撮影:今村拓馬
コロナ禍により若者が経済的な苦境に立たされている。その一方で若者に特化した政策はなかなか進んでいない。なぜ日本では現役世代への再分配が進まないのか?
手術費10万円「アコムにブッ込むしかない」
コロナ禍の煽りを受け、シフトは減少。骨折などのケガにお金が払えない若者も(写真はイメージです)。
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「もうアコムにブッ込んで前払いするしかない。10万ケチって指に後遺症出たらめんどくさいし、負の財政に陥っても仕方ねーな、って」
複数のバイトを掛け持ちして働いているタクトさん(30、仮名)は、11月に事故で手の指を骨折した時の危機感をこう語る。
9月、コロナ禍の煽りを受けて、それまで週5で入っていた英語講師のバイトを週4に減らした。20万円程度だった月収は一気に2割減となったが、食費を切り詰めることでなんとか帳尻を合わせた。
そこをけがが襲う。真っ先に頭に浮かんだことは「手術代が払えないかも」。慌てて高額医療控除について調べると、タクトさんのように月収が26万円以下だと、自己負担限度額は5万7600円。それ以上の負担金は3カ月後に払い戻しが受けられる制度があった。
それでも突発的な出費は避けられず、その額は検査やリハビリ代を含めて10万円ほどになった。タクトさんにとっては大金だ。
「本当にどうしようって。ピンチでした」
結局、SNSでカンパを募りなんとか急場をしのいだ。
「払い戻しがあるまで、ヤバいはヤバいですけどね」
タクトさんは、自分のような状況の若者はこれから増えると思う、とぼやく。
「生活費を切り詰めればマイナスにはならないけれど、そこから急な出費が出た時がヤバい。幸い、ぼくは頭脳系の仕事に就いていたけれど、肉体労働をやってたら、どうなっていたか……」
30代前半男性の平均所得は300万円代に
「中間層の収入が減り、支出が増えている状態が続いているのは明らか」と専門家は語る(写真はイメージです)。
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データで見れば、タクトさんの言葉はある意味、説得力を持つものだ。
「家計の金融行動に関する世論調査」(単身世帯調査)によると、金融資産を持たない20代の割合は2007年は約3割だったのが、2017年は約6割に。コロナ禍でこの割合はさらに増えていることが想定される。
なぜ、貧困に陥る若者が多いのか —— 。若者の声を政策に反映させるための団体「日本若者協議会」代表理事の室橋祐貴さん(31)は、若者の貧困の背景を「中間層の全体的な没落だ」と語る。
総務省の「就業構造基本調査」によると、30代前半の男性の平均所得は、1997年は500万円代の人の割合が最も多かったが、2017年時点で最も大きな割合を占めるのは300万円代に。
同省の「労働力調査」を見ると、若者の非正規雇用者数は20年前に比べると約3倍に増えていることが分かり、平均所得を押し下げる要因となっていることが伺える。
一方、消費税がここ10年で5%上昇。大和総研の調査によると、収入における税・社会保険料負担率は2007年からの10年で、20.6%から25.7%に急上昇している(2人以上の勤労者世帯)。これらを踏まえると「中間層の収入が減り、支出が増えている状態が続いているのは明らか」と室橋さんは指摘する。
「昔は中間層の保障は企業の福利厚生によってカバーされていましたが、非正規労働者の増加とともに、恩恵を授かれない若者が増えています。大学無償化など低所得層に対する施策は近年拡充されていますが、中間層は未だ手付かず。そのため中間層も低所得層とあまり変わらない暮らしになってきている」(室橋さん)
「俺たちの若い頃マウント」が若者を苦しめる
「若い人は苦労して当たり前」という、根強く残る価値観に囚われている中年層は多く存在する(写真はイメージです)。
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その一方で、若者に特化した政策支援はなかなか進まない。
理由として、政治家や業界団体のトップの多くを占める50〜60代の世代が「若い人は苦労して当たり前」という「根強く残る価値観に囚われているからだ」と室橋さんは指摘する。
「若者が経済的に苦しんでいる状況をデータに基づいて伝えると、ある議員は『アルバイトをしていた方が学生は真面目に頑張るはず。自分も学生の頃は、アルバイトをして自分の学費を稼いでいた』と、自分の武勇伝を語り始めたのです」
実際、上の世代から「俺たちの若い頃マウンティング」を受ける20代はめずらしくない。
都内の大学に通う学生のレナさん(22、仮名)は、2020年3月に働いていたテレビ局でのバイトとバーのバイトを2つとも解雇された。新たなバイト先を探すも、当てはなかなか見つからない。
両親の教育方針により、学費も生活費も自分で支払っているレナさん。生活が苦しくなり、借りている奨学金も今年、5万円から10万円に増額した。コロナの影響で仕事がなくなったから学費や生活費を支援してほしい、と相談した時に、父親(49)から言われたのは以下の言葉だったという。
「俺の時代は、バイトで月30万くらい余裕で稼いだし、大学なんて友達に代返させれば良いんだよ。効率悪いなぁ」
文部科学省の調査によると大学の授業料は、この40年間で4〜5倍になり、20年間で見ると約1.5倍上昇している。奨学金の受給者数は10年間で1.5倍に増えたという(日本学生機構の調査)。大学生・大学院生のほぼ2人に1人が奨学金を利用している状況だ。
結局、レナさんが活路を見出したのはキャバクラだった。2500円スタートだった時給は、客がついたことで現在は3000円にまで上がった。
「地元のスーパーのレジ打ちよりは“効率が良い”のは明らかですよね」
レナさんは自嘲気味に語る。
かつては会社が守ってくれていたが……
「日本型大企業モデル」はすでに崩壊の時を迎えている。
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「若い頃は苦労すべき」と自己責任論を押し付ける価値観は、コロナ禍の政策にも反映されている。
例えば、住宅政策を取ってみよう。コロナ不況を受け、失業者を主な対象とする住居確保給付金の制度が拡充された。うち、夜間学生は対象となったが普通学生は対象外とされた。
「つまり、一人暮らしでアルバイトで家賃を稼いでいた学生は給付金をもらえないということ。日頃から苦しい生活をしているにもかかわらず、緊急事態でさえ学生を入れてくれないのか、と」(室橋さん)
政府による中間層向けの住宅手当がほとんど存在しなかった背景には、終身雇用を前提とした日本型企業の特徴がある。
社宅や住宅手当などを提供するのはあくまで企業。政府は歴史的に住宅政策を「社会保障」としてではなく「経済政策」として捉えてきたという。
「中間層以上の住宅関連支出は新築ローンの補助が中心のため、新築で家を建てる余裕のない若者は、制度のメリットを享受できません。こうした制度設計の背景には『新築でマイホームを建てるのが当たり前』という上の世代の価値観もあると思います」(室橋さん)
しかしこうした「日本型大企業モデル」はすでに崩壊の時を迎えている。今では住宅ローン完済どころか、新型コロナに伴う不況も相まって、大企業でも早期退職が目白押しだ。
住宅手当は貧困の若者を救うか?
海外では住宅手当が企業ではなく国によって支給されているケースが多い。
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先述のように、日本では住宅手当は企業の福利厚生として支給されるのが一般的だ。しかし海外では、国が広く支給しているケースが多いと室橋さんはいう。
室橋さんによると「ヨーロッパやOECD諸国では、住宅手当は社会保障の一丁目一番地」。支給額は国によるものの、日本円換算で約2〜3万円の国が多く、アメリカは5万円も支給しているという。
国ごとにばらつきはあるものの、GDPの約0.4%(日本に換算すると約2.5兆円)を住宅手当の支出に当てている国が多い中、日本では住宅ローン減税などを含めても、住宅関連の支出は1兆円に届かない。
「若い世代の支出のうち多くを占めるのは、子育て費用と住宅費用です。特に住居費は、年収300万円以下の場合、若者の生活費用の3分の1から半分を占めることが多い。子どもの有無にかかわらず、住所さえあれば支給を受けられる住宅手当があれば、生活はかなり楽になるはずです」(室橋さん)
現役世代向けの支出を増やすためには、政治家に若者の生活の実態を認識してもらうことに加え、政治家の「若返り」も欠かせないと室橋さんは訴える。
「日本の選挙を分析したハーバード大学の研究によると、45歳以下の若年市長が当選すると、子どもの教育や福祉に対する自治体の支出が大きく増えるという研究結果もあります。若者の貧困を解消するには、政治家に若い人が増えるのは決定的に重要です」(室橋さん)
指の骨折を負って、手術を終えた前出のタクトさんは、同世代のホンネとして、と愚痴を漏らす。
「正直、若者は切実にリセットを求めていると思いますよ。アメリカでも #BoomerRemover(ブーマー・リムーバー) ってハッシュタグが流行ったじゃないですか。コロナでリセット来たー!って思った若者は多いんじゃないかな。結局思ったより“リセット”は進みませんでしたが」