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新型コロナウイルスの世界的な感染の勢いが収まらない中で行われたアメリカ大統領選挙。民主党のバイデン氏が次期大統領に選ばれることがほぼ確実となっているが、果たしてその結果は米中対立、そしてGAFAをはじめとするテクノロジー業界にどのような影響を及ぼすのか。
テクノロジー業界に詳しい、IT批評家の尾原和啓さんと「決算が読めるようになるノート」連載が人気のシバタナオキさんのコンビによる対談第2弾。3回にわたってお届けする。
—— 米大統領選はバイデン勝利でほぼ確定しました。市場は好反応し、株価も上昇していますが、シリコンバレーではどのように受け止められているのでしょうか。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):私のいるシリコンバレーは反トランプ、つまり青組(民主党支持者)が多いので、選挙結果が出てホッとしている印象です。僅差であればもっと混乱した可能性もありますが、予想以上に票差がつき、バイデン勝利で意外と早く決着したという印象です。
大統領選と同時に行われた米議会上下院の選挙で、民主党が上下院とも過半数を確保していたら経済、特に株式市場にとってはマイナスだったと思います。しかし今回、共和党が上院で過半数を死守しそうで、下院は民主党が過半数を獲得する見込みです。いわゆるねじれの構造になるので、法人税率を変更するといった大きな変化はおそらく起こらない。それが株式市場に好意的に受け止められて株高につながっていると思います。
ジョー・バイデン氏(右)の勝利が確実になり、新政権の顔ぶれも明らかになりつつある。
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私自身はいわゆる「紫組」です。つまり経済政策は赤色(共和党)支持、それ以外の政策では青色(民主党)支持の立場です。
経済政策で民主党を支持しない理由は、基本的に「大きな政府」、つまり税負担を重くして国家が経済や社会福祉をコントロールするという、自由な市場競争と真逆の政策をとっているからです。しかし今回の選挙によって、議会のねじれが生まれたことによって、「大きな政府」に行き過ぎることはないだろうと思っています。
尾原和啓氏(以下、尾原):私も同じ意見で、経済的には一旦、一番いいところに落ち着きそうだと感じます。
トランプが勝利すればGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)が分割されるのではという予想もありましたが、結果はバイデン。バイデンで懸念される増税や市場介入は上院は共和党、下院は民主党というねじれ議会となり、企業への大胆な介入はできない。経済的にはプラスです。
そもそもこれまでもGAFAは民主党寄りでやってきましたし、今後も多少の反発を残しながら、国家と巨大プラットフォームが協働して成長を目指す方向になっていくのではないでしょうか。
移民、人権、エネルギー政策を優先するシリコンバレー
——これまでの経済政策を見ると、自由市場に委ねて企業の競争を促進する共和党、規制を強化して保護政策をとる民主党というスタンスです。シリコンバレーではリベラル層も多く、伝統的に民主党支持者が多いと思いますが、企業の自由競争を良しとするスタンスとは逆ですよね。いわゆる政治的な思想や立ち位置と経済政策のねじれがあるように感じます。
シバタ:リベラルであることや移民に寛容であること、男女平等を目指すといった民主党の政策は、シリコンバレーでも広く支持されています。GAFAにも移民はたくさんいますし、社員だけでなく、アップル創業者のスティーブ・ジョブスもグーグル創業者のセルゲイ・ブリンもルーツは移民です。
一方、経済政策で見ると、GAFAは熾烈な競争を勝ち抜いて成長してきました。民主党は巨大企業の独占を規制する政策を採っていますから、GAFAから見ると、移民緩和や男女平等を目指す民主党と経済政策における民主党は、矛盾するように見えます。
しかし現実には赤組か青組の二者択一しかないので、選挙では矛盾を飲み込んだ上で、経済よりも人間としての根源的な価値観に基づいて、民主党に投票しているというのがシリコンバレーの実情なのではないでしょうか。
7月、GAFAのトップたちは、米議会の司法委員会の公聴会に呼ばれた。写真はフェイスブックCEOのザッカーバーグ氏。
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——シリコンバレーの中では結果的には政治的な価値観を優先していると。
シバタ:そうです。人権擁護などリベラルな政策を支持して民主党に投票しているとは思いますが、経済政策の面では、たとえトランプであったとしても共和党の方が強い経済になると思いますので。
尾原:歴史的経緯というと、オバマ政権時代からGAFAと民主党は協働関係にありました。もちろん市場独占を排除する民主党の政策は変わりませんが、一方で、グーグルやフェイスブックによってスモールビジネスが伸びてきたという側面があります。
これまで大手企業でなければ大々的な広告は打てませんでしたが、グーグルやフェイスブックでは、カリフォルニア州のこのエリアだけ、30代のこの属性だけというようにターゲットを細分化して広告を出せます。それは地元中小企業の振興につながりますから、民主党政権にとってはいい話です。
Google Economic Impactというグーグルのレポートでは、デジタル広告によって中小企業の売り上げがアメリカで約40億ドル増大したというレポートもあります。そうした点では、GAFAのようなテックジャイアンツと民主党政権の利害は一致するわけです。
もうひとつは、エネルギー政策、環境政策です。
共和党は政権のバックグラウンドに石油業界がいるので、トランプも環境問題に否定的でしたが、民主党政権に代われば再生可能エネルギーやスマートグリッドの領域も動き始めるでしょう。GAFAをはじめとするITジャイアント企業の消費電力がカリフォルニア州全体の消費電力に匹敵する時代ですから、その点でもGAFAと民主党政権の足並みは揃っています。
民主党政権で盛り上がる再エネ、環境ビジネス
——電気自動車の開発を進めるテスラのような、新しいエネルギーや新しい環境産業がさらに生まれていくということですね。
時価総額でトヨタを抜いたテスラ。米株式市場の復調とともに、高値が続いている。
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シバタ:共和党にとって石油会社は票田であり資金源でもありますから、環境問題には否定的なスタンスです。トランプも地球温暖化を認めようとしない。
一方で、再生エネルギーの普及は時代の流れですから、民主党政権に代わることで、その分野が進むことを期待したいですね。ちょうど今日(11月17日)、テスラがS&P500銘柄、日本での日経225に採用されることが決まって株価も上昇していますが、大きな流れはやはり新エネルギーに向かうでしょう。そういう意味で政権交代に期待しています。
——政権交代によって、どのような産業が台頭するのでしょうか。
シバタ:やはりバッテリー分野ですね。テスラを中心に、バッテリーの研究開発・製造がこれから伸びていくと思います。テスラは中国に大規模なイノベーションセンターを設立することを発表しています。インテルがCPU開発のロードマップを発表して多くのスタートアップが周辺産業として生まれたように、これからはテスラを中心にバッテリー開発に取り組む企業が出てきて、それをテスラが買収するといった流れができていくのではないでしょうか。
新型コロナのワクチン開発も急務ですから、バイオ・創薬関連にも優秀な人が入るでしょう。ソフトウェアについては、これまで通りではないかと見ています。
強まる中国巨大IT企業への規制の背景
——バイデンが新大統領で、米中対立はどう変化するのでしょうか。8月に発表された民主党政策綱領では、「対中政策で自滅的な関税戦争や新冷戦の罠に落ちることはしない」としています。特にテクノロジー企業にどのような影響があるのでしょうか。
アリババ傘下の金融関連会社アント・グループ。11月5日に香港と上海の証券取引所での上場が予定されていたが、延期された。
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尾原:米中対立に関しては、もちろんトランプをはじめ米国側の対応にも要因はありますが、中国側の問題も大きいと考えています。史上最大のIPOともいわれていた中国アント・グループ上場が予定日の2日前に延期となる国ですから。中国国内では巨大IT企業に対する独占禁止の動きが強まり、当局も強硬な姿勢を示しています。
一方で、前回もお話ししたように、米中対立については、「製造業としての米中戦争」と「クラウド上のサイバー空間の米中戦争」があります。
今後バッテリーが世界の主要産業になっていけば、その分野ではすでに中国がパナソニックを抜いて世界一ですし、米国にとってバッテリーはそこまで大きな産業ではないので、「製造業としての米中戦争」は比較的落ち着くのではないでしょうか。
——アント・グループ上場延期については、同社を傘下に置くアリババ・グループ創業者ジャック・マーの発言が習近平を怒らせたのでは、という報道もありますし、2020年に入ってから中国の上場企業約50社が国有化されたとも報じられています。米中対立の長期化に危機感を持った習近平が国内企業の支配を強めているという見方もありますが、一連の規制強化をどうご覧になりますか。
尾原:アリババやテンセントをはじめとする中国IT企業の隆盛は、2014年、テンセント創業者のポニー・マーが「まだ決まっていないことについては一旦OKで始めよう。ある程度副作用が見えてきたら規制すればいいじゃないか」と呼びかけたことによって、翌年から中国のデジタル政策である「互聯網+(インターネットプラス)」が時限立法的に始まったことに端を発しています。
それから6年経って、デジタル産業も熟してきた現段階で引き締めにきているというのは単純にあると思います。米中対立や米国内でのロビイングを受けて、政府による介入の度合いが強まっているのでしょう。もちろん2日前に上場延期というのは個人的な制裁の意味合いがあるように感じます。
シバタ:上場によって中国企業に米国資本が入ってくる。それを中国政府が嫌がっている可能性もあると思われますか?
尾原:十分あると思います。アント・グループも上場を前提に共産党系の資本を希薄化してきた経緯があるので、その反動も否めません。
——もし米中対立がここまででなかったら、アント・グループはニューヨーク市場で上場していたのでしょうか。
尾原:それもあり得ただろうと個人的には思っています。「互聯網+(インターネットプラス)」政策の中で、アント・グループのキャッシュレスサービスが容認されてきた一方で、基盤系に関しては銀聯(中国の電子決済システム)を中心に国家主導で進める方針に変わってきています。中国にとってはアント・グループやテンセントのキャッシュレスサービスが拡大すれば外貨を獲得できるメリットがありますから、旧来の金融企業や国家とも折り合いをつけてきたように感じます。
今後出てくるとされているデジタル中国人民元の話にもつながりますが、国家としての貨幣流通がなめらかになるほど経済圏は拡大します。これから世界GDPの中でデジタル・コンテンツの輸出入が占める比率が増えていく中で、デジタル貨幣圏を拡大することは、中国政府にとっても有利です。
しかしトランプが大統領になり、米中対立が激化したことによって、ニューヨーク市場上場は見送られ、上海・香港同時上場という選択肢になったのではないでしょうか。
——上場延期はアント・グループにどんな影響を及ぼすのでしょうか。
尾原:アント・グループにとって厳しいのは、個人顧客を対象とした融資金額の上限が400万円になってしまったことです。自動車ローンならともかく、住宅ローンには足りません。これまではアント・グループの「芝麻(ジーマ)信用」などの社会信用スコアをコツコツ積み重ねていけば、年収や学歴を問わず家を買うことができるという世界もあり得たのですが、そこは一線を引かれて、旧大手の銀行とは棲み分けするという「お手打ち」になりました。
2015年に始まった「互聯網+(インターネットプラス)」から、成熟期に入ったことによって、見直しのフェーズに入ったというべきでしょう。
(取材・文、浜田敬子、渡辺裕子)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。