新型コロナウイルスの感染拡大で2020年4月に緊急事態宣言が出されてから、早いもので7カ月が経ちました。気軽に外出できない状況が長く続くなか「巣ごもり消費」によって存在感を増してきているのが、ネットフリックス(Netflix)、Amazon Primeなどの定額制動画ストリーミングサービスです。
一方、長らくお茶の間の中心だったテレビ業界はどうでしょうか。先日発表された民放5局の2021年3月期第2四半期決算を見てみると——。
コロナでテレビ局の売上は軒並み悪化
在京キー局の四半期決算からは、テレビ業界もコロナの影響をもろに受けていることが分かります。主な原因はスポット広告(※1)の売上減少。多くの企業が広告出稿を抑制していることが、売上の落ち込みとなって如実に表れています。
(出所)各社2021年3月期第2四半期 四半期報告書より筆者作成。
では利益はどうでしょうか? 各社の営業利益、経常利益、当期純利益を見てみると、同様に厳しい状況のようです。
唯一テレビ東京ホールディングス(以下、テレビ東京)だけが前年同月比でプラスを保っているのは、同社はテレビ通販やEC販売といった放送周辺事業の売上の割合が最も大きいためです。コロナ禍の巣ごもり消費が伸びてテレビ通販の需要が増えたこと、コスト削減が奏功したことで、全体として見れば減収ながらも増益を確保しました。
しかし健闘しているのはテレビ東京だけで、それ以外の4社は軒並み減益。なかでも今回注目したいのが、6年連続で“視聴率三冠王(※2)”を達成している日本テレビホールティングス(以下、日テレ)です。
日テレは、このコロナ禍にあっても経常利益は112億円と、5局中最も稼いでいます。にもかかわらず、四半期ベースの当期純利益ではなんと57億円もの赤字。つまり、経常利益の段階から170億円ものマイナスを計上しているのです。
コロナの影響があったとはいえ、なぜ日テレは四半期ベースでこれだけの大幅赤字を計上することになってしまったのでしょうか?
日テレの売上の9割は「メディア・コンテンツ事業」
日テレの赤字の原因を理解するため、まずは同社の売上構成から見ていきましょう。
日テレの売上は主に、メディア・コンテンツ事業、生活・健康関連事業、不動産関連事業の3つで構成されています。これらの中で売上の9割以上を占めるのがメディア・コンテンツ事業です。
メディア・コンテンツ事業の内訳をさらに詳しく見てみると、6割以上を地上波のテレビ広告収入が占めており、次いでコンテンツ販売収入が2割弱となっています。
図表4は利益の内訳です。2019年と比べると2020年は苦戦しているとはいえ、ここでもメディア・コンテンツ事業が利益の大半を稼ぎ出しています。
(出所)日本テレビホールディングス 2021年3月期第2四半期 四半期報告書より筆者作成。
しかし、コロナ禍にあっても健闘しているメディア・コンテンツ事業に対して、「生活・健康関連事業」はなんと45億円もの赤字です。
日テレが、民放5局の中でも最も多くの経常利益を計上しているにもかかわらず、当期純利益の段階ではマイナス57億円と唯一赤字に転落してしまった要因は、どうやらこの生活・健康関連事業にありそうです。
経常利益と当期純利益の間にあるものは、特別損益と法人税の支払いです。生活・健康関連事業が計上した赤字は、この間のどこかに表れているはずです。いったい何が起きたのでしょうか?
特別損失227億円の謎とその内訳
57億円の赤字の謎を解くために、日テレの経常利益から当期純利益に至るまでの流れを分解してみましょう(図表6)。
ご覧のように、有価証券を売却することで特別利益を108.7億円得ているものの、それでも補いきれない164億円もの「減損損失」を計上していることが分かります。これに加えて、新型コロナウイルス感染症による損失が34.5億円、固定資産売却損等の損失が28.5億円。合計227億円もの特別損失が計上されています。
この特別損失227億円こそが、“視聴率三冠王”に輝く日テレの経常利益をすべて吹き飛ばし、第2四半期を赤字たらしめた主犯です。なかでも、その大部分を占めるのが164億円もの「減損損失」です。これはいったい何なのでしょうか?(※3)
減損損失の正体とは
日テレが計上した減損損失の正体を暴く前に、企業の費用や損失について、会計的な視点からざっくり理解しておいていただきたいことがあります。
例えば、ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドがコロナ禍の影響で被る損失を考えてみましょう。
真っ先に思いつくのは、入場料収入の減少ですね。ウイルスの感染拡大を懸念して休園措置がとられればその間は通常の営業活動ができませんから、入場料収入が絶たれてしまいます。
しかし損失はこれだけではありません。コロナ禍のあおりを受けて、オリエンタルランドが保有している有価証券の価値が毀損すれば、多額の有価証券評価損が発生します(オリエンタルランドの事例については、連載第11回、第12回を参照)。
このように企業が損失を被るとき、その原因は通常の営業活動で発生する費用(損益計算書〔P/L〕に反映される)だけでなく、保有している資産の劣化(貸借対照表〔B/S〕に反映される)にも表れる可能性があるということです。
具体的には、B/Sの資産においては図表7のような損失が発生するリスクがあります(※4)。
ここで、先ほどの「減損損失」が図表7に出てきました。
減損損失とは、有形固定資産、無形固定資産、投資資産の価値が目減りし、企業が過去に行った投資が回収できなくなると見積もられたときに計上される損失のことを言います。
図表8は日テレの2020年3月期と2020年9月期の代表的な資産を比較したものです。これを見ると、とりわけ無形固定資産が大きく減少していることが分かります。
(出所)日本テレビホールディングス 2021年3月期第2四半期 四半期報告書より筆者作成。
次に減損損失の内訳を確認してみましょう。有価証券報告書にその詳細が記載されています(図表9)。
(出所)日本テレビホールディングス 2021年3月期第2四半期 四半期報告書より筆者作成。
図表9にある損失はみな、過去に投資した資産の回収が見込めなくなったために見積もられた減損損失で、すべて生活・健康関連事業に起因するものです。
では、その正体とはいったい何なのか——。
日テレにおける生活・健康関連事業とはすなわち、総合スポーツクラブ事業のこと。その事業内容は、実は総合型スポーツクラブ「ティップネス」です。
「なぜ日テレがティップネスを?」と驚いた方も多いのではないでしょうか。
ティップネスといえば業界で5本の指に入る大手フィットネスクラブです。そのティップネスの株式を、日テレは2014年12月にサントリーホールディングスと丸紅から譲り受け、100%子会社にしていたのです。
フィットネスクラブの儲けの構造は飲食店と似ている
コロナの影響でフィットネス業界全体の稼働が減り、会員数を大きく落としていることはみなさんもよくご存知でしょう。
フィットネスクラブの運営には大きな場所の確保が必要です。これはつまり、多額の家賃が発生することを意味します。コロナの影響で会員数が減少すれば売上は減る一方、家賃等の固定費は発生し続けるので、赤字体質になりやすいのです。
この構造は飲食店なども同様です。ただし一般的な飲食店と比べると、フィットネスクラブのほうが借りている床面積は格段に広い。25メートルプールを用意するだけで多くの家賃が発生することは想像に難くありません。
もちろん、自前でビルを持てば家賃は発生しませんが、ビルを購入するために銀行から借入れを行えば、今度は借入金の元本と金利を払わなければいけません。要するに、自社ビルだろうが賃貸だろうが、不動産を利用するための費用は毎月発生するのです。
このように、フィットネスクラブというのは損益分岐点(利益が生まれる水準である売上高)が高い構造だと言えます。
損益分岐点が高いというのはなかなか厄介なものです。利益を確保する水準まで売上を上げられなければ、キャッシュアウトが続いて経営の継続が危うくなってしまうからです。
ここで日テレの話に戻りましょう。
2021年3月期の第2四半期、日テレの生活・健康関連事業は45億円の赤字を計上しました。これだけなら、メディア・コンテンツ事業が稼いだ121億円の利益で吸収できますから、黒字はキープできたはずです。
(出所)日本テレビホールディングス 2021年3月期第2四半期 四半期報告書より筆者作成。
今回、日テレが第2四半期ベースで赤字になったのは、生活・健康関連事業の赤字に加えて、特別損失で164億円もの減損損失を計上したためです。日テレの減損損失の内訳をもう一度見てみましょう(図表12)。
(出所)日本テレビホールディングス 2021年3月期第2四半期 四半期報告書より筆者作成。
事業用資産である建物、構築物、機械装置、リース資産などについては、「収益が見込めなくなったから価値を減損させる」というのはイメージしやすいですよね。
では、無形固定資産に記載されている「のれん」とはいったい何なのでしょうか?
これについては、次回詳しくお話しすることにします。
※1 テレビCMの広告には、大きく分けると「タイムCM」と「スポットCM」の2種類があります。タイムCMとは、広告主が個別の番組を提供し、その番組におけるCM枠内で放送される広告です。もう1つのスポットCMは、番組に関係なくテレビ局が定める時間に挿入されるCM枠のことを言います。タイムCMとは違い、番組を指定することはできませんが、期間や予算を柔軟に設定できます。今回はコロナの影響により広告主によるこのスポットCMのニーズが激減し、結果としてテレビ業界の業績も大きく落ち込みました。
※2 三冠王とは、ゴールデン(19~22時)、プライム(19~23時)、そして全日(6~24時)すべての時間帯の平均視聴率でトップを獲得することを言います。
※3 特別損益とは定常的に発生するものではなく、臨時的に計上される損益です。具体的には、固定資産の売却損益、転売以外の目的で取得した有価証券の売却損益、そして災害等による損益が挙げられます。なお、臨時的、偶発的に発生した損失でも、金額の僅少なものや毎期経常的に発生するものは、経常損益に含めることが可能です。今回は特別損益においても、臨時的特別的に発生した損失として、新型コロナウイルスによる損失や固定資産売却損等を計上しています。
※4 この連載でも、レナウンを取り上げた第15回や、ドラマ『半沢直樹』を取り上げた第27回では売掛金や貸付金の貸倒引当金について扱いました。また、ソフトバンクグループを取り上げた第13回では、有価証券の評価損について解説しました。
※次回は12月2日(水)の公開を予定しています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。