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30年後の地球を想像すると、何が思い浮かぶだろうか。
2050年にはサハラ以南のアフリカ、南アジア、中南米において、気候変動が原因で約1億4300万人が避難や移住をせざるを得なくなると、予想されている。
気候変動による海面上昇で、水没してしまう地域や国。洪水などの災害の増加によって、移住をせざるを得ない人々。これらは遠い未来の話ではなく、筆者が60歳のときに起こる事象として、予測されている。
そして気候変動による避難や移住は、世界を見ると、既に現実となり始めている。
気候変動による避難や望まない移住
海面上昇により塩水が河川に流れ込み、海岸地域に住む人々が真水にアクセスできなくなり、移住を余儀なくされるケースが増えている。
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筆者が仕事をしているネパール西部では、近年、短期間に大雨が降ることが多くなり、洪水が頻発している。
洪水が起こると人的被害はもちろんのこと、農業への被害も深刻だ。洪水のたびに農地は浸水するうえ、大量の砂が流れ込むため、作物を生産できる土地がなくなっている。収入の減少と食糧不足により、長年住み続けた土地を離れ、移住を迫られる農家は少なくない。
バングラデシュでは、海面上昇により塩水が河川に流れ込み、海岸地域に住む人々は真水にアクセスできなくなっている。塩水では農業も営めず、都市部に移住する人が増えている。
こうした避難や移住は国内に限らない。
2013年に既に、太平洋に位置する島国、キリバスのイオアネ・テイティオタ氏は、海面の上昇により国が水没の危機に直面し、自身や家族が危険にさらされているとして、ニュージーランドに難民申請をした。さらに、海面の上昇により移住を迫られた他の地域の住民の人口が流入し、土地をめぐる争いが起きたり、安全な飲料水の入手が難しくなっている、と主張している。
ニュージーランド最高裁判所は、テイティオタ氏の申請を却下したが、国連の専門家委員会は2020年1月、気候変動の深刻な打撃を受けている国々からの難民を受け入れず、強制送還する各国政府の対応は、人権義務違反に相当する可能性があるとの見解を示している。
経済的に計算できない損失どう捉える?
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気候変動への対策としては、温室効果ガスの排出削減をする「緩和」と、被害の回避・軽減をする「適応」の2つがある。
「適応」策には、干ばつによる渇水のための灌漑の改良、増加する災害に適応するための防波堤の建設、より高温に耐えうる作物の種の開発など、各地の特性に応じた、さまざまな対策がある。しかし、「緩和」策が間に合わず、「適応」策では対応しきれない、損失や被害(Loss & Damage)をどう捉えるべきかが世界で議論が進んでいる。
例えば、洪水の被害を考えてみよう。
気候変動によって洪水の被害が深刻化していることに対して、道路や家屋を修復し、より強固なものにすれば「適応」はある程度可能だ。しかし、慢性的な洪水の被害によって、農地や住まいが浸水してしまい、移住を強いられるケースはどうだろう。
移住によってこれまでの生業を続けられなくなる、経済的な損失に加えて、洪水によって亡くなった人の命や、移住によって失われたコミュニティ、土地との文化的つながりなど、経済的価値として計算できない損失もある。
このような不可逆的で、回復しきれない気候変動による損失をどう捉え、対策を講じるべきなのか、国際交渉が行われている。
国際交渉でも注目される国家間の「格差」
日本は脱炭素を掲げているものの、取り組みの遅さが非難されてきた。
撮影:今村拓馬
重要な点は、「緩和」や「適応」によって気候変動に対応しきれない国、つまり、損失や被害(Loss & Damage)を被っている国の多くは、途上国であることだ。農業や漁業などの一次産業に頼る途上国にとって気候変動の影響は大きく、人々の生活に直結する。異常気象や水不足などの問題に対応するための資金や技術も限られている。
気候変動の脆弱性ランキング181カ国の中で、最も脆弱なトップ50カ国はすべて途上国だが、それらの国々の今日に至るまでの温室効果ガスの排出はごくわずかな量だ。途上国は、気候変動への寄与は少ないにもかかわらず、その被害は大きいともいえる。
例えば、気候変動による国内移住が既に起きているバングラデシュは、世界の温室効果ガス排出量への寄与は0.4%だが、気候変動の脆弱性は世界27位。ネパールは0.09%の寄与に対して、脆弱性は44位だ。最も脆弱とされるソマリアは、排出量への寄与のデータはないものの、微々たるものであることは確かだ。
この国家間の「格差」をどう捉えるべきか。気候変動をもたらした日本はじめ先進国には、追加的な責任があるのか。気候変動による国家間の公平性をどう担保するのかが、国際交渉でも注目されている。
国連の気候変動会議の交渉で途上国・島国は、温室効果ガスの排出に寄与してきた先進国は、自国の「緩和」策に留まらず、途上国の「適応」に対して、技術的サポートや資金の支援をすべきだと主張している。「適応」の範囲を超えた、損失や被害(Loss & Damage)については、どのような技術・資金援助が必要なのか、議論と検討を求めている。
2013年の国連の気候変動会議(COP19)では、損失や被害(Loss & Damage)を議論する「ワルシャワ国際メカニズム」が設置され、パリ協定には、このメカニズムの継続が盛り込まれた。ただこの問題は、先進国に対する責任や補償の追及へと発展する可能性があるため、調整が難航している。国際的枠組みの中で、具体的にどういうアクションやコミットメントを行っていくべきか、今も議論が続いている。
次の国連の気候変動会議(COP26)の議長国のイギリスは2020年11月、リーダーシップ・チームに新しくアン・マリー・トレベリアン氏を任命した。トレベリアン氏は就任にあたって、
「イギリスはCOP議長国として、気候変動で最も影響を受けている人々の声に耳を傾ける姿勢を、世界に示すことが重要だ。損失や被害(Loss & Damage)からファイナンスへのアクセスなど、彼らの懸念に向き合い、イギリスは世界を先導していく」
とコメントしており、損失や被害(Loss & Damage)は引き続き、2021年のCOP26でも重要なアジェンダになるだろう。
「化石賞」受賞の日本に求められている行動
2019年12月、国連の気候変動会議(COP25)で日本は化石賞を受賞した。
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前回の国連の気候変動会議(COP25)で、日本は世界の1300の環境NGOでつくるグループにより、温暖化対策に消極的な国に与えられる不名誉な「化石賞」を贈られた。世界の温室効果ガスの7割以上が二酸化炭素によるもので、二酸化炭素の排出の9割は、化石燃料に起因している。
この段階で、二酸化炭素を最も排出する石炭火力発電への積極的な方針を転換していなかった日本は、国際社会の批判の的となった。批判の背景には、日本は温室効果ガスを排出してきた先進国として特に気候変動に取り組む責務があるという考えも影響している。
専門家からは、日本は石炭を含む化石燃料や原子力エネルギーに公費を集中させ、優遇策をとってきた一方で、太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーへの取り組みが出遅れていると指摘されている。
しかし2020年10月、菅首相が所信表明演説で、「2050年温室効果ガス排出量ゼロ」を表明したことは大きな転換点となった。日本の温暖化を防ぐための「緩和」策は、世界的な気候変動の公平性の観点からも、重要な一歩だ。
温室効果ガスの9割以上がエネルギー起源である日本にとって、エネルギーの脱炭素化が、喫緊の課題だ。2021年の第6次エネルギー基本計画の見直しで、再生可能エネルギー目標を現状の22〜24%からどこまで引き上げられるか。再生可能エネルギーの大幅な導入を可能とする電力系統の仕組みの改定や拡大などの具体的支援策の導入を加速できるか。「2050年温室効果ガス排出量ゼロ」への本気度が試されている。
さらにこれまで、自国の発展のために温室効果ガスを排出し、気候変動へ寄与してきた日本としては、自国の「緩和」策のみに目を向けるのではなく、不公平な影響を受けている国々への対応をどうするべきか、国際社会の議論の場でのリーダーシップが求められている。
※記事は個人の見解で、所属組織のものではありません。
(文・大倉瑶子)
大倉瑶子:米系国際NGOのMercy Corpsで、官民学の洪水防災プロジェクト(Zurich Flood Resilience Alliance)のアジア統括。職員6000人のうち唯一の日本人として、防災や気候変動の問題に取り組む。慶應義塾大学法学部卒業、テレビ朝日報道局に勤務。東日本大震災の取材を通して、防災分野に興味を持ち、ハーバード大学大学院で公共政策修士号取得。UNICEFネパール事務所、マサチューセッツ工科大学(MIT)のUrban Risk Lab、ミャンマーの防災専門NGOを経て、現職。インドネシア・ジャカルタ在住。