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コロナ下で日本でも急成長したビジネスが宅配、食のデリバリービジネスだ。こうしたビジネスを支える働き手は「ギグワーカー」と呼ばれ、働き方の多様化を象徴する存在でもある一方、事故などへの補償が不十分など労働環境の問題も指摘されている。こうしたギグワーカーによって成長しているC2Cビジネスやプラットフォームの可能性と課題とは?
IT批評家の尾原和啓さんと「決算が読めるようになるノート」著者のシバタナオキさんの対談2回目では、コロナによって急成長を遂げたECビジネスの将来を分析してもらった。
——2020年11月、カリフォルニアで行われた住民投票で、UberやLyftなどライドシェア企業のドライバーを個人事業主と定める法案が承認されました。日本でも注目されましたが、カリフォルニア、特にシリコンバレーではどのように受け止められたのでしょうか。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):UberやLyftの運転手の立場からすれば、一安心というところでしょう。否決されれば職を失いかねませんから。
とはいえカリフォルニアは民主党支持者が多く、政治的立場としてはリベラルですから、労働組合も多い。企業が雇用する社員ではなく、何の保障もないフリーランスのような働き方が普及し過ぎることへの抵抗もあります。
もともとタクシーの運転手だったのに仕事がなくなって、仕方なくUberの運転手になった人もいます。タクシー会社に勤めていたときには健康保険や雇用保険があったのに、従業員ではなく業務委託契約になったことで、最低限の福利厚生もなく不安定な生活を強いられている。そうした層は、反対票を投じたはずです。
ただカリフォルニア、特にサンフランシスコのタクシーはもともと「汚い・つかまらない・怖い」と言われていて(笑)、あまり機能していなかったところに、既存のタクシー会社をUberが駆逐したのです。サービスが向上して、ユーザー側から見ると便利になったんですね。
ライドシェアというビジネスを生み出したUber。それによってギグワーカーという働き方が広まった。
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社会全体で見ると、当然ながらサービス提供者より利用者の方が数は多いですから、UberやLyftの普及によってメリットを享受している人の方が多い。結局はバランスですが、アメリカの中でも最もリベラルな州カリフォルニアで承認されたということは、シェアリングサービスにとっては追い風だと思います。
ギグワーカーの待遇は競争で向上する
——いわゆるギグワーカーによるシェアリングエコノミーの領域は、成長し続けていけるのでしょうか。
シバタ:産業としては非常に伸びています。8月にUberの決算が出ましたが、初めてライドシェア事業をデリバリー事業が抜きました。サンフランシスコの料理宅配サービスDoorDashもIPOが決まりましたし、新型コロナも追い風になっています。ただ労使関係については、今後も議論が続くのではないでしょうか。
——日本でもUber Eatsなどデリバリーの需要はコロナで伸びていますが、一方でドライバーのマナーや事故の補償が問題になっています。例えばUber Eatsのドライバーは個人事業主であるのに対して、出前館ではアルバイトとして直接雇用するなど企業によって差別化も出てきています。今後、市場が拡大する中で、配送員確保の観点から福利厚生や従業員教育、事故の補償を充実させるなど、宅配サービス業界の中でも差別化されていくのでしょうか。
シバタ:カリフォルニアでは保険に加入しているので、事故の補償などはカバーされていると思います。
ただ、これは意外に知られていないのですが、アメリカでは解雇が簡単にできると思っている方が多いかもしれませんが、カリフォルニアやニューヨークでは社員として雇用した場合、日本ほどではないにせよ、解雇するのが大変です。
正社員として雇用した場合、実際に従業員が手にする給料以外の部分、例えば保険料や引当金がコストとしてかさんでしまうので、価格に転嫁する、つまり料金を値上げしなければいけなくなる。その兼ね合いでいくと、現時点では、UberやLyftのように業務委託という形態が利用者も含めてハッピーという結論なのではないでしょうか。
尾原和啓氏(以下、尾原):ギグワーカーの待遇については、国が介入するよりも、企業競争の中で向上していくと考えています。もし市場にUber1社しかいなければ別ですが、カリフォルニアではUberとLyftが競合し、アジアの各国ではGrabを中心にゴジェックなど各社が参入しています。競争環境があるということは、ユーザーにとっての利便性を各社が競うことはもちろん、ドライバーの獲得競争にもつながります。
6〜7年前は黎明期でしたが、いまや巨大経済圏ができつつあり、ギグワーカーをサポートするスタートアップ企業も増えています。企業競争の中で、ドライバーをはじめとするギグワーカーに対する保険やさまざまなサポート体制も用意されるでしょう。
ギグワーカー支えるスタートアップも出現
さらに世界的な潮流の中で見てみましょう。
世界主要国の自動車生産台数の推移を見ると、中国は毎年約15%ずつ生産台数が減少しています。インドやブラジルなどの新興国もほとんど増えていません。これがライドシェアの現実です。
どういうことかというと、ライドシェアの普及によって、わざわざ自動車を所有すること自体が非効率になります。シェアが進めば、これまで駐車していた時間にも別の誰かが乗るわけですから、自動車1台当たりの走行距離が伸びます。これまで自動車の耐用年数はおよそ10年でしたが、ライドシェアによって走行距離が伸び、いまや自動車1台当たりの耐用年数は4年くらいです。すると今後出てくる電気自動車(EV)や自動運転といった新技術へのスイッチが早くなります。
自動車というインフラ自体が大きく変化していくマクロの潮流の中で、ライドシェアというものを否定するのではなく、まず受け入れて、企業競争の中でドライバーの福利厚生や待遇を充実させていく方が自然だと思います。
——シリコンバレーでは、ギグワーカーを支えるビジネスも出てきていますか。
シバタ:ギグワーカーの請求書作成代行から始まって、いろいろな新サービスが出てきています。ミレニアル世代からZ世代と呼ばれる若い世代では、正社員になりたくないという人が増えています。エンジニアなどいわゆるホワイトワークでも、どこか1社に所属するのではなく、数社と契約して自由に働きたいという優秀な若い人は多くいます。
そういう意味でも、ギグワーカーという働き方はメジャーになっていくのではないでしょうか。アメリカでは、基本的に25歳までしか親の健康保険に入れません。ですから、25歳まではギグワーカーやフリーランスとして自由を謳歌するパターンが多いと思います。
日本でも急成長する宅配ビジネス。一方で、働き手の労働条件、環境をめぐる課題も浮上している。
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——ギグワークと呼ばれる働き方はアジアでも増えているのでしょうか。
尾原:Grabなどのライドシェアでは、法定速度を守っているか、無闇に急ブレーキをかけないかということは、GPS連動で定量的に評価されます。加えて乗客からのレビューで定性的に評価される。評価の高いドライバーは、車を買い換える時にも低金利でローンを借りられます。例えば4シートの車から6シートの車に買い換えると、料金を1.5倍に設定できますから、そのぶん稼ぎも増えて借金も早く返せる。
年齢や所属、学歴関係なく、シェアリングサービスの評価が信用につながるという世界は、中国はもちろんですが、インドネシアやマレーシア、フィリピンでも実現しています。
——日本ではUber Eatsなどデリバリーは一般的になりましたが、タクシー業界などの反対も強く、ライドシェアの普及は進んでいません。一方、過疎化が進む地方では公共交通機関が維持できなくなるなど、地域の足をどう確保するかが問題になっています。
尾原:現行法の解釈の範囲で、まずは地方から実験を進めていくのでしょうね。タクシー業界の採算が合わない、要介護のケアへのサポートが足りないなど地域の方がライドシェアの潜在的なニーズがあると思います。
プラットフォームは「階段づくり」を
——日本ではベビーシッターのマッチングサービス「キッズライン」の登録シッターによる子どもへのわいせつ行為が問題になりました。今後、日本でもギグワークという働き方が広がる中で、プラットフォーム側はどう安全を担保し、責任を果たすべきでしょうか。
尾原:プラットフォーム側でいえば「階段づくり」だと思います。中国では、ドライバーの社会信用スコアが低いうちは、要求度の高い上顧客が回りにくいようになっています。
まず比較的リスクが少ない仕事を任せて、信用を重ねていくことで、徐々に大事な仕事を任せるということをプラットフォーム側が設計することで、ギグワーカーの入口は広くしながらも、きちんとリスクを最小化できる。テクノロジーの力で、そうした階段をつくっています。
ベビーシッターのマッチングプラットフォーム「キッズライン」では、登録シッターが子どもへのわいせつ事件を起こし逮捕された。C2Cサービスの問題が浮き彫りとなった。
出典:キッズライン公式HPより
シバタ:アメリカは原則として自己責任の国なので、トラブルがあると「発注側も悪い」という話になりがちです。もちろん事故はあるにせよ、なんでもプラットフォーム側任せにせず、発注側も気をつけるというスタンスですね。ベビーシッティングのサービスも数年前にありましたが、やはりトラブルが起きて、買収されたりクローズしています。
「キッズライン」の皆さんもトラブルの後大変だと思いますが、グローバルでもあの手の問題を乗り越えたケースはあまり見たことがないので個人的には応援したいです。
選択肢が増えれば柔軟に働けるようになる
——コロナ禍によって、日本でも副業や兼業への関心が高まり、パラレルワークが加速化したと思います。会社員でも生産性を上げて、空いた時間でいわゆるギグワーカーとして働く人が増えている。今後、働き方はどのように変わっていくのでしょうか。
尾原:ギグワーカーが増えることで、社会の主流派でない人たちにとって選択肢が増えることが大きいと思っています。親の介護で外に働きに出られない人でも、短時間リモートで仕事ができるようになる。親の体調がいい日は1日フルタイムで働くというように柔軟に働けるようになれば、少数派の人にとっても生きやすいインクルーシブな世界が生まれるのではないでしょうか。
特に日本では、時間当たりの労働生産性を考えて働けるようになることが大きいと思います。もし時給2000円でベビーシッターが雇えるなら、頑張って自分の時給を2500円にすれば子どもを預けられる。子どもと一緒に過ごす時間は減っても、ストレスなく子どもと向き合って、自分の仕事も充実させることが男性も女性もやりやすくなる。そのようなフラットな世界につながると思います。
ライドシェアや宅配だけでなく、家事代行など自分の得意なスキルを生かして隙間時間に働きたいという人は増えている。
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シバタ:私自身、いろいろな仕事をギグワーカーにお願いしています。最近では、クラウドワークスで管理栄養士さんを見つけて、自分が食べたものの写真を毎日送っています。するとカロリーや脂質糖質などを全部スプレッドシートに入力してくれます。お会いしたこともないのですが、どうやら小さなお子さんがいらっしゃるようです。こちらとしては1日の空いた時間に入力してもらえればいいし、プロの栄養士さんにお願いできるので、双方にメリットがあります。
それから私の「決算が読めるようになるノート」チームでは、「KPIデータサービス」という新サービスを開発しているのですが、この入力をしてくれる人をnote上で募集したところ、40人もの応募がありました。いま20人くらいの方にお願いして、日米企業の決算資料から決算情報やKPIをスプレッドシートに入力してもらっています。
もちろんフルタイムではなく、聞けば誰もが名前を知っているような大企業に勤めている人たちが副業で手伝ってくれている。応募してくれた理由は2つあって、まずスキルや知識を身につけたいということ。もうひとつは、当たり前ですが、お金を稼ぎたいそうです。
サラリーマンをしていると、上の人たちの年収も見えて、このまま1社だけに勤めていても理想とする生活ができないと若い人たちは分かっています。一方で、サラリーマンをやめたいわけでもない。安定も大切ですから。その結果、空いた時間に副業して、自由になるお金を増やしながら経験を積むという働き方を選択する人たちが増えていると感じます。
(取材・文、浜田敬子、渡辺裕子)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。