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日本政府が、2030年代半ばに国内での新車販売を全てハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)などの電動車に切り替え、ガソリン車を廃止する方向で調整していることが明らかになった。自動車は日本にとって世界をリードする産業だが、中国や欧米で自動車の環境規制が先行し、外圧によって構造転換が迫られている。
一方、コロナ禍から抜け出し自動車販売が好調な中国では、EVだけでなく無人運転やインターネットに接続するコネクテッドカーへの投資が加速し、メガITが自動車分野に触手を伸ばしている。
アリババは2016年にコネクテッドカーのコンセプト車を発表している。2016年6月、杭州市で撮影。
China Daily/via REUTERS
日本政府のガソリン車廃止方針が打ち出された12月3日、中国では自動車業界関係者が集結し、「世界スマートカー大会」が開かれていた。
中国自動車工業協会の葉盛基副秘書長は同大会で、「今年の自動車市場は(コロナの影響で)年初から4カ月近く大幅に落ち込んだが、年間では前年並みになりそうで、新エネルギー自動車は前年の水準を超える見通し」と語った。
国家発展改革委員会国際合作司の高健副司長は「コネクテッドカーは成長の黄金期を迎えており、中国は世界最大の市場になるだろう」と述べ、2025年に世界のコネクテッドカー保有台数が7400万台に迫り、そのうち中国が2800万台を占めるとの予測を示した。
EV業界を率いるのが起業家と自動車メーカーなら、コネクテッドカーの主役はメガITだ。
通信機器メーカーのファーウェイは2020年11月、コネクテッドカービジネスユニットを、スマートフォンなどを担当する消費者向けビジネスグループに移管、米政権による規制で失速が避けられないスマホの次のビジネスと位置付け、2020年だけで5億ドル(約500億円)を投資した。
アリババも上海汽車集団、上海市の浦東新区と組んで、コネクテッドEVメーカー「智己汽車」を設立すると、11月26日に発表した。
配車サービスに特化したコネクテッドカー
DiDiは2018年、トヨタ自動車など自動車関連企業とアライアンスを立ち上げた。
DiDI公式サイトより
ユーザーの走行データや交通データを収集し、分析できるコネクテッドカーは、EV以上に自動車産業に破壊的イノベーションを起こすポテンシャルを秘める。応用例として登場したのが、中国最大の配車サービスDiDi(滴滴出行)と新興自動車メーカーBYDによる配車サービス専用コネクテッドカー「D1」だ。
上位2社が合併し、中国で圧倒的なシェアを持つDiDiは2018年、自動車メーカーや燃料電池メーカー、部品メーカーなど31社と連携し、自動車オペレーターのプラットフォーム設立と配車サービス専用の自動車を作る目標を打ち出した。だが、その直後にドライバーによる女性乗客殺人が連続し、事業拡大のアクセルを一旦止め、安全体制への投資に追われていた。
安全への取り組みの目処がたち、次世代自動車市場が盛り上がるのを見て、同社は11月16日にD1の発表会を開いた。
D1特徴は、配車サービスの用途に特化していることだ。
まず2年前の不祥事を受け、ディスプレイを使ってドライバーや乗客を監視するシステムや、カスタマーサポートとユーザーとのやり取りが簡単にできる機能を導入した。
車両にはAEB(衝突被害軽減ブレーキ)を標準設備し、「レベル2」相当の運転システムを搭載する。右の後部座席は電気モーターで開閉するスライドドアを採用し、音声かボタンでドアを開け閉めできる。また、ユーザーが車を呼び出した際に6色の中から色を指定。車両前方の窓には、その色のライトが点灯されるため、天候の悪い日や夜でも車両を見つけやすい。
このほか、ユーザーは乗車前にアプリから車内の温度を設定したり、シートを温めることが可能で、運転席のシートを疲労がたまりにくいように設計したり、スマホを使わずに配車依頼に対応できるようにするなど、ドライバー側の環境にも配慮している。
ソフトとハードの分業でリスク軽減
DiDiとBYDが共同開発したコネクテッドEV「D1」。
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DiDiと契約するドライバーは自己車両を利用したり、レンタカー企業から車両をリースしている。DiDiがネットにつながる車両を用意することでデータが集めやすくなり、リース代や手数料の徴収は大きく効率化する。
DiDiは2020年10 月、国内の月間アクティブユーザー(MAU)が4億人を突破し、9月にはグローバルで1日6000万回配車を手配したとしている。アプリと車両から収集したユーザーの利用データは宝の山だ。
一方で、中国はテスラが開拓したEV市場が急成長しているとはいえ、ゼロから自動車メーカーを立ち上げる難しさはIT企業とは比較にならない。巨額の資金や専門人材が必要で、量産化のめどが立つまえに資金ショートするケースの方が圧倒的に多い。
2020年に入り、自動車業界のバッググラウンドを持たない創業者が率いる理想汽車、小鵬汽車がアメリカで上場したが、2社に蔚来汽車(NIO)を加えた新興EV御三家はいずれも2019年に死の谷を経験している。
DiDiが車両製造をBYDに委託したのは、ソフトとハードを分業することで、互いのリスクを軽減する目的もあるだろう。D1はBYDが2020年発表した新型車載用リチウムイオン電池「刀片電池」を搭載する。同電池は従来品より体積が小さく、耐久性が高い。車両は電池残量20%の状態から30分で80%に回復する急速充電に対応し、走行距離は業界最高レベルだという。
中国EVの先駆者でありながら、この数年は自動車、燃料電池事業ともに振るわず、コロナ禍で世界最大のマスク工場化しているBYDにとっても、膨大なユーザーと高い知名度を持つDiDiからの受注は復活の一助となる可能性がある。
中国でも「車を持たなくてもいい時代」到来か
DiDiの程CEOは「車の所有から解放された社会」を描く。
REUTERS/Yilei Sun
DiDiとBYDが共同開発したD1は年内に一般道に投入する予定だが、一般消費者の所有や利用は想定していない。それでもDiDiは配車サービス市場の拡大を念頭に、2025年までに同車両を100万台生産する計画を表明した。自動運転技術が進展すれば、これらの車両が、「昼は都市を走行し、夜は郊外の駐車場に集中停車・充電」するモデルも見えてくる。
DiDiの程維CEOが目指すのは、「自動車の所有から解放された」生活だ。中国は車の所有がステータスだった時代を過ぎ、1人1台時代に近づいている。そして程CEOは、1人1台時代の先に「2人に1人は車を持たず、カーシェアや配車サービスを利用する時代」があるとみている。
程CEO自身、D1の発表会で自動車の免許を持っていないと明かし、2030年までにDiDiがサービスを提供する車両を完全自動運転化し、運転手をなくすビジョンも披露した。
中国や欧州でのEVの急成長に押される形で、日本はガソリン車からEVシフトへ舵を切った。だが、中国の起業家はEVの次を見て布石を打っている。
中国の自動車市場の成長が始まった1990年代、日本の主要メーカーは自国や北米市場を重視し、中国参入で欧米メーカーに遅れをとった。主要国内の人口減と自動車離れを受け中国や新興国での巻き返しに力を入れているが、日本の現状を見れば、程CEOが描く「車を持たなくてもいい社会」は中国にもいずれ訪れるだろう。
所有しなくても自動車自体のニーズが消えない点も、日本と中国は同じ道を歩む可能性が高い。ただ、日本ではマイカーでもシェアでも同じ車が提供されているのに対し、中国では「D1」が号砲を切る形で、「カーシェア」時代に対応した全く新しい車両が出現した。今はブランド力で優位に立つ日本メーカーだが、これまでの競争構図を根本からひっくり返すイノベーションにどう対応していくのだろうか。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。