「私自身が広告だ」
Britta Pedersen-Pool/Getty Images
- 広告業界にとって自動車メーカーは最大の顧客だが、テスラは従来型の広告を打ったことがない。
- しかしテスラと同社のイーロン・マスクCEOは、ファンや顧客からだけでなく、マスクが経営する別会社や自身の有名人としてのステータスからも、計り知れないほどの評判と広告効果を獲得している。
- 本稿では、テスラにとって従来型の広告が意味をなさないことをマスクが証明した10のエピソードを紹介する。
テスラは、良くも悪くも広告に一切お金をかけないことで知られる。広告業界にとって自動車メーカーといえば過去数十年にわたる最大の顧客だが、テスラはそうした他のメーカーとは対照的だ。
米テレビドラマ『マッドメン』の舞台となった1960年代のニューヨークの広告業界なら、「ビュイック」(訳注:ゼネラルモーターズ[GM]のブランド車)の広告に一生のキャリアを捧げ、満足したまま引退することも十分にあり得る話だった。
テスラのイーロン・マスクCEOは、広告を打つことに反対しているわけではない。数年前の四半期業績報告電話会議では、いずれは広告費を計上することも検討していた。そうすればメディアをサポートすることにもなるし、メディア(つまりジャーナリズム)はサポートを必要としているからだ。
今も当時と同じ考えを持っているかどうかは不明だが、最近になっていわゆる「アーンドメディア」に価値を見出したことは確かだ。
アーンドメディアとは、商品やサービスに満足した顧客が自分から良い評判を発信してくれることであり、売り込みの要素は一切ない。インスタグラムでテスラの自動車を絶賛して写真を投稿したり、その投稿に熱心にレビューを付けたりする人たちのことを思い浮かべてほしい。
広告のためのメディアにはその他に「ペイドメディア」と「オウンドメディア」がある。ペイドメディアとは従来型の広告のこと。テレビ、印刷媒体、ラジオ、看板のほか、最近ではインターネット広告やSNS上の有料広告もこれに含まれる。企業が広告費を支払って出す広告のことであり、最近ではフェイスブックやグーグルに支払いをすることを意味する。
オウンドメディアとは、広告主自身が所有し、自分でコントロールできるメディアのことだ。テスラはこのオウンドメディアの手法を用いている。
2018年には、マスクが経営する別会社、スペースXのロケットで赤のテスラ「ロードスター」が軌道まで打ち上げられた。さらに最近では、宇宙飛行士らがスペースXのロケットに搭載されたカプセルまでテスラの「モデルX」で乗りつけ、国際宇宙ステーションを目指した。
従来型の広告を打つこともテスラ社内で検討されたが、あまり大きな成功を挙げることはなかった。理由は簡単だ。本稿では、テスラにとって従来型の広告が意味をなさないことをマスクが証明した10のエピソードを紹介する。
自分の赤いテスラ「ロードスター」を「赤い惑星」に送り込む
YouTube/SpaceX
それは、どんなマーケティング戦略もかすんでしまうほどの離れ業だった。GMが人々にシボレーを買ってもらうために広告費に数十億ドルを費やしたとしても、シボレーを軌道に乗せるなど容易にできることではない。
スペースXが2018年に打ち上げた大型ロケット「ファルコン・ヘビー」には、ダミー・ペイロード(打ち上げ能力確認用のおもり)が必要だったが、それならテスラの車がおあつらえ向きじゃないか、とマスクは考えた。実はこれ、マスクの愛車である赤の初代ロードスターだった。
宇宙服を着たマネキン「スターマン」が運転席に乗ったロードスターは、地球の重力圏を無事に抜け、デヴィッド・ボウイの曲に乗せて打ち上げられた。車載モニターにはマスクの愛読書、『銀河ヒッチハイク・ガイド』(ダグラス・アダムス著)の表紙に書かれた言葉、「Don't Panic(パニックになるな)」が表示された。
テスラ、パンデミックに対応するために人工呼吸器の生産に協力
Tesla/YouTubeからのスクリーンショット
新型コロナウイルスの患者の急増とともに、アメリカ国内の人工呼吸器の供給がいずれ底をつくのではないかという懸念が浮上した。フォードとGMはすぐさま、GEヘルスケアと医療機器メーカーのベンテックとそれぞれ提携した。
テスラもエンジニアたちの尽力により自動車部品の再利用で素早く生産できる人工呼吸器の試作品を制作し、この流れに追随した。
トンネル掘削会社のロゴ入り帽子を作って100万ドルを資金調達
Business Insider/Dave Smith
マスクは数年前、ロサンゼルスの交通渋滞に巻き込まれてイライラしたことをきっかけに、交通の流れをよくするために高速道路の下にトンネルを掘るための掘削会社「The Boring Company」を立ち上げた。
同社は2018年、会社のロゴ入り帽子を売って100万ドルもの資金を調達した。その後、火炎放射器を売ることでさらに多くの資金を調達した。
これらの行動は直接テスラには関係ないが、マスクは型破りで問題解決型の人物であり、大胆不敵な改革者であることを世間に印象づけ、自身のブランド化に成功した。
競合他社を差し置いてテスラの時価総額が急上昇
Andy Kiersz/Business Insider
テスラのお金をかけない広告がうまくいっているのは、ウォール街と投資家たちが新興自動車メーカーの成長ストーリーに夢中になっているからだ。日々行われる取引1つひとつがテスラの広告になる可能性がある。
このようにして、テスラの現在の時価総額はGM、フォード、フィアット・クライスラー・オートモービルズを合わせた額をはるかにしのぐようになった。
新恋人グライムスとの間にもうけた子に珍しい名前を付ける
イーロン・マスクと「グライムス」ことクレア・エリーズ・ブーシェイ
Neilson Barnard/Getty
マスクは一風変わったタイプのオタクセレブだ。これまでに女優のタルーラ・ライリーと2回結婚して離婚しており、最近ではミュージシャンのグライムスとの間に一児をもうけ、その子に「X Æ A-XII(エックス・アッシュ・エー・トゥエルブ)」と名づけた。子どもが誕生した際にはマスコミで大きく取り上げられた。
その間も、テスラは新型コロナウイルスの影響で操業が停止していた中国での事業を再開させ、スペースXのスペースシャトル打ち上げ計画では、アメリカ本土から国際宇宙ステーションに向けて初めて宇宙飛行士を送り込む準備をしていた。
マスクはとても多忙であり、広告のことを考えられなかったため、自分の私生活がニュースになるようにしたのだった。
ジョー・ローガンとの対談中にマリファナを吸引
ジョー・ローガンとイーロン・マスク
The Joe Rogan Experience/YouTube
ジョー・ローガンがSpotifyと1億ドルの契約を結ぶ前、マスクはローガンのポッドキャスト番組に出演した。事が起こったのは対談が始まって2時間が経過した頃。なんと、マスクがマリファナを堂々と吸い始めたのだ。その姿はYouTubeで配信された。
ヘンリー・フォードならこんなことはしなかっただろうが、マスクのこうした反抗的な態度は、マスクのファン(大半はローガンの熱烈なファンでもある)の間で大きな話題となった。
2015年のソルボンヌ大学の講演で炭素税導入を呼びかける
Screenshot
今や人々の間から記憶が薄れつつあるが、2015年にマスクは「化石燃料時代からの人類の撤退の加速」というテスラの使命と、トランプ政権以前にアメリカが参加していた気候変動対策への枠組み「パリ協定」とを結びつける発言をした。
マスクは講演で、テスラの企業理念と、政府による大規模な政策を通じて地球温暖化と戦うことの必要性を語り、炭素税の導入を呼びかけた。マスクは独特の語り口で、自分自身、そしてテスラが、単に車を売るだけでなくそれ以上のことを気にかけていることを示した。
しかし「車を売る以上のことを気にかけている」と示したことで、テスラはさらに多くの車を売り上げた。2019年末までに25万台近い自動車を納車している。
テスラとソーラーシティが合併、テスラ「ソーラールーフ」を発表
Screenshot via Tesla
マスクは2016年に、当時低迷していたソーラールーフを買収した(彼のいとこらが立ち上げ、マスクは同社の会長となっていた)が、ソルボンヌ大学での講演と同様、テスラが環境問題に積極的に取り組む会社であることをアピールするためにこの買収を利用した。
テスラはロサンゼルスで開催されたイベントで、エネルギー回収事業とテスラの既存の電気自動車および蓄エネルギー事業を組み合わせたハイエンド製品「ソーラールーフ」を発表した。
その結果、テスラのソーラールーフが欲しいと思った人は、テスラの車とバッテリーパックも検討するという事態が起きた。これが相乗効果をもたらした。
ジョブズのプレゼンスタイルを新たなレベルに引き上げる
新型第2世代テスラロードスターを発表するイーロン・マスク。
Tesla
テスラはアップルとは違って、騒々しいロックコンサートのような製品紹介のプレゼンで競合を圧倒するようなマネはしない。
マスクはMCであり、舞台監督なのだ。21世紀のトーマス・エジソンとしての役割を最大限に演じ、ファンを焚きつけ、メディアにその体験すべてを放送・コメント・記録させるが、そうしたすべてを、本来なら酒を無料で出すオープンバーやきらびやかな照明の当たるショーのために使われる費用で賄っている。
マスクは実在するスーパーヒーロー
Flickr/jurvetson
マスクは映画『アイアンマン』でロバート・ダウニー・ジュニアが演じるトニー・スターク役のモデルとなった人物だ。
そのため、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)がスクリーンに現れ、アイアンマンが登場するたびに、マスクとテスラは恩恵を被ることになる。見る者に“本物の”トニー・スタークはシリコンバレーとロサンゼルスで懸命に働いて世直しをしているイーロン・マスクなのだと思い起こさせるからだ。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)
[原文:10 times Elon Musk proved Tesla doesn't need advertising]