欧州の物価低迷が止まらない。賃金に飛び火すれば、長く暗い低成長期の発端にも……

karakama_price_flags

ユーロ圏で未曾有の物価低迷が続いている。

REUTERS/Yves Herman

為替市場ではドル全面安が継続している。対円での値動きはさほど顕著ではないが、対ユーロでの値動きは目を引くものがあり、ついに1ユーロ=1.20ドル台に復帰している。

今回のユーロ上昇は、欧州中央銀行(ECB)が世界最大のバランスシートを誇り、イギリスのEU離脱(ブレグジット)後の通商交渉が遅々として進まず、EU経済回復のカギを握る「欧州復興基金」の運用も不透明という状況のもとで進行している。

そのようにユーロ売りの材料がいくつもあるなか、それらを蹴散らしての上昇という点で、息の長さ(持続性)を予感させる動きだ。

ユーロ上昇の最大の理由は「世界最大の経常黒字(ならびに貿易黒字)」だと筆者は考えているが、後述するような、ユーロ圏を取り巻く物価情勢も無視できない。物価情勢が冴えない国の通貨、端的には「デフレ国の通貨」が持続的な上昇の動きを見せることは、円の歴史が証明してきた通りだ。

かつて経験したことのない物価低迷

ユーロ圏はいま、かつて経験したことのない物価低迷に直面している。

ユーロスタット(EU統計局)が12月1日に発表した11月の消費者物価指数(HICP)は前年比-0.3%、4カ月連続でマイナスを記録した。マイナス幅も市場予想(-0.2%)を超えるものだった。

変動幅の大きい食料・タバコ・アルコール・エネルギーを除いた「コア」ベースで見ても、+0.2%と過去最低の伸び率を3カ月連続で記録している【図表1】。

karakama_price_graph_1

【図表1】ユーロ圏消費者物価指数(HICP)の推移。※「コア」はエネルギー、食品、アルコール飲料、タバコ除く。

出所:Datastream資料より筆者作成

こうした物価情勢は、追加緩和が予告されている12月10日のECBの金融政策理事会はもちろん、年明け以降の継続的な緩和の必要性を示唆するものだが、それでもユーロ買いはおさまる気配がない。

「世界最大の経常黒字(ならびに貿易黒字)」という圧倒的な実需を背景とするユーロ上昇に対して、金融緩和は無力なのだろう。

「(金融緩和で)ユーロ高を阻止できるか」という点について言えば、12月10日の政策理事会の雌雄はもはや決してしまっている印象だ(もちろん、市場予想を凌駕する緩和であれば、一時的なユーロの押し下げは可能かもしれない)。

なお、こうした悲惨な物価情勢の継続は、追加緩和への思惑から、短期的にはユーロ売りを誘発しやすいものだ。しかし、冒頭で述べたような「デフレ国の通貨は上昇する」という円の経験を思い返せば、中長期的にはやはりユーロ買いの材料と言える。

物価低迷が「人件費」におよぶ懸念

ユーロ圏の物価低迷の中身を詳しく見ると、より深刻さが感じられる。

ここで再び【図表1】を見ると、物価低迷をけん引しているのはエネルギー価格のマイナス寄与だとわかる。この効果が剥落してくる2021年には、物価は増勢を取り戻すというのがメインシナリオだ。

しかし、「エネルギー以外の鉱工業財」に目を向けると、4カ月連続で前年比マイナスを記録している。これは史上初めてのできごとだ。

原油価格の急落はこれまでも経験のある事態で、それが「エネルギー以外の鉱工業財」の価格を押し下げるケースもこれまでにあったが、これほどマイナスが続いたことはない。

今後は懸念されるのは、「エネルギー」「エネルギー以外の鉱工業財」といった生産活動を行うための要素の価格が下落、低位安定するという現在のトレンドが、労働市場つまりは人件費にもおよんでくる展開だ

欧米では2008年の金融危機後、ただでさえ賃金の伸び率低迷に懸念が高まっていた。そこにコロナショックが起こり、それは今後どんな影響となってあらわれるのか、予断を許さない状況だ。賃金の低迷はそのまま家計部門の消費・投資活動の足かせとなり、長く暗い低成長期の遠因となり得る。

サービス物価はリーマンショック前の半分以下

その点、人件費の先行きを読む参考になるのは、サービス物価の動きだ。サービス業の性質を踏まえれば、サービス物価とはすなわち「賃金のかたまり」と考えて差し支えない。

ECBの政策理事会ではすでに、サービス業ならびにサービス物価の低迷が議論の的となっており、ユーロ圏のサービス物価はやはり過去に経験のない低迷に直面している【図表2】。

karakama_price_graph_2

【図表2】ユーロ圏消費者物価指数(HICP)の推移(総合とサービス)。

出所:Datastream資料より筆者作成

2008年(リーマンショック)までの5年間、2019年(コロナショック直前)までの5年間、そして2020年のここまで11カ月間について、総合・コア・サービス物価の伸び率平均を比べてみると、サービス物価はリーマンショック前の半分以下になっていて、それが総合やコアで見た消費者物価指数の伸び率鈍化に寄与している構図が見てとれる【図表3】。

karakama_price_graph_3

【図表3】リーマンショック前、コロナショック前、2020年の11カ月間について、ユーロ圏消費者物価指数(HICP)の比較。※食料、アルコール・タバコを除くベース。

出所:Datastream資料より筆者作成

足もとの状況について言えば、ドイツにおける時限的な消費減税のように、コロナ禍に限定した租税政策があまねく物価を押し下げるという特殊事情があり、それがサービス物価にも波及している部分は小さくないと考えられる。

とはいえ、日本が経験してきた「デフレの粘着性」と同じで、こうした動きはいったん定着してしまうと払しょくが難しい。世界経済がアフターコロナの回復に向かうとき、ユーロ圏にのしかかる物価低下への圧力は果たして綺麗に取り除かれるのか。

自信を持って「もとに戻る」とは言い切れないのが、筆者のいまの本音だ。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文:唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み