アマゾンのジェフ・ベゾスCEO。
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[2021年2月3日 10:30 更新]
ジェフ・ベゾスがアマゾンのCEOを退任すると、同社が2月2日(現地時間)に発表した。
アマゾンの創業者兼CEO兼社長のベゾスは、小さなオンライン書店から始まったアマゾンを25年間で巨大小売業者へと変容させた。 今や時価総額1.7兆ドル(約170兆円)企業となったアマゾンだが、その背景には、ジェフ・ベゾスの「異常なまでの」顧客第一主義がある。
「顧客中心」を標榜していながら実態の伴わない企業が多いなか、アマゾンはいかに消費者のニーズを先取りし、製品やサービスを設計してきたのだろうか。
2011年のこと。Amazon AlexaとAmazonSmileを担当していたアマゾンの元ディレクター、イアン・マカリスター(Ian McAllister)は、新しいプログラムのアイデアを携えてジェフ・ベゾスCEOのところへ赴いた。
アマゾンにおいて、それが意味するのは、ベゾスに内部向けのプレスリリース、または消費者が直面する明らかな問題をまとめたドキュメントを提出し、その課題の解決案を説明しに行った、ということである。
もちろん、どんなアイデアでも採用される訳ではない。マカリスターによると、消費者の課題をクリアに説明できていないプレスリリースには、ベゾスから指摘が入ると言う。説得力ある問題提起ができないなら、解決する価値のある問題はそもそも存在していないのかもしれないからだ。
しかし何が問題なのかが明らかで、解決策がきちんと提示されていれば、その案が却下されることはなかったと言う。
「逆算方式」として知られるこのプロセスを踏むことで、マカリスター率いるチームはAmazonSmileを開発することができた。
一般的に、個人が慈善団体などに直接寄付しようとするといくつものステップを経なくてはならないが、AmazonSmileを使って買い物をすれば、対象となる購入金額の一部が自分の選んだ慈善団体に寄付される。しかも消費者側に費用は発生しない。買い物してよかったといい気分に浸れるのだ。
「これはジェフが本当の意味で顧客にこだわっていることを表す一つの例だと思います」とマカリスターはBusiness Insider宛のメールに書いている。
「単なるリップサービスではありません。プレスリリースは私が書いたものであれ部下が書いたものであれ、きちんと問題提起の段落を書くよう求められました。毎回ミーティングで最初に議論するのも、顧客の抱える課題でした」
顧客第一の原則については、ベゾス自身が最新の著書『Invent and Wander』(未訳)で説明している。執念とも言えるほどの顧客第一主義を掲げることで、アマゾンは消費者が毎日行う必要のある購買行動の一つひとつを予想し、対応できるようになった。
その最新の事例が2020年11月にローンチしたAmazon Pharmacyだ。処方薬を2日で配達するサービスで、Amazonプライム会員は無料で利用できる。
アマゾンの時価総額は現在1.7兆ドル。Amazonプライムの有料会員は全世界で1億5000万人を超え、従業員数は120万人だ。ベゾスはどうやってアマゾンをここまでの規模に育て上げたのだろうか。
逆算方式で発想し、未来に向けて拡大する
会議の時、ベゾスはわざと座席を空けておくことがあるが、それにも理由がある。
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アマゾンの野心溢れる挑戦がなぜこんなに成功したのか理解するには、ベゾスが執着する顧客第一主義を深掘りしてみるといい。アマゾンの戦略の中心には、常に顧客のニーズや問題への対応があるからだ。
「顧客第一で考えていれば、顧客を満足させる方法は見つかるものです」。ハーバード・ビジネススクールのスニル・グプタ教授(企業経営論)は、最近「IdeaCast」というポッドキャスト番組でそう発言した。
「顧客のニーズから逆算して、今は持っていない新しいスキルを開発する必要があるなら、ただやればいいんですよ」
グプタが言うには、ほとんどの企業は「顧客中心モデル」を標榜してはいるものの、実際のところは自社のオファリング(商品やサービス)を拡大することに注力してばかりで、顧客の身になって考えられていないと言う。
グプタが例として挙げるのは、そもそもガソリンスタンドに行きたくない顧客のことなど気にもかけず、ガソリンスタンドを新設するガソリン会社だ。
それに比べ、アマゾンの顧客第一主義は突き抜けている。例えば会議の時、ベゾスはわざと座席を1つ空けておく。そこに一番重要な参加者、つまり顧客が座っていると出席するメンバーに想像させるためだ。
新商品を開発する際、アマゾンではまず内部向けプレスリリースを書くことから始めるのが習わしになっているのはそのためだ。
「まだ顧客自身が気づいていないとしても、顧客はより良いサービスを求めています。顧客を喜ばせたいと思っていれば、より良いものを発明するモチベーションになるはずです」とベゾスは2016年に株主への手紙の中で書いた。
先述のマカリスターも、こう書いている。
「アイデアを書いた人は、顧客が本当に直面している問題は何なのか、1つ以上は明快に理解できていないといけません。また、それらの問題をどう表現し優先順位づけするのかも考え抜いておく必要があります」
Kindleに学ぶ、アマゾン流の顧客第一主義
Kindle Paperwhiteは、2007年に初代が発売されるまで何度も修正が加えられた。
提供:アマゾン
グプタは、2007年発売のKindleは消費者のニーズを踏まえた上で、そこから逆算する手法で開発した好例だという。
アマゾンが開発したあらゆる商品やサービスの例に漏れず、Kindleもまた、問題提起を含む内部向けのプレスリリースから始まった。当時、多くの顧客が紙の書籍から離れ電子機器に切り替えるようになり、そのトレンドの最前線にいたいとアマゾンは考えた訳だ。
結果として、ハードウェアの経験など皆無だったのに、アマゾンのチームは3年かけてハードウェアの製造を学び、Kindleを作ってしまった、とグプタは言う。アマゾンはそこからさらに歩を進める。
Bloomberg Businessweekの2011年の記事によると、ベゾスはKindleをテクノロジーに疎い人でも使えるように、できるだけシンプルなデバイスにしたいと主張したそうだ。
当時の電子書籍端末は、本を新たにダウンロードする際はコンピュータに接続しなくてはならなかった。しかし、パソコンにつながないとコンテンツをダウンロードできないようではダメだと言うのだ。
そこで、アマゾンはワイヤレスにこだわり、どこにいてもコンテンツをダウンロードできるようにした。
簡単な取り組みではなかったが、Wiredが2017年に報じたように、Kindleは初回販売分がわずか6時間で在庫切れとなる大成功を収めることになる。
それから13年経った今も、Kindleの人気は衰えていない。CNETがEuromonitorのデータを引用して伝えたところによると、2020年現在、アマゾンは世界の電子書籍リーダーの売上の60%を占めるまでになった。
顧客第一主義さえ自動化
2020年11月にアメリカでスタートしたAmazon Pharmacy。
Amazon/Handout via Reuters
直近ではアマゾンは食品・生鮮食品商材を強化している。そこにさらに医薬品が加わった。
2017年、アマゾンはホールフーズを当時の株価の終値より27%高い、1株42ドルで買収した。8月には価格に敏感なロサンゼルスの消費者向けに、同社初となる生鮮食料品店をオープンした。
グプタによれば、アマゾンで生鮮食品を買うという習慣が根づけば、他の商品もアマゾンで買うのが当たり前になるという。つまりエコシステム型のアプローチが強化される訳だ。
結果として全部アマゾンで買えばいいのだから購買体験がワンストップで済み、どこで日々必要なものを買い物すべきか2度も考えなくてよくなる。
最近アマゾンが薬局業界に参入したのも同じ理屈だ、と指摘するのはニューヨーク大学でマーケティング論を専門とするスコット・ギャロウェイ教授だ。
「私の考えでは、世界で一番成長の早いヘルスケアカンパニーはアマゾンでしょう」とギャロウェイはBusiness Insiderの取材に答えた。
同時に、ヘルスケア分野の主要企業と戦えるだけのアセットを保有するのはアマゾンだけだ、とギャロウェイは言う。アマゾンの商品やサービス、アセットがあれば、医薬製品を競合より安く生産・販売できる。
中心的な役割を果たすのはテクノロジーだ。アマゾンのスマートカメラ、スピーカー、購買履歴に基づくデータを活用すれば、消費者の健康状態、栄養状態、パートナーの有無、年齢、その他の人口統計的な情報まで分かってしまう。
さらに、Alexaやプライムを使えば、医薬品もたった数クリックで、あるいは口頭で指示するだけで、簡単に買えてしまう。
アマゾンにはこうしたアセットがあるため、消費者が必要としているかもしれないヘルスケア商品がどのようなものか把握し、玄関まで届けるのが容易なのだ。
言い換えれば、顧客中心主義でさえ自動化されつつあるということだ。アマゾンユーザーがいつもの薬を探すとき、他の店から買うために、わざわざ別のステップを踏む必要はない。他の店のことなど考えもせずに、まっすぐアマゾンにアクセスすれば良い。アマゾンなら高くないし、早いし、便利だと信頼できる。
「ヘルスケア分野で一番大きな勝機は、消費者に節約させてあげることです。ただし、節約といっても経済的な節約ではなく、時間の節約です」とギャロウェイは言う。
ヘルスケア業界は規模もパワーもあるので「補償を求めるのが大変なようにできている」し、保険会社に保険金を請求するのも大変なのだ、とギャロウェイは言う。
その一方で先取り思考のベゾスは消費者が本当に求めていることは何なのか、よく分かっている。
ギャロウェイは言う。「アマゾンならこうしたことをもっと簡単にしてくれると思いますよ」
(翻訳・カイザー真紀子、編集・野田翔)