ワクチン開発に成功、緊急使用許可を申請中の独バイオンテック(BioNTech)、ウグル・シャヒン最高経営責任者(CEO)。
REUTERS/Fabian Bimmer
- 無名のバイオ医薬品ベンチャー、独バイオンテックが米製薬大手ファイザーと共同で進めていた第Ⅲ相治験のデータを公表、世界で初めてワクチンの有効性を確認したことを明らかにし、世界中の話題をかっさらった。
- 治験データは全被験者の90%に対して効果があったことを示しており、アメリカ食品医薬品局(FDA)の承認に必要な基準を満たしている。
- バイオンテックと米製薬大手ファイザーは11月20日(米国時間)に緊急使用許可を申請。12月12日にFDAの承認を経て、同14日には接種が始まった。
- Business Insiderはバイオンテックのウグル・シャヒン最高経営責任者(CEO)にインタビュー。迅速なワクチン開発はいかにして実現したのか、そのアプローチについて聞いた。
独マインツに本拠を置くバイオテック企業のバイオンテック(日本ではビオンテックと呼称する場合も)は、最近までとくに名を知られた存在というわけではなかった。ところが、米製薬大手ファイザーと共同で進めるワクチン第Ⅲ相臨床試験の中間解析の結果が報じられたあと、すべては一変した。
この治験結果は、新型コロナウイルスワクチンの緊急使用の承認を受けるための最後のステップ。「データセーフティ・モニタリングボード」と呼ばれる、専門家から成る外部委員会が治験データの検証を行い、FDAと討議した結果、ワクチンは投与後28日に全被験者の90%で有効性が確認された。
「バイオンテックとファイザーのmRNAワクチン候補『BNT162b2』は、暗い先行きを照らし出す一筋の光だ」
ミュンヘン・シュワビング病院の高接触伝染性・高致死率感染症特別ユニット長、クレメンス・ウェントナー博士はそう評価する。
新型コロナウイルスワクチンについては世界中で数多くの研究開発が行われており、いずれも有効率50%以上を目指している。FDAの承認を受けるのに必要な有効率もやはり50%。そんななかで90%というのは目を見張る数字だ。
最新の情報では、英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)が12月2日に世界で初めて使用を承認し、ワクチン接種を開始したのに続き、米FDAも12日に緊急使用申請を承認。14日にはアメリカでも接種が始まった。
さらに、日本でも18日に厚生労働省に対し、製造販売の承認申請が行われた。
Business Insiderはバイオンテックのウグル・シャヒンCEOに独占インタビュー。ワクチン開発にどんなアプローチを用いたのか、なぜこれほどのスピードで開発できたのか、想定外のリスクにさらされることなく開発を進めることができたのはなぜなのか、質問をぶつけた。
なお、シャヒンの妻ウズラム・トゥルジはバイオンテックの最高医学責任者(CMO)で、2人ともトルコ移民の家庭に生まれた二世だ。
シャヒンは、ワクチン開発のプロセスで乗り越えてきたハードルから、自身がワクチンを接種する日の見通しまで、すべてを語った。
ワクチン開発には普通「10年かかる」
中央右の女性がシャヒンCEOの妻でバイオンテック最高医学責任者(CMO)のウズラム・トゥルジ。
Screenshot of BioNTech Website
Business Insider(以下、BI):新型コロナウイルスの世界的大流行が始まって10カ月。混乱のまま時間だけが過ぎたように感じています。中国・武漢でのウイルス感染拡大の報を聞いたとき、まずはどんなことを考えましたか?
ウグル・シャヒンCEO(以下、Sahin):ウイルスの存在を知ったのは、1月24日に読んだ英医学誌『ランセット』の記事が最初でした。中国だけでなく、世界中に広がってパンデミック化する可能性がある、すぐにそう思いました。
ワクチン開発に着手しようと考えたのはまさにそのときで、世界中の人たちに届ける必要があると当初から考えていました。
BI:実際、すぐに開発に着手したのですか?バイオンテックは規制当局であるパウル・エールリッヒ研究所からヒトを対象とした治験を許可された、ドイツでは初めての企業です。どうしたらそんなに早く?
Sahin:ワクチンの開発には普通なら10年はかかります。なので当然、私たちが取りかかったときには、いかにスピードを上げられるかを考えていました。と言っても、いわゆる「近道」はないのですが。
私たちの開発したワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれる遺伝子技術をベースにしており、そのおかげで今回は開発着手からわずか数週間で試験までたどり着いています。がんワクチンの研究開発についてはすでに数十年の実績があるので、同じ手法で(新型コロナ)ワクチンをつくれることははじめからわかっていました。
今回中間解析の対象となった臨床試験は、とても大規模なものです。ワクチン候補は数週間でつくれたとしても、それを数万人、数十万人に投与するのにはそれなりの時間がかかります。もちろんそのこともわかっていました。
プロジェクト名は「ライトスピード(光速)」
BI:ファイザーとの共同研究はいつごろから視野に?
Sahin:こうした大きなプロジェクトにはパートナーの力が不可欠。それがまさにファイザーの仲間たちと組んだ理由です。
タッグを組んだことで、私たちの先進的なmRNA技術と、製薬業界の巨人であるファイザーがもつ治験のノウハウ、世界各国での生産体制、販売網を組み合わせることが可能になりました。
現在、ワクチンの研究開発および生産ラインの強化を、両社合わせて1000人の体制で進めています。基本的認識として、私たちのプランは有望であるというだけでなく、実現できるものと考えています。
私たちはこのワクチン開発プロジェクトを「ライトスピード(光速)」と名づけました。無駄にする時間などないからです。実際、ファイザーという素晴らしいパートナーを得られたおかげで、開発期間を大幅に縮めることができました。
私たちは当初から2020年の第4四半期(10〜12月)には臨床試験に着手するつもりで、必要なデータを収集してきました。スケジュールはすでに前倒しで進んでおり、このままうまく進めば、約束を果たすことができるのではないでしょうか。
創業者夫婦はがんの専門家、ウイルスは門外漢
バイオンテックの企業紹介ムービー。
提供:BioNTech
BI:シャヒンさんは人生のすべてを研究に捧げてこられました。とはいえ、その努力は主にがんワクチンの開発に向けられたものです。そこから新型コロナワクチンに切り替えるのは大変だったのでは?言葉で表現するなら、それはどのくらいの大変さなのですか?
Sahin:確かに、まったく誰もやったことのない研究開発ですしね。おっしゃるように、私たち夫婦はがんの専門家で、ウイルスは門外漢です。ただ、バイオンテックにはウイルス学者が何人もいます。私たちは彼ら彼女らと一緒に、新型コロナがどんなもので、どんなふうに機能するのか、理解しようと取り組んできました。
いま言えることは、状況は誰にとっても同じだということ。世界中のすべての人にとって、このウイルスは未知の存在であり、あらゆる研究者にとって、今回の研究データは初めて目にするものなのです。
どうしたらウイルスを不活化(感染性を失わせる)できるのか、あるいはヒトは免疫を獲得できるのかを、できるだけ早く確認することが大きな課題です。ウイルスそのものについてはいまもわからないことだらけなのですが、私たちが研究を続け、知見を積み重ねてきた「免疫システム」は、敵と対峙するうえで強力な武器になっています。
BI:先ほど、バイオンテックはキュアバックやモデルナ(いずれもバイオ医薬品会社)と同様にmRNA技術を使ったワクチンを開発していると聞きました。従来のワクチンとは根本的に原理が異なるそうですが、なんでそうした技術を選ばれたのでしょうか?
Sahin:熟考の末、それがパンデミックを収束させる一番良い方法だと自分たちにとって思えたからです。mRNA技術の科学的・技術的積み重なりを考えれば、自明の結論とも言えるでしょう。
一般的なワクチンは、研究室でウイルスを増殖させ、細胞にそのウイルスを接種して感染させて大量に培養するため、大規模な装置が必要になります。一連のプロセスはたいへんに骨の折れるもので、それを完遂できるのは大企業だけです。
簡単に言えば、mRNAワクチンをつくるのに最初必要とされるのは容量50リットルのバイオリアクター(生化学反応装置)だけ。拡張性の高い優れもので、夜通し運転させれば基本的には1週間以内でmRNAワクチンができ、あとは数週間の品質検査を済ませれば完成です。
ワクチンの製造スピードとしては圧倒的で、パンデミックに際してはこの速さこそがきわめて重要なのです。
「5月に最初の治験データを確認したとき」成功を確信
バイオンテックは11月20日、新型コロナウイルスワクチン候補「BNT162b2」の緊急使用許可をアメリカ食品医薬品局(FDA)に申請した。画像はプレスリリース。
Screenshot of BioNTech Website
BI:文字通り一心不乱にワクチン開発を進めてこられたわけですが、途中挫折を感じるようなシーンはあったんでしょうか。反対に、一番良かったのは?
Sahin:困難な課題はいくつもあったにもかかわらず、幸いにして落胆させられるようなことは一度もありませんでした。はじめはうまくいかなくても、目の前で起きていることを理解し、そこから何を学べるのか、どうしたら問題を解決できるのかを突き詰めて考え続けました。科学者がハードルを乗り越えるときはたいていそうするものです。
一番良かったのは、5月に初めてヒトを対象とした臨床試験のデータを目にした瞬間ですね。最低投与量の被験者でも抗体反応を確認できました。自分たちのワクチン候補が間違っておらず、このまま開発を続ければゴールにたどり着けると考えたのは、そのときからです。
BI:このあとで開発失敗、という可能性はあるのでしょうか。あるとすれば、その理由は?
Sahin:mRNA技術の欠点を考えてみても、私には何も浮かんできません。まったく無視していて気づかない穴というのは何にでもあるものですが、いま知りうるすべての事実から判断する限り、私たちのワクチンは効果を発揮すると思います。
BI:多くの人たちが気にしているのは、ワクチンで獲得された免疫はいつまで持続するのか、という点です。接種後どのくらい効果が続くのでしょうか?
Sahin:最初の臨床試験でワクチン候補を投与した被験者の6カ月間データがもうすぐあがってきます。それを見れば、効果の持続時間が見えてくると思います。
BI:集団免疫を獲得できれば、パンデミックは収束するとみる専門家もいますが、シャヒンさんはこの考え方をどう思いますか?
Sahin:集団免疫の獲得に期待するのは合理的な考え方ではないと思っています。
欧州と他の地域では人口分布がまったく異なることを考慮しなくてはなりません。アフリカでは平均年齢が18歳、19歳というのが普通で、だからこそ新型コロナによる致死率もインフルエンザよりわずかに高いくらいにとどまっているのです。
ところが欧州は違います。新型コロナの致死率は70歳以上になると劇的に高まりますが、まさにそうした年齢層の人たちが欧州にはたくさんいます。だから、アフリカの多くの国々より欧州の致死率はずっと高いわけです。
そう考えると、もし私たちが(欧州で)集団免疫を獲得できるとしたら、(70歳以上の方々が大量に亡くなるという)恐るべき結末を受け入れたあと、ということになります。
BI:(反ワクチン運動のような)ワクチンへの疑念は、今後障害になり得ますか?
Sahin:答えにくい質問ですね。私たちにとって重要なのは、ワクチンの効果や副作用を含めた安全性について正しい情報を開示していくことです。不安を抱く人たちが安心できるよう、はっきりとくり返しできる限りの情報を伝えていかねばなりません。
ワクチン接種は任意であり、いまのところ命令として義務化される予定はありません。2021年半ばの段階では、希望するすべての人が接種できるところまではたどり着けないでしょう。したがって、当初は需要が供給を上回る状態になります。
けれども、その(2021年半ばの)時点で数百万人がワクチン接種を済ませ、安全性に関する包括的なデータが集まってくると予想されます。ワクチンに疑念をもつ人たちが接種を望もうと望むまいと、確かなデータをもとに自ら判断できる状態が整うはずです。
BI:ご自身はいつワクチン接種されるおつもりですか?
Sahin:もちろん、できるだけ早く接種したいです。当局の承認さえ下りれば、最初に接種を受けるうちのひとりになると思います。ただし、言うまでもなく、優先されるべきは最もワクチンを必要としている人たち、すなわちお年寄り、基礎疾患を有する方々、そして医療関係者です。
(翻訳・編集:川村力)