撮影:今村拓馬
キャリアについて「悩む」ではなく「考える」
あなたは今、仕事を楽しめていますか?
答えが「イエス」なら素晴らしい。でももし「仕事なんてつまらないものだ」と感じているなら、一度、これからのキャリアについてじっくりと考えることをお勧めします。
誤解してほしくないのですが、キャリアについて「悩む」のではありませんよ。キャリアについて「考える」のです。
「悩む」と「考える」は混同されることが多いのですが、両者は明確に違います。
仕事に不満を抱き、キャリアについて悩んでいるかぎりは、いくら時間をかけても堂々巡りです。仕事に不満を抱いているなら、キャリアを軸に不満の原因を探り、突破口を見つけましょう。
そう、クライアント先に問題解決の提案をしたり、新規事業を創出する際のような考え方で、あなた自身のキャリアを捉えるのです。ビジネスパーソンとして日頃から駆使している戦略的思考を、キャリアについても用いるのです。
キャリア戦略思考は、これからのキャリア形成の支えになります。
筆者作成
キャリアを戦略的に考える
「プロティアン思考術」で大切にしているのは、キャリアについて戦略的に考えることです。「戦略的に考えるのは苦手だな」と感じた人がいるとすれば、それは経験が足りないから。もっと平たくいうと、練習を積んでないからです。キャリアについて戦略的に考える機会が、決定的に不足しているのです。
ビジネススキルを身につけるのと同じように、キャリアについて戦略的に考える練習を繰り返しましょう。
そこでさっそく、キャリア戦略思考の練習をしてみます。まずは問題を共有しますね。
私がこれまで継続してきたビジネスパーソンへのヒアリングから、キャリアの悩みは、大きく次の3つに起因していることが見えてきました。
筆者作成
ファーストキャリア形成期
まず、大学を卒業して、仕事を覚えていくファーストキャリア形成期に抱える悩みは、「キャリア展望が不透明」なことです。今の仕事が将来、どんな役に立つのか。このままでいいのか。これから先、どのようなキャリアを歩んでいくのか。人生100年時代、働く期間が長くなったことで、これからのキャリア形成に対する悩みが大きくなります。
ミドルシニアキャリア形成期
ミドルシニアキャリア形成期に直面するのが、組織内キャリアへの依存です。ファーストキャリア形成期にさまざまな現場経験を積んで、ビジネス資本と社会関係資本(本連載第2回参照)を蓄積します。私たちは知らず知らずのうちに、組織内キャリア形成を身体化させるようになります。
組織内でキャリア形成をすることそれ自体は、悪いことではありません。ただしこの場合、これまで培ってきたビジネススキルに対して、適切な仕事に巡り合わないということが往々にしてあります。ファーストキャリア形成期ほどに、仕事に没頭できなくなるのです。
ポストオフ後
ポストオフ(役職定年)後は、豊富なビジネス経験に対して、ワクワクするようなチャレンジが組織の中で与えられなくなってきます。年収も下がり、部下も減ることで、モチベーションが低下する傾向にあります。
フロー体験が得られるのはどんな時?
これらはビジネスパーソンの個人的な問題というよりは、組織との関係性の中で高い確率で直面するキャリア問題です。スキルとチャレンジの関係性から見えてくる構造的な問題だと言っても過言ではありません。
だから、悩んでも仕方ないのです。このキャリア問題を乗り切る打開策を練りましょう。ヒントになるのが、私が著書『プロティアン』の中で解説に用いた心理学者、チクセントミハイ教授の「フロー理論」です。
(出所)ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験とグッドビジネス』より抜粋。
例えば、ファーストキャリア形成期の悩みによくある「不透明なキャリア展望」は、上記のフローモデルのどこに位置するか分かりますか?
仕事を覚えていく期間なので、ビジネススキルは十分ではありません。にもかかわらず、仕事はどんどん与えられる。備えているビジネススキルに対して、目の前のチャレンジ(=仕事負荷)が高いのです。そうなると、「不安」を感じるようになります。
ファーストキャリア形成期の若手社員が、「先が見えない、このままでいいのだろうか」と悩むのは、このスキルとチャレンジのバランスが崩れていることが原因です。
では、ミドルシニアキャリア形成期はどうでしょうか。この時期には、これまで培ってきたビジネス資本に対して適切なチャレンジを自ら課していくことがポイントになります。
しかしそれは容易なことではありません。
なぜなら、ファーストキャリア形成期からミドルシニアキャリア形成期にかけて、組織内の業務に向き合っているうちに、自律型のキャリア形成の構えを忘れてしまうからです。つまり、組織内での昇進・昇格や目先の結果ばかりを気にして、組織内キャリア形成に依存するような働き方になります。
ポストオフ後は、これまで培ってきたビジネス資本に対して、適切なチャレンジが組織から与えられなくなります。自ら手を挙げてチャレンジしようとしても、そのような機会は若手に与えましょうという組織判断もなされます。
ビジネススキルは十分なのに、適切なチャレンジができない。その結果、仕事に対して退屈に感じるようになるのです。
小さな心がけひとつで突破口が開ける
撮影:今村拓馬
このように、私たちは各段階のキャリア形成期に応じて、「スキル」と「チャレンジ」の関係性のズレからその都度、キャリアの悩みに直面することになります。どうしたら目の前の悩みを解決できるでしょうか?
実は突破口は、ちょっとした心がけや仕事への向き合い方など、些細な変化だったりします。例えば、クライアント先への提案資料の作成に2時間かかるとします。それを1時間で作成しようと取り組みを変えたとしましょう。
このような誰にでもできる心がけひとつで、「持てるスキルを総動員して作業時間を圧縮する」というチャレンジが生まれます。そうすると、退屈に思えた仕事が、フローワーク(=没頭状態)に転換します。
フローワークは組織が与えてくれるのではなく、自ら作り出すもの。未来のキャリアは、目の前のフローワークの積み重ねが導いてくれるのです。
キャリアは絵空事ではありません。空想でも虚構でも、まして理想でもない。私たちのキャリアとは、日々のもがきや苦しみ、悩みや不安、喜びや達成、諸々の感情を堆積し、昇華させながら、紡ぎ出されていくものです。生々しくて、ドロドロしていて、キャリアそれ自体が、生きた集積物なのです。
今の仕事に不安を抱いたり退屈に感じたりするのなら、目の前の業務に没頭できるように、スキルとチャレンジのバランスを考えて、主体的にタスクマネジメントに取り組むようにしてみましょう。
これこそが冒頭でお話しした、キャリアについて「悩む」ではなく「考える」状態と言えます。
(撮影・今村拓馬、編集・常盤亜由子、デザイン・星野美緒)
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。