインするかは個人の自由なんだけれど、「学校」というシステムに学習のデザインを委ねてきた。本当はいろんな選択肢があることを体験できた子どもは増えたはずです。探究学舎のオンラインクラスでは、Zoom上でホームルームが始まって、子どもたち同士でつながりながら盛り上がったりしていました。僕はあえてノータッチで、「いいぞいいぞ」と見守っています。
仁禮:私たちも「オンラインでもかなりやれることはあるね」と自信を持つようになりました。
TimeLeapのプログラムは1クール8カ月間で、最初に「聴く力」や「質問力」に重点を置くコミュニケーションを学ぶんです。その後、「1カ月かけて誰か1人を幸せにする」といった課題に取り組んでいくのですが、オンラインでも十分にやりとりはできている感じはありますね。心理的安全性を確保するために、こまめに1on1(個別面談)もしつつ。
今はちょうど折り返しの時期ですが、一人ひとりが自分の事業計画書を作成しています。うち半数は現段階でもうサービスとして成立しそうな構想に到達しています。
—— TimeLeapに通っている子どもたちは、やはり特別な才能を持つ子ばかりなのでしょうか?
仁禮:もちろんそういう子もいますが、必ずしも取り組みたいテーマが明確である子ばかりではなくて、好奇心旺盛だったり、普段の学校生活に違和感を抱いていたりといったところからスタートする子も多いです。大人が思っている以上に、「自分なりに考えている子」ってたくさんいますよね?
宝槻:かなりいますよ。学校で与えられる学びに満足していない子もたくさんいる。それを普段は表していないから、周りの大人が気づけないだけで。
仁禮:私の周りにもいっぱいいました。誰かからは「ごく普通」に見える子でも自分なりの考えは持っている。その考えに大人たちが耳を傾けることから、新しい教育は始まるのかもしれないですね。そのきっかけを提供できる役割を担っていきたいです。
宝槻:お互い、いい杭を打てるように頑張りましょう!
(構成・宮本恵理子、写真・竹井俊晴)
仁禮彩香:株式会社TimeLeap代表取締役。1997年生まれ 。慶應義塾大学総合政策学部所属。中学2年生の時に1社目の会社を設立し教育関連事業・学生/企業向け研修などを展開。高校1年生の時に自身の母校である湘南インターナショナルスクールを発展支援の目的で買収し経営を開始。2016年にTimeLeap(旧Hand-C)を設立。同年 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューが選ぶ未来を作るU-40経営者20人に選出。現在は小中高生のための起業家教育プログラムTimeLeap Academyなど「自らの人生を切り拓く力」を育む事業を展開。
宝槻泰伸:探究学舎代表。幼少期から「探究心に火がつけば子どもは自ら学び始める」がモットーの型破りな父親の教育を受ける。高校を中退後、大検を取得して京都大学に進学。卒業後、いくつかの教育事業の立ち上げた後、2011年、東京・三鷹に探究学舎を開校。宇宙・医療・経済・芸術などの分野で、子どもたちを巻き込む授業を届けている。5児の父。