「個性」は仕事の「型」を身に付けた後に生まれるもの。佐藤優さんは繰り返し基本を行うことの重要性をシマオに説く。「個性」を発揮するために、必要なものは「型」。そして「環境」も重要な要素となってくるらしい。
「では、今の会社は、僕の個性をきちんと伸ばせる場所なのか?」。そう疑問に思ったシマオは佐藤さんに尋ねた。
個性を伸ばせる職場の見分け方
シマオ:前回のお話では、個性を伸ばしたいなら、それができる職場を選ぶことが大切だと言うことでしたね。
佐藤さん:はい。
シマオ:そういうのを見分ける方法ってあるんでしょうか? やっぱり個性的な人を求めている職場がよいんですよね。
佐藤さん:それが、まったく逆なんですよ。
シマオ:逆?
佐藤さん:個性をことさらに重要視する職場は、はっきり言ってマニュアル主義的な風土を持っているか、そういう人が多いところですよ。なぜなら、個性が必要だと言われるということは、現状、個性がなくても回っているということですから。
シマオ:確かに……。佐藤さんのいた官僚の世界は、どうだったんですか?
佐藤さん:官僚機構やお役所仕事と言うと、融通の利かないことの代名詞のように思われていますよね。もちろん、窓口など手続き仕事ではそういう面もあるのですが、いわゆる官僚、つまり総合職に関しては、逆に個性の固まりみたいな人たちの集まりです。
シマオ:佐藤さんみたいな人がたくさんいるとしたら、すごそう……。
佐藤さん:特にキャリア組は、良くも悪くも自分が一番できると思っているようなクセの強い人たちが多いですから。だからこそ、霞が関では「チームワークが大事」なんて言われる訳です。
シマオ:個性が強い人たちの集まった組織ほど、チームワークを強調している、と。
佐藤さん:例えば、テレビ局や新聞社なども個性の強い人が集まりますから、個人プレーではなくチームワークが強調されます。反対に、重厚長大の大企業ではもともと協調性の高い人が多いので、個性の発揮が叫ばれるという訳です。
シマオ:僕の会社でも、より自分らしさや創造性を発揮する職場環境を作るにはどうすればいいか、なんて会議をしています。
佐藤さん:それは実際にシマオ君の会社が、本当の意味で個性的な人を求めてこなかったからです。そうした会議を重ねることで個性が生まれてくると思いますか? マニュアルで作られたような個性は、本当の個性ではないですよね。個性というのは、放っておいても溢れてきてしまうようなものなんです。
シマオ:職場環境を整えないと、生まれてこない創造性なんてイノベーションにはほぼ遠いってことですかね。
佐藤さん:伝統的な日本企業ほど、「個性」「多様性」を謳っていますが、そんなことをこれまで重要視してこなかったから、今になって急に方向転換しているのです。しかし、組織の文化を変えることは、非常に難しい。カルロス・ゴーンが日産に入っても、結局企業文化を変えることはできなかった。そういうことです。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:だいたい、考えてみてほしいのですが、採用をしている面接官自体にそんなに個性があると思いますか?
シマオ:まあ、そうでもないですね。
佐藤さん:そうなんです。だから、就職で求められる個性なんて、マニュアル対応でどうにでもなるタイプの個性です。そんなもののために、貴重な時間を使うのはもったいない。むしろ、大学の勉強をちゃんとやっている方が、ずっと本当の個性につながります。
自分に合う会社なんて、存在しない?
シマオ:個性がなくとも、「今の自分」に合う会社ってどうしたら見つかるんですかね?
佐藤さん:それについては結論が出ていて、自分に合った会社に入れる人なんていません。
シマオ:えっ、そんな……。
佐藤さん:だって、そうでしょう。社会に出るまで、自分がどういう仕事に向いているかが分かっている人なんて一人もいませんよ。インターンでひと月働いたくらいじゃ、適性なんて分かる訳がありません。
シマオ:とりあえず働いてみるしかない、と。じゃあ、就職先の選択って博打みたいなものなんですか?
佐藤さん:基本的には大学くらいまでに分かる個性と職業の選択は、ほとんど結びつかないと思っていいのではないでしょうか。適性は、実際に仕事をしながら見つけていくしかありません。
シマオ:とりあえず仕事してみろ、と。
佐藤さん:もちろん、自分の興味にしたがって入る業界を決めるのは構いませんよ。ただ、好きと適性は別だということは認識しておいたほうがいいでしょう。あと、医者などの専門職は医学部に入るしかないから、最初から決めていくしかありません。
シマオ:しかし就職試験の時って、エントリーシートや面接で自分らしさを問われるから、「自己分析」をして、自分の適性と近い業種を選びますよね。
佐藤さん:そんなことをする必要はないですよ。活発で創造的な人間だから企画職、地道にコツコツするのが好きだから事務職。人間ってそんなに単純なものだと思いますか? 学生時代の性格がそのまま仕事の場で役立つというのは少し無理があるように感じます。
シマオ:今となっては、あの自己分析が合ってたのかさえも分からないな。
佐藤さん:それよりも、とりあえず仕事をすることです。仕事を続けていく上で、見えることが出てくるはずなんです。仕事もする前から、「自分の個性とは、自分の適性とは」と考えているのは時間の無駄です。いつまでも「俺はまだ本気出してないだけ」の人ほど使えないものはない訳です。
シマオ:う……(痛)。
声の大きい人に負けてしまうのはなぜか
シマオ:僕自身は会社で「自分」というものを発揮したいなと思いつつも、目立つことで周りから叩かれたりしたら嫌だな、と思うんですよね。それで、いつも大きな声の人に負けている気がして……。
佐藤さん:厳しいことを言いますが、それはまだシマオ君の実力が十分でないということですよね。
シマオ:そんなズバッと言わないでください(泣)。
佐藤さん:もし、その人が声が大きいだけで、実際に利益を上げていなければ、会社の中で意見が通ることはなくなりますよね。逆に、シマオ君が実績を上げていれば、どんなに小さな声であっても通るはずです。
シマオ:それが営利企業の論理ですものね……。
佐藤さん:もちろん、上に気に入られている人の意見が通りやすいといったことは多かれ少なかれありますが、利益を上げる以上の武器はないでしょう。
シマオ:実績を挙げられるよう、頑張ります。
佐藤さん:能力と個性は別の話です。個性があるからといって利益を上げられる訳ではありません。ちゃんと会社に利益をもたらす能力があって、仕事の自信がついていけば、個性なんてものは、おのずとついてくるはずです。逆はありません。
「資本主義社会において、仕事ができるとは利益を生むと同義語です。」と言い切る佐藤さん。
シマオ:個性だけあって能力がない人は、単に変わった人になってしまいますね。
佐藤さん:逆に考えてみれば、ある程度のレベルの仕事になったら、人と同じことをしていたら、先人には永久に勝てません。つまり、自分や会社にとって何が利益かを考えることで、仕事の上での個性はどこかで見つかるんです。
シマオ:ちゃんと仕事をしていれば、没個性になることなんてないんですね。
佐藤さん:企業が個性を出しなさいと言う時には、その裏にある意図を読むことが大切です。なぜなら会社が従業員の管理を強化するために言っていることがあるからです。
シマオ:どういうことですか?
佐藤さん:つまり、「個性」という定量化できないような指標を用いることで、上司が部下を恣意的に管理できるようなるんです。売上や英語の点数などといった定量的な指標は、誰が見ても分かるから、上司の裁量権が及びにくい。だから、「個性」という上司が判断できる要素を入れる訳です。
シマオ:それはひどい。
佐藤さん:シマオ君たち若い人は、個性の名を騙った、そうした差異をつけていくゲームに巻き込まれないことが大切です。
シマオ:そのためにはどうすればいいんでしょうか?
佐藤さん:何度も言うように「個性がない」という問題は存在しません。だから、そこで悩む必要もないんです。若い人たちは自信がないことが多いから、まず自分の陣地をつくることが大事で、そのためには型を身につけることから始める。「守破離」の道をたどるのは、武道・芸事も仕事も同じなんです。
※本連載の第45回は、12月16日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)