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米大統領選ではバイデン氏の勝利が確実となったが、トランプ大統領は来年1月の任期切れまで、駆け込みで中国企業に対する制裁を繰り出す姿勢を見せ、米中貿易戦争の方向性はなお混とんとしている。
貿易戦争の象徴的存在である中国通信機器大手のファーウェイ(華為技術)は、米政府による輸出規制強化で高性能半導体調達の道を閉ざされ、主力のスマートフォンや高速通信規格「5G」事業に多大な影響が出ているが、同社関係者は「2020年は規制発動前に部品を大量購入しており在庫でしのぐ。規制が効いてくるのは2021年」と話した。
バイデン政権に移行しても、中国企業への締め付け自体は続くと見る同社は、スマホの低価格帯ブランド「HONOR(オナー)」の事業売却や新規事業への投資によって越冬準備を本格化している。
サブブランドを1兆6000億円で売却
ファーウェイのサブブランド「HONOR」は、コストパフォーマンスが高い中低価格端末を販売し、中国や新興国で人気がある。
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11月17日、ファーウェイは傘下ブランドHONORの事業売却を発表した。売却額は非公表だが、現地報道によると約1000億元(約1兆6000億円)に上る見込み。
2007年にアップルがスマートフォン「iPhone」を発表し、携帯電話・インターネット業界に革命を起こすと、中国企業も次々にスマホ製造に乗り出した。
ファーウェイやXiaomi(小米科技)もスマホを手掛けるようになり、2010年前後は国内消費者向けに低価格・低機能端末を展開していた。その後、ファーウェイは徐々にハイエンド製品にシフトし、欧州などでシェアを広げていったが、中国や新興国では中低価格端末への需要が大きく、2013年にサブブランドHONORを立ち上げた。ファーウェイによると2020年までの7年間で同ブランドスマホの販売台数は計7000万台以上という。
コスパのよいローエンドスマホとして人気があったHONOR売却について、ファーウェイは「必要な部品の継続的な調達が難しくなり、コンシューマー事業が苦境にある中で、HONORブランドや販売網を存続させるため」と説明した。
事業の売却先はファーウェイの販売代理店30数社が事業買収のために立ち上げた企業「智信新信息技術有限公司」。ファーウェイ自身は売却先の株式を所有せず、経営にも携わらないと表明した。
ファーウェイの任正非総裁は11月下旬、社内イントラネット「心声社区」に以下の文章を投稿した。
「アメリカによる厳しい制裁下でファーウェイはようやく理解した。一部の政治家は我々を正そうとするのではなく、殺そうとしているのだと。170カ国の販売代理店も同じ苦しみを味わっており、HONORの切り離しは代理店を生かすためのものだ」
「HONORにはファーウェイにとって最強のライバルになり、ファーウェイを超え、倒すくらいの存在になってほしい。離婚した後は未練を持たず、それぞれの目標を実現するために奮闘する」
サムスンに引き離され迫るXiaomi
四半期ごとのスマホメーカーのグローバルシェアの推移。ファーウェイ(赤)は2020年4-6月に世界トップになったが、7-9月は急失速した。
counterpoint
トランプ政権は2019年5月、ファーウェイへの禁輸措置を発動した。2020年9月にはアメリカ製でなくても「アメリカ製の半導体製造装置や設計ソフトウェア」を使ってつくる半導体について、ファーウェイへの輸出を禁止した。ファーウェイは高性能半導体の製造を台湾積体電路製造(TSMC)など台湾大手メーカーに委託していたが、これらにも規制の網がかかった。
高性能半導体が調達できないと、5G基地局、スマホ製造の双方に支障が出る。ファーウェイの2020年4-6月の販売台数はコロナ禍からいち早く回復した中国市場で健闘し、サムスンを抜いて世界首位となったが、7-9月は調査会社数社の調査でいずれも出荷台数が20%以上落ち込んだ。トップのサムスンには大きく引き離され、アップルを抜いて3位に浮上したXiaomiに肉薄されている。
ファーウェイのスマホは2019年秋以降、規制によってグーグル・モバイル・サービス(GMS)を搭載できなくなった。買い替え時期を迎えたアンドロイド端末ユーザーが、サムスンやXiaomiに流れていることがうかがえる。
ファーウェイの通信機器やスマホには日本企業の部品も多く使われており、2019年の日本からの調達額は1兆円を超えた。スマホ販売が失速する中、2020年の増減が気になるところだが、同社関係者は「2020年は在庫確保の駆け込み購買で、日本からの調達は前年並みか増える可能性がある。ただ、スマホの販売が縮むと調達も当然減るので、2021年は落ち込む公算が大きい」と明かした。
コネクテッドカーに500億円投資
ファーウェイはAIやクラウド技術を使ったコネクテッドカー事業に巨額の投資を行っている。
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ファーウェイはスマホだけでなく、世界首位の5Gでも逆風にさらされている。1年前、ファーウェイの5G網排除を明確にしていたのは、アメリカ、オーストラリア、日本など一部の国にとどまったが、2020年に新型コロナが拡大し対中感情が悪化すると、イギリスやフランスもファーウェイ排除に転じた。
2大セグメントへの逆風が強まる中、ファーウェイが狙いを定めたのがインターネットにつながる自動車「コネクテッドカー」だ。
同社は2019年5月、コネクテッドカーソリューションを手掛けるビジネスユニット(BU)を設立した。国内自動車メーカーにネットにつながるコネクテッドシートやコネクテッドハンドルの供給を目指し、業界団体も立ち上げた。
ファーウェイ輪番会長の徐直軍(エリック・シュー)氏は2020年9月、同年だけでコネクテッドカー事業に5億ドル(約500億円)を投資したと明らかにし、11月には同BUを従来のICT事業管理委員会から、スマホなどを管轄するコンシューマー事業管理委員会に移管した。将来的にはコネクテッドカーBUをコンシューマービジネスグループに統合する方向で、スマホの落ち込みを埋める役割が期待されていることが分かる。
自動車市場の回復と、新興EVメーカーの成長が顕著な中国では、2020年後半以降、配車サービスDiDi(滴滴出行)がBYDと組んで自動運転車製造に乗り出したり、アリババが大手メーカーの上海汽車、上海の自治体と連携し、自動車分野に参入すると発表するなど、メガITの参入が活発化している。
ファーウェイのコネクテッドカーBUが消費者向けの事業部門に移管されたことで、同社が自動車製造に乗り出すとの観測も浮上しているが、外部を刺激したくないのか、11月下旬には任正非総裁の署名で、「自動車メーカーには参入しない。ICT技術を結集して自動車メーカーをサポートし、部品を供給することが目的だ。製造を手掛けると発言した社員については、会社からの追放も辞さない」というメッセージが発せられた。
「来春には方向性出てほしい」
ファーウェイの孟晩舟副会長兼CFOがカナダで拘束されて2年。身柄を巡る審理は新型コロナ拡大の影響で長期化している。
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バイデン政権、そしてカナダで2018年12月に拘束された孟晩舟副会長兼CFOのアメリカへの引き渡し審理の動向がはっきりしない中で、ファーウェイは長期戦を意識した戦略調整を図っている。ただ、事業を単純に切り離しているわけでもないようだ。
ファーウェイは事業売却したHONORの経営に関与しないとしているが、実際には新会社のトップや取締役には、ファーウェイの幹部が就任しており、「状況が好転したら、買い戻すのではないか」(同社関係者)との指摘もある。
孟副会長の審理は2021年春には判決が出る見込みで、その頃にはバイデン政権の米中貿易に対する方向性も見えているだろう。2021年が経営の正念場になることを覚悟しつつ、ファーウェイ関係者は「今は耐えるしかないが、来年3~4月には、もう少し積極的な情報発信ができるのではないか」と話している。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。