前回、「個性は『型』を身に付けて初めて伸びるもの」という佐藤優さんの言葉に、はっとさせられたシマオ。無理に「個性的」になる必要はないと言われ、安心したシマオだったが、佐藤さんは「だからといって、そのまま何もしなくてもいい訳ではない」と話を続ける。
仕事で求められる「個性」とは?
シマオ:この間、佐藤さんに「無理に個性を伸ばす必要なんてない」と言っていただいたおかげで、なんだか心がラクになった気がしています。
佐藤さん:それはよかったですね。ただ、勘違いしないでほしいのは「単にそのままの自分でいい」と言った訳ではないことです。シマオ君くらいの若者は、まだ型にはまることで得られることがたくさんあるはずです。
シマオ:はい。「個性は必要ない」のと「何をしなくてもいい」というのはまったく違いますものね。
佐藤さん:そうです。外見や付け焼き刃で固めた個性は必要ありません。しかし、仕事をする上で、「確固たる自分の存在意義」を認めてもらうことは、大変重要です。仕事とそういう意味での個性というのは密接に関係していますからね。
シマオ:個性は必要なくとも、自分の存在意義は仕事で必要ということですね。企業に勤めていると、分業ばかりで、ついそのことを忘れがちですが、確かに「シマオだから任せたい」とか言われると嬉しいな。
そう考えると、仕事における個性というのは、どうやって身に付いていくものなのでしょうか?
佐藤さん:もちろん、その人がもともと持っている要素はありますが、やはり職場環境によるものは大きいと思います。端的に言えば、画一的な仕事をしなければいけない職種なのか、状況によってその都度対応が迫られる職種なのか、ということです。
シマオ:いわゆるルーティン・ワークに、個性は必要ないですね。
佐藤さん:はい。工場の生産ラインで独自のやり方をされたら不良品が多発するでしょうし、スーパーの店員がお客さんによって対応を変えていたらトラブルやクレームの元になってしまうでしょう。
シマオ:その場合は、個性的であるよりも無個性の方がビジネススキルとしては高いということですか?
佐藤さん:ルーティーンワークは、マニュアルに沿ってやることに意味があります。クリティティブな仕事についている人だって、経費精算や予算作成に関しては、無個性であることが必要になってきますから。数字に個性を出されても困りますよね。
「マニュアル人間か個性的な人間かの二択ではない。マニュアルが出来て初めて個性が生まれるのです。」と「基礎」の重要性を語る佐藤さん。
シマオ:確かに、クリエイティブ系の人ってそういうところが少し雑、というか緩い人が多い気がする。
佐藤さん:注意したいのは、どちらが高度だと言っている訳ではないことです。例えば、警察や消防、自衛隊などに就職した人は、そこでの職務遂行とともに個性は消えていくでしょう。それは仕事上、指揮に従うことが優先され、独自性を求められないからです。
シマオ:ドラマみたいに勝手な行動をする刑事がたくさんいたら、組織が破綻しそうですもんね……。
佐藤さん:かといって、ただロボットのようにマニュアルに従えばいいということでもありません。
シマオ:といいますと?
佐藤さん:コンビニで、高齢者がAmazonのギフトカードを10万円分購入しようとしていたら、どう思いますか?
シマオ:おかしいですよね。
佐藤さん:マニュアル通りに売ったからといって、その店員を責めることはできませんが、それは詐欺ではないかと疑って声かけをしてみる。そういった例外が求められる場面は、どんな仕事でもあるでしょう。仕事で求められる個性とは、「マニュアルが優先されない状況における機転や発想」のことなんですよ。
現代にはびこる「ショートカット思考」
シマオ:それくらいならできそうだな、と思うんですけど、いざ実務の中で個性を出そうとしても、そんなタイミングあまりないような。
佐藤さん:それは、型ができていないからですよ。どんな仕事でも、マニュアル化できる標準的な仕事があります。そのマニュアルを自信をもってこなしていくことで、個性を出す機会は自ずと出てくるのです。仕事の基本ができていない人に、個性が必要な仕事を振ろうと思いますか?
シマオ:それはそうですよね……。つまらないと思わずにきちんと実務をこなしていきます。しかし、標準的な仕事だけで会社に認めてもらえるか不安でもあったり。
佐藤さん:それがこの間も言ったように、オンリーワン・シンドロームということなんですよ。会社が求めているのは、まずは標準的なやり方で仕事をこなすことです。それができて初めて、創造性のある仕事に取り掛かることができるんです。
シマオ:確かに……。どうも早く他の人と違う結果を出さなきゃと思ってしまうんですよね。
佐藤さん:現代は手っ取り早く結論を得たいという「ショートカット思考」がはびこっていますからね。個性が出てくるまでには時間がかかるものだということを、ビジネスパーソンも会社の側も認識しておくことが大切です。
シマオ:20代で突出した個性を出そうなんて甘いということですね。
佐藤さん:年齢は関係ありません。むしろ自分がどの程度のスキルを身に付けているかを自覚することが重要です。例えば、国際関係やビジネスで個性的な仕事をしたいと思ったら、まずやるべきことは英語力をつけること。英検準1級やTOEIC850点、TOEFL iBT80点以上を目指す。その前に個性的なことを言おうとしても、国際ビジネスの舞台では通用しません。
シマオ:まずは基礎力をつけろと、佐藤さんは繰り返しおっしゃっていますね。
佐藤さん:単純に英語で注文を伝えるだけなら「ツー・モカ、エキストラホット」みたいに単語をつなげるだけで十分です。でも、自分ならではの仕事をしたいなら、文法や作文の力が必要になります。
シマオ:他の仕事でも「文法」のようなベースを固めることが大切だと。
佐藤さん:はい、その通りです。
型から抜け出すために必要なこと
シマオ:まずは型にはまることが大事ということですけど、あまり型通りにやっていると、その型から抜け出せなくなっちゃいませんか……?
佐藤さん:それは、型を身に付けるまでにかかる時間によりますね。ひとつの基準は3年、弁護士のような高度専門職でも5年です。そのくらいで型を身につけられないとしたら、そもそもその仕事への適性がないということです。
シマオ:3年か……僕は身についているのか不安だな……。
佐藤さん:もちろん、3年で一流選手になれという訳ではありませんよ。仕事の基本動作をできていれば十分です。
シマオ:それなら、なんとか……。
佐藤さん:型を身につけた後で個性を伸ばしたいのであれば、どういう場所で仕事をするかも重要になってきます。
シマオ:個性を伸ばしやすい職場があるんですか?
佐藤さん:さっきも言ったように、個性が求められる仕事とそうでない仕事があります。だから個性を伸ばしていくには、個性が発揮できる場所を与えられることが大切になってきます。
シマオ:例えば、どんな感じでしょう?
佐藤さん:家電量販店の中には値引き交渉ができるところがありますよね。そこがコンビニなどとは違って、個性を発揮できる裁量を与えられているということです。シマオ君が家電量販店の店員だったとして、お客さんに別の店のほうが安いと言われたらどうしますか?
シマオ:えっと……。自分の店で買ってもらいたいから、その店と同じくらいまで値引きするでしょうか。
佐藤さん:単純に現金値引きしてしまうと、予定していた利益が得られなくなってしまう訳ですけど、それでいいですか?
シマオ:あっ! ポイント還元を増やすとか?
佐藤さん:そうです。ポイント還元なら、入ってくる現金を減らすこともないし、もう一度そのお客さんがお店に来てくれる可能性が高まりますよね。そういうところで仕事の個性を発揮することができる。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:ものすごくシンプルな例えですが、自分のいる会社が、そういう場所を与えてくれるかどうかはとても重要になってきます。小さい会社だったり、部署の中で人事が滞留しているようなところでは、いくら待ってもそういうポジションが与えられない可能性があるので注意が必要です。
シマオ:そういう場合には、いる場所を変えることも選択肢になる訳ですね。
佐藤さん:はい。まずは型を身に付ける。そしてその後、個性を発揮したいと思ったら、そこで初めて「環境」を見直すことをしてみてください。「型」は自分の「自信」を築く土台。それがしっかりしていれば、どこを選んでもやっていけますが、個性が伸ばしやすい場所とそうでない場所は見分けないといけません。
※本連載の第44回は、12月9日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)