最後に、小国士朗(41)に「28歳の自分に今、声をかけるとしたら?」という質問を投げかけた。28歳といえば、NHKに入社して、最初の赴任地の山形から東京に異動した頃だという。
その時の自分に声をかけるとしたら、「このあと、おいしいことが待ってるよ」という言葉でしょうか。
僕、33歳の時に、心臓病になるんですよ。そして、心臓病になったことで、ずいぶん自由になれるんですよね。だから、「もうちょっと待ってなさい。5年後に人生が大きく変わるから、楽しみにしてて」って、にやにやしながら言いたい。
「戦いの螺旋」の渦中で倒れ、意識不明に
睡眠不足が続くある日の帰路、胸に突き上げるような衝撃が小国を襲った。(画像はイメージです)
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僕、NHKに入社したとき、「40歳くらいになったら、みんなから『あの人、何やっている人だろう?』という人になりたい」と思っていたんです。自由に働いて、自由に仕事を作っている。そんな、不思議な存在になりたいって。
でも、現実的には、連日連夜番組づくりに追われて、会社に泊まり込む日々。番組を作ることは楽しかったから、不満はなかったけれど、どこか限界を感じてもいたんです。
このまま、どれだけ番組を作り続けていても、上の世代の成功体験を超えることはできないだろうな、と。
視聴率20%が当たり前だった時代と今では、戦いのステージ自体が違う。井上雄彦さんの漫画『バカボンド』に出てくるような、勝ちの見えない「戦いの螺旋」が、ずっと続いていると思って、しんどかった。
心臓病で倒れたのは、そんな時でした。
ちょうどロケで中国に1カ月半行っていたんです。が、そのロケがうまくいかなくて、編集でなんとかしなきゃいけないと、帰国してから1カ月、毎日徹夜か数時間睡眠という日が続いていました。働き方改革なんて言葉もなかった頃です。
ある日、渋谷から自宅に戻ろうとバスに乗るために、ちょっと走ったら、急にどーんと突き上げるようなものがあったんです。
最初は何があったのかわからなかったのですが、息ができないし、汗は止まらないし、目は見えないしで、これはマズイと思って病院に駆け込みました。
あとから分かったのですが、その時はもう、心拍数が250くらいまでいっていたそうです。病院に駆け込んで覚えている最後の光景は、20人くらのお医者さんや看護師さんに囲まれて、自分が沼のようなぬかるみに、ずぶずぶと沈んでいく感覚です。それはすごくあたたかくて、気持ちの良い感触で、そのまま意識がどんどん遠くなっていきました。
意識がなくなる直前、最後に思ったのは、「これ、おいしい経験してるな」でした。きっと、誰かにおもしろおかしく喋れるなあと思ったんでしょうね。そこからは、真っ暗闇でした。
結果的に、蘇生できたので笑い話にできているですが、医師に聞くと、紙一重だったそうです。その時思ったのは、
「ああ、人間ってこうやって死ぬんだ」
「命の火って、こんなふうに急速に消えていくんだ」
ということでした。
番組を作れないディレクターなんて終わってる
小国を襲ったのは、突然脈拍が速くなり、ついには止まる心臓の病気。手術も受けた(画像はイメージです)。
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病名は心室頻拍。
その後、手術もするのですが、どこで倒れるかわからないので、もうロケに出ることは難しいと言われました。
ロケに出られないということは、番組が作れないということ。
「番組が作れないディレクターなんて、終わりじゃないか」と、しばらくは落ち込んでいました。
でも3カ月くらい散々落ち込んで、悩んだあと、ふと、急に清々しい気持ちになったんですよね。
「いや、これ、ひょっとしたら、おいしくないか?」って思ったんです。
自分は、もともと、肩書きに縛られない自由な仕事をしたいと思ってNHKに入社したはずだった。病気になったことで、それを堂々とできる立場になったんじゃないか?と気づいたからです。
終わりの見えなかった戦いの螺旋からも、堂々と降りることができる。これからは、番組を作らないディレクターとして、大手を振って、不思議な存在になってやろう! そんなふうに切り替えることができました。
誰もが「プロフェッショナル 仕事の流儀」の登場人物になりきれるアプリを作ったのも、この経験のあとです。それまではこの番組を作る立場だったけれど、この番組が持っている価値を、もっと多くの人に届けることはできないかと考えて。
番組を作ることにこだわっていたら、このアプリも、その後の「注文をまちがえる料理店」の企画もなかったと思う。
注文をまちがえる料理店では、数々の新たな出会いに恵まれた。
撮影:森嶋夕貴(D-CORD)
だから、僕にとって、体を壊して仕事を制限されたことは、本当に、人生が大きく変わるおいしい体験だったと思っているんです。
28歳の自分に会えたら、だから、こう伝えたいですね。
「これから、すっごく面白い人生が待ってるよ。めっちゃわくわくする人生だよ」って。
(敬称略・完)
(文・佐藤友美、写真・伊藤圭)
佐藤友美(さとう・ゆみ): 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。