コロナの影響を受けるテレビ業界では、各社ともスポット広告収入が大きく減り、軒並み苦戦を強いられています。
特に“視聴率三冠王”の日本テレビホールディングス(以下、日テレ)は、このコロナ禍であっても経常利益ベースでは112億円と民放5局の中で最も稼いでいるにもかかわらず、2021年3月期第2四半期の当期純利益では57億円もの赤字を計上する結果となりました。
前回は、日テレが四半期ベースで「経常利益から当期純利益に至るまでの間で170億円ものマイナスを計上しているのはなぜなのか?」という疑問に迫り、主な要因が2つあることまでを突き止めました。
1つめの要因は、生活・健康関連事業が計上した45億円の赤字。これは、日テレの100%子会社であるフィットネスクラブ大手「ティップネス」の会員数がコロナ禍で減少したことが主因です。
(出所)日本テレビホールディングス 2021年3月期第2四半期 四半期報告書より筆者作成。
そして2つめの要因は、特別損失で164億円もの減損損失を計上したこと。生活・健康関連事業が悪化したため、過去に行った投資の回収が見込めなくなり、日テレは減損損失を計上せざるを得なくなったのです(図表2参照)。
(出所)日本テレビホールディングス 2021年3月期第2四半期 四半期報告書より筆者作成。
建物や機械装置などの有形固定資産については、「収益が見込めなくなったから価値を減損させる」というのはイメージしやすいものの、無形固定資産に記載されている「のれん」とはいったい何なのか……これが、前回残った疑問でした。
「のれん」と言えば、2017年に東芝や日本郵政が巨額の損失を出した時にも話題になったことをご記憶の方もいるかもしれません。
そこで本稿では、この「のれん」について詳しく考えていくことにしましょう。
のれんはM&Aをした際に発生する勘定
無形固定資産とは、有形固定資産とは違い、物的な実態が存在しない資産のことを言います(※1)。「のれん」もそういった無形固定資産のひとつです。
「のれん」と聞くと居酒屋に入るときにくぐるのれんを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、実はこれ、れっきとした会計用語でもあります。
「のれん分け」という言葉があるように、元々のれんという言葉は店の格式や信用という意味でも使われます。ここから派生して、会計用語としての「のれん」は、企業を買収した際の金額と、買収される会社の純資産の時価との差額を指します。のれんは無形固定資産として認識され、買収企業のB/Sに計上されます。
「会社の値段」は4種類ある
さて、ここでクイズです。企業を買収する際に参考にすべき「会社の値段」は、財務諸表のどこに書かれているでしょうか?
資産が会社の値段と思われるかもしれませんが、企業を買収するのに必要な金額は資産の総額ではありません(※2)。
本連載ではこれまで、コロワイドによる大戸屋ホールディングスの敵対的買収やNTTによるNTTドコモの完全子会社化などの事例を取り上げました。これらの回をお読みいただいた方はご記憶だと思いますが、企業を買収するのに必要なことは「株式を取得すること」。そして、株式の会計上の価値(=簿価)が書かれている場所は、B/Sの右下にある「純資産」です。
さて、会計の基本という意味では「会社の値段=B/Sの純資産」という理解で十分なのですが、企業の買収を考える際にはさらに踏み込んだ理解が必要です。ここで覚えていただきたいのは、「会社の値段」には実はもう3種類、つまり合計4種類あるということです。
買収を検討する際はたいてい、投資銀行などM&Aのアドバイザリー会社に依頼して被買収企業の価値を算定してもらいます。手順はこうです。まず「資産」と「負債」のそれぞれの時価を計算します。こうして算出された資産(時価)から負債(時価)を引くことで、純資産(時価)が計算されます。これが2つめの「会社の値段」。
筆者作成
なぜこのような計算をするのかは、例えば土地という資産を考えてみれば分かります。買収しようとしている企業が、50年前に1億円で買った土地を所有しているとします。この土地はその後値上がりし、現在の時価は10億円になっているとしましょう。
有価証券とは違い、土地は取得原価のままB/Sの資産に計上されます。そのため、資産と負債の差額である純資産も、あくまで取得時の1億円をベースに計算されています。でも買収する際には、この純資産に9億円を上乗せしてしかるべきですよね。なぜなら、その会社を買収した直後にその土地を売れば、9億円の利益が出るからです。買い物をするときはその時点での時価がベースになる、という比較的シンプルな話です。
3つめの「会社の値段」は、“買い値”のことです。
企業を買収しようというとき、純資産の時価はすぐに算出できないとしても、仮にB/Sに記載されている純資産の簿価どおりの金額で買収できれば話は簡単です。
ですが実際には、純資産の簿価、純資産の時価、そして買い手企業が提示する“買い値”はそれぞれ異なることが一般的です。というのも、買収企業は多くの場合、プレミアム(連載第21回参照)を上乗せして買収する必要があるからです。この、買い手企業が提示する“買い値”が3つめの会社の値段です。
筆者作成
このようにしてはじき出される3つめの会社の値段は、株式市場で評価される、いわゆる時価総額とは厳密には別物です。時価総額は市場が評価した金額ですが、“買い値”は買い手企業が市場とは異なる目線で価値を見出して評価する金額だからです。
これら3つに加えて、株式市場で評価される「時価総額」、これが4つめの会社の値段です。
筆者作成
以上の4つはいずれも会社の値段を示したものですが、数字としてはいずれも異なるものです。おさらいすると、企業の値段である純資産には以下の4種類の価格が存在することになります。
- B/S上の簿価
- 上記(1)を時価に評価し直した純資産
- 買収企業の買取価額(買収企業が提示する株価×発行済み株式総数)
- 株式市場で評価される時価総額(株式市場の株価×発行済み株式総数)※3
図中「(2)時価」については、外部のフィナンシャルアドバイザーが算定する企業価値評価が参考にされることが多い(連載第29回の図表8を参照)。
筆者作成
この“一物四価”の純資産における(2)と(3)の差額、つまり、買取価額から時価を引いたものが「のれん」の正体です(※4)。
のれんという概念は、会計に比較的慣れ親しんでいる人でも理解に手こずる場合があります。原因のひとつは、上場企業なら(1)と(4)は公開情報であるものの、(2)と(3)は必ずしも公開されていないから。要するに、のれんを計算するのは簡単なことではないのです。
買収すると財務諸表はどう変化する?
では簡単な例として、A社がB社を買収する状況を考えてみましょう。
B社は資産の総額が100、純資産は30(※5)です。この純資産30に対して、A社は20を上乗せし、50でB社の株式を取得したとします。
このとき、B社を買収した後のA社の連結財務諸表はどのように変化するでしょうか?(なお、ここでは単純化のためA社とB社間での内部取引はないものと仮定します)
B社買収後のA社の連結財務諸表では、まずA社とB社の資産、負債、純資産をそれぞれ合計します。借方の資産は300(200+100)。貸方は、負債(70+140)と純資産(60+30)で合計300となります。ここまではとてもシンプルですね(図表5)。
ただし、B/Sの数字を合体させたら終わりではありません。買収によって親子関係になったA社とB社は、連結財務諸表ではひとつの企業とみなされるため、ここからさらに一手間かける必要があります。
A社は、B社の株式50を資産として保有すると同時に、B社の純資産30も純資産に計上しました。が、A社はB社の純資産の価値に対して投資していることになるため、A社のB社に対する「投資」と、B社の「資本(純資産)」は、実質的には同じものですよね。そのため、重複して計上されているこれらの投資と資本は、相殺されるというルールになっています。
でも困りましたね、「相殺する」といっても借方は50、貸方は30ですから、借方に20余ってしまいます。
そこで会計では、買収価格50における純資産(時価)30を超えるこの超過分20を「のれん」として無形資産に計上します(図表6)。
結果、「資産」では株式50のうち30が相殺され、20がのれんとしてB/Sに残って、合計270となります。そして「純資産」は30が相殺消去されて親会社の純資産60のみが残ります。よって、連結財務諸表の純資産は60となり、最終的に資産、負債+純資産ともに270となります。
筆者作成
のれんとは買収におけるプレミアムを反映したもの
このように、純資産の時価、買収金額を経て、のれんが計上されます。
のれんとはつまり、プレミアムを上乗せして購入した株式の価値の一部のことで、「超過収益力」とも言えます。
日テレがフィットネスクラブ事業に参入するうえでは、日テレがゼロからフィットネスクラブを立ち上げるよりも、「ティップネス」という業界大手の「のれん」を抱えている株式会社ティップネスを買収したほうが有利ですよね。知名度のあるティップネスという「のれん」があることで、他のフィットネスクラブよりも事業を有利に進められる可能性が高まるわけですから。
簿価を超える価格はまさに、ティップネスという看板としてののれん(超過収益力)を反映したものです。この価値が、無形資産ののれんとして2020年9月までは81億円、日テレのB/Sに計上されていたということです。
では、日テレはティップネスを買収した際、純資産の簿価に対していくらの対価を支払ったのでしょうか? そして、それは妥当な買い物だったと言えるのか? これについては次回詳しく見ていくことにしましょう。
※1 日本の企業会計原則では、「営業権、特許権、地上権、商標権等は、無形固定資産に属するものとする」と言及されていますが、無形資産の一般的な定義は記載されていません。国際会計基準では、IAS第38号において、無形資産は「物理的実態のない識別可能な非貨幣性資産」と定義されています。また、米国会計基準では「物理的実質を書く資産(金融資産を除く)」となっています。
※2 企業が将来生み出すと予想されるキャッシュフローの現在価値から計算される「企業価値」という概念も存在します。会社全体の価値という点で、ある意味総資産の時価ともいえるこの企業価値を会社の値段と考える場合もあります。しかし、買収に必要なのは純資産に該当する価値であるため、ここでは会社の値段は「純資産」としています。なお、企業価値に対応する形で、「純資産」のことを「株主価値」と表現することもあります。
※3 この(4)時価総額と(1)の簿価の比率、すなわち(4)/(1)が、連載第3回で解説したPBRになります。
※4 ここでの事例は、買収額>純資産(時価)を前提に話を進めていますが、買収額<純資産(時価)となった場合は、「負ののれん」として、差額が一括で利益計上されることになります。
※5 ここでの資産、負債、純資産は、財務諸表に記載されている簿価ではなく、時価とします。企業を買収し、連結決算においてのれんを計上する際には、被買収企業のB/Sをそのまま使うのではなく、すべて時価に計算し直されます。例えば、被買収企業が保有している資産(例えば土地)の中には取得時の価額(簿価)のまま評価されているものもありますが、これらはすべてに時価に計算し直されます。ここでの説明に、簿価という概念を入れると複雑になるため、以降では資産と負債はすべて時価と仮定しています。
※次回は12月4日(金)に公開予定です。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。