撮影:小林優多郎
ドコモが打ち出した新料金プランが話題だ。この戦略とドコモがNTTの子会社になったこととの関係は? 他のキャリア2社はどう出てくるのか? そもそも日本の携帯電話料金は世界から見て本当に高いのか?
IT批評家の尾原和啓さんと「決算が読めるようになるノート」著者のシバタナオキさんの対談3回目では、NTTドコモ子会社化の背景を解説してもらった。
—— NTTによるNTTドコモの子会社化の発表は衝撃でした。一連の動きをどうご覧になっていますか。
尾原和啓氏(以下、尾原):自然な流れだと思います。もちろんドコモの利益が親会社のNTTを超えているという状況もありますが、より重要なのは、今後5G(第5世代移動通信システム)に移行していく中で、固定回線と無線回線の境界線はなくなり、さらにいえば通信と放送の境界線もなくなっていくということです。
実は以前から、NTTグループにおける光回線系のコンテンツ・マネジメントをドコモ光が進めるなど、内部では融合が進んでいました。
5Gの特長は高速大容量・多接続・低遅延ですが、これまでのように人と人、家と家をつなぐのではなく、例えば工場の中やマシン内部に通信が入るようになって、低遅延のマーケットが新たに生まれます。ほぼ遅延なく通信できると手術や工場現場など繊細な作業がリモートでできるようになる。また多接続可能になると工場のすべてのラインを相互接続できるようになる。こういった新しい市場ができあがります。
そうなると通信会社としては、例えば自動車や医療など業界ごとの法人営業部門を立ち上げる必要があります。NTT法人営業部、ドコモ法人営業部が別々に動くのではなく、統合するのが自然な流れだと思います。
Reuters/Issei Kato
——今回の子会社化を受けて、KDDI・ソフトバンク・楽天など電気通信事業者が「NTTの独占回帰につながるのでは」という意見書を総務省に提出しています。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):KDDI・ソフトバンク・楽天がそういう意見書を出したということは、彼らにとってはイヤな打ち手を打ったということですから、NTTの戦略としては正しかったのだろうと思います(笑)。
国の通信政策とも関連すると思いますが、究極的には、コミュニケーションは無線で、放送は有線でやるのがいいと思っています。
将来の可能性として、いまテレビ局が持っている電波割当てを携帯電話に開放していくという話は十分にあり得ると思います。
これまでのNTTグループのコーポレート・ストラクチャーは、固定回線(NTT東西)は100%子会社で、無線(ドコモ)は100%子会社ではなかったわけですが、これからは無線こそが競争の源泉になる、かつ政策的にもそのようになる方向に進む可能性があると考えれば、先読みして、無線の方でも時代の変化に機動的かつ柔軟に対応できるコーポレート・ストラクチャーにしておくというのは理に適っていると思います。
加えて、これまでの親子上場の形態では、NTTドコモの経営層からすれば、利益を出しつつ成長も実現し続けなければならないという2つのプレッシャーがありました。上場廃止したことによって、短期的に利益と成長のどちらを追うのか、NTTグループとして優先順位を明確にできることで、意思決定のスピードも速くなるのではないでしょうか。
楽天モバイルの参入によって、ドコモ・KDDI・ソフトバンクの3社のユーザーは減るでしょう。それでも一時的には良しとするのか、その減少を食い止めなければならないのかというのは、マーケティング上重要な岐路です。その意思決定を迅速にできるようになるという意味でも、打ち手としては非常に正しいと思います。
上場廃止によって大胆な戦略がとれる
ドコモが発表した新料金プラン、ahamo。ドコモが弱いとされていた20代など若者層の取り込みを狙っている。
撮影:小林優多郎
——政府、特に菅首相は、企業競争によって携帯電話料金を値下げするように要請し続けてきました。にもかかわらず、政府や公正取引委員会は今回のドコモ子会社をスムーズに容認したように見えます。NTTの一体化は、むしろ競争を阻害する要因にならないのでしょうか。
尾原:ダークファイバー(事業者が使用していない光ファイバー回線)というのは、道路などのインフラと一緒で、複数の企業で持つことはなかなか難しいですよね。
一方、ユーザー側から見て、NTTの一体化によって競争が阻害されるかというと、これまでKDDI・ソフトバンクが頑張ってきたこともあって、市場のバランスというのはある程度とれていますから、そこまで影響はないと判断しているのではないかと思います。
シバタ:光ファイバーにしても携帯電話のMVNOにしても、NTTグループはKDDI・ソフトバンクの2社に比べて、積極的に回線を開放するように総務省から指導を受けています。そうした相互の関係性の中で、各事業者のバランスが生まれるのではないでしょうか。
NTTの一体化によって携帯電話料金の下げ圧力が止まるかといえば、そんなことはないと考えています。ドコモはiモードを生んだ会社ですから、むしろアグレッシブに料金を下げてくる可能性もあると思います。楽天との価格競争は厳しいにせよ、料金を下げてKDDI・ソフトバンクのシェアを奪うという話は、戦略のオプションとしてはあり得る。
これまでの構造では、ドコモの少数株主に対して利益還元しなければならず、料金値下げに踏み切れなかったと思います。しかし上場廃止によってドコモの少数株主がいなくなり、NTTグループだけで意思決定できますから、むしろNTTとして大胆な戦略をとることができるようになり、競争が促進される可能性も十分にあると考えています。
5Gによって激化する通信業界のBtoB競争
——そもそも世界的に見て、日本の携帯料金はやはり高いのでしょうか。インフラが整備されているからというのがキャリアの言い分ですが、それを引いても高止まりしている?
尾原:アジアの中では、間違いなく高いですね。もちろん日本の携帯電話のサポートはすばらしく、災害対策も優れています。
要は選択肢の話で、飛行機に乗る時、LCCを選ぶか、高級なレガシーキャリアを選ぶかという話ですよね。格安だけど欠航しても振替できないLCCがいいのか、高いけど万が一の時の補償が手厚い方がいいのか。私は年間80フライト以上乗ることもあって、たいていLCCを選びますが、台風などで欠航した場合には、普段安く乗っているのだからと諦めてチケットを取り直すわけです。比較して、選択できることが大事だと思います。
撮影:今村拓馬
シバタ:アメリカと比べても、同じくらい高いですね。アメリカよりはサービスがいいと思いますけれども。
ただ日本では、サービスの内訳が出てこないのが気持ち悪いなと感じます。例えばショップの地代や人件費なんかも料金に含まれていますよね。それは必要ないという人もいれば、必要だという人もいますが、現状はごっちゃになってブラックボックス化している。
Appleが保険はApple Careで別料金にしているように、そこがきちんと分離されて、選択できるといいなと思います。私はTモバイルの格安プランで月額30ドル(約3000円)しか払っていないので、とても満足しています(笑)。
尾原:最後にもうひとつ加えたいのは、携帯電話料金の値下げはユーザーにとっては重要ですし、政権にとっては対選挙の意味合いもあるでしょうが、より俯瞰的な視点に立つと、モバイルの競争は今後、圧倒的にBtoB、つまり企業間の競争になっていくということです。世界の中でも日本は製造や流通が整備されていますから、今後通信業界におけるBtoBの競争が激化することによって、日本発世界のビジネスが生まれやすくなります。その環境を整備することこそ、より重要だと思っています。
これまではNTTグループだけが固定回線・無線回線で法人が分かれていて、市場競争が生まれにくくなっていました。今回のことで、三者三様、四者四様の競争が生まれることで、新しいプレイヤーがたくさん出てくるのではないでしょうか。
(聞き手・浜田敬子、構成・渡辺裕子)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。