コロナによって「出会いの場」が無くなってしまった母親たち。孤立した育児に拍車がかかる。
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コロナ禍に妊娠・出産した母親たちが、孤独な育児に悩まされている。出産時の立ち合いや産後の面会ができない上に、母親学級や子育て広場など「ママ友」との出会いの場も持ちづらい。
頼みの綱の夫すら、職場の無理解によって、思うように子育てに関われない人も。子育て支援に携わる関係者は「コロナで誰もが頑張っているから、母親も頑張れ」という社会の空気も、孤立した育児に拍車を掛けたと指摘する。
里帰り断念、実家ではコロナ発生……
「出産後、新しくできたママ友はいません。母親学級がないので沐浴のやり方も分からず、YouTubeをお手本にしました」
そう話すのは、横浜市内で生後4カ月の長女を育てる彩子さん(仮名、28)だ。
7月の出産時は、新型コロナウイルス感染防止のため出産時の付き添いも入院中の面会も禁じられた。
「陣痛で痛くて眠れなくても、助産師さんは1時間に1度巡回に来るだけ。背中をさすってくれる人もいなくて、寂しかったしつらかった」と振り返る。
退院後は実家に帰るつもりだったが、両親も、実家に同居する弟も出勤して働いていたため、感染リスクを考えて結局、夫と暮らす自宅へ戻った。
するとその直後、弟のコロナ感染が発覚。両親はPCR検査で陰性だったものの、濃厚接触者として2週間、自宅から出られなかった。
「もし帰っていたらと思うとぞっとする。ぎりぎりセーフでした」
コロナ禍での”孤育て”。実家にも帰れず、保育園に預けられず、不安は募るばかりだ。
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ただこのため退院直後は一切、両親のサポートを受けられなかった。義両親もウイルスを持ち込むことを恐れて極力来訪を控え、夫婦2人だけの子育てがスタートした。
出産直後は、コロナ感染防止のため行政が運営する子育て支援拠点も閉鎖されていた。
その後少しずつ再開されたものの、滞在時間や人数に制限を設けている施設が多い。
彩子さん自身は「万が一感染してしまったら、と思うとあえて行く気になれない」と、まだ一度も利用したことはない。
近くに一時保育を受け入れる保育園はほとんどなく、6カ所問い合わせてやっと受け入れ可能な園を見つけたものの、「説明会に参加するのも半年待ち」と言われた。夫が出勤している日中、彩子さんが物言わぬ娘と2人だけで過ごす日々が続いている。
「ベビーヨガなど、出産したらやりたいと思っていたこともできず、育児の話ができる友人もいない。同年代の赤ちゃんを見る機会もなく、他の子たちの発育ぶりなどの様子が分からないのも不安です」
産後2週間で義実家に駆け込む、産後うつのリスク2倍に
1歳未満の子どもを育てる母親の「産後うつ」のリスクが、コロナによって2倍に。
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筑波大の松島みどり准教授と助産師の研究グループは6月、子育て関連サービスを提供する企業の協力で、妊産婦計約5500人を対象に育児支援に関する調査を実施。その結果、妊婦と産後3カ月の母親のうち、67%がコロナ禍で両親学級などが中止されたと回答した。
さらに73%は入院中の面会が、57%は立ち合い出産が、それぞれできなくなったという。松島准教授が10月に行った別の調査では、1歳未満の子どもを育てる母親の「産後うつ」に陥るリスクが、コロナ禍で2倍に上昇した恐れがあるとの結果も出た。
神奈川県内の主婦、早苗さん(仮名、27)も、5月末に長女を出産後、2週間で「うつっぽくなり」、義実家に駆け込んだ1人だ。早苗さんの両親も毎日出勤していたため、里帰りはしなかった。
娘はうまく母乳を飲めず授乳に時間がかかり、早苗さんは「全然眠れなかった」。帝王切開の傷の痛みも残り、娘を抱き上げる時、お腹に力を入れるたびに傷が開きそうでひやひやしたという。
「訪ねてくる人もおらず、夫以外の話し相手もいない。楽しいことなど何も思い浮かばず、赤ちゃんはかわいい存在だと頭では分かっていても、本心からそうは思えなかった」
産後2週間目の健診で、産後うつのスコアが高いと診断されたこともあり、その日のうちに義実家へ移った。
「とにかくこの状況から解放されたい一心だった。義実家に行かなかったら、心身ともにもたなかったと思う」
義実家では、義母がミルクの授乳や家事を引き受けてくれたので、早苗さんは体を休めることができた。
10日ほどで娘の生活リズムもつかめるようになり、帰宅。その後は整体に通ったり、同じ時期に出産した同級生と会ったりするようになり「今は子どももとてもかわいい」と話した。
夫の職場の無理解「俺の嫁はできた」と上司
夫の支えが必須な育児。しかし日本企業において、父親の育児が理解されない風習は根強く残っている。
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「コロナ禍で育児サポートや実家、ママ友と遮断される中では、夫の育児へのコミットが不可欠です」
NPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)の塚越学理事は、このように強調する。
しかし、上司の理解が得られず父親が育休を取りにくいケースは、大企業にも未だに見られるという。
まして中小企業は「子育てに対する認識が、30年前の専業主婦モデルのままアップデートされていない経営者が多い。彼らは育児・介護休業法などに罰則規定がないのをいいことに、無視を決め込んでいる」と、塚越理事は憤る。
前出の彩子さんも、夫の勤め先の無理解に苦しんだ。
実家のコロナ感染などの事情を話し、父親の育児参加が必要だと訴えたが、出産予定日になっても育休取得を認めてもらえなかった。
上司は夫に「俺の嫁はできたから、お前の嫁もできるはずだ」「普通の人はまずコロナにはかからない」などと言い放ったという。
夫の勤め先は数千人の社員が働いているが、過去に育休を取った男性はいない。
育休取得を渋ったのは「前例を作りたくなかったためでは」と、彩子さんは推測する。労基署やFJにも相談してようやく1カ月間の休みを認められものの、その期間の週2日の出勤や、残りの3日も在宅ワークを迫られた。
幸い、夫自身は子育てと家事に積極的で「週3日とはいえ、料理や皿洗い、買い物などをしてくれてとても助かった」(彩子さん)。しかし休みが終わると、夫はいつも通り毎日出勤してフルタイムで働くようになり、早朝から深夜まで勤務することも。
家庭あっての社会。犠牲にしては成り立たない
社会が危機に陥っている今だからこそ働かなければ、という意識が強まりがちだが、家庭を最優先しても成り立つ社会体制を作らなければいけない。
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また、前出のうつ傾向が診断された早苗さんの家庭では、夫はいわゆるエッセンシャルワーカーで、緊急事態宣言中もほぼ通常どおり出勤し、宿直勤務もこなしていた。
男性の育休取得を巡っては、政策には賛成しつつも「部署の繁忙期だから」「属人性の高い業務なので抜けられると困る」などを言い訳に、推進に後ろ向きな企業もある。
公務員やエッセンシャルワーカーの場合、「コロナ禍だからこそ、社会のために働くべき」という意識が強まる傾向もある。
しかし、塚越理事は訴える。
「家庭あっての社会であり、『家を犠牲にして人の役に立つ』という考え方は時代に合わない。たとえ社会的に必要性の高い仕事であっても、チームに1人育休取得者が出たら、他のメンバーで仕事を回せる体制を作るべきだ」
「産みたい」気持ちも奪った。麻生発言に憤り
少子化の原因について、「結婚して子どもを生んだら大変だとばかり言っているからそうなる」と発言。批判を浴びた麻生太郎財務相。
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彩子さんの自宅には最近、出産祝いのため同年代の友人数人が訪れた。
彼女たちは全員未婚で、口々に「子どもを産みたいとは思わないよね、不安だし……」と話したという。彩子さん自身も「2人目はないと思っている」と語る。
彩子さんの世代は、幼いころから阪神大震災や東日本大震災を経験し、「何が起きるか分からない」という漠然とした恐れを抱いて成長した。さらに今回のコロナ禍では、ホテルを解雇されたり、経営する飲食店が倒産したりする友人も現れた。
彩子さんは言う。
「私たちの年代は年功序列がすたれ、40〜50代で十分な収入を確保できる保証もない。コロナ禍で仕事を失う友人の姿まで目の当たりにし、生むことへの不安はますます強まった」
また友人たちは「転勤が多く結婚すらできるとは思えない」「今の部署は忙しくて、出産したら働けなくなる」といった、人生やキャリアへの不安も語っていたという。
そんな中、麻生太郎財務相は11月18日、少子化の原因について「結婚して子どもを生んだら大変だとばかり言っているからそうなる」などと発言したと報じられた。
彩子さんはこれに対して、
「結婚や出産への夢を失わせているのは、女性を取り巻く環境ではないか。母親の声に耳を傾け、不安を理解しようという姿勢が全く感じられない」
と憤る。
塚越理事もこう指摘する。
「コロナ禍は、みんな大変なのだから母親も子育てを頑張れ、という空気を押し付けてしまった面がある。しかし、従来は当たり前だった育児支援が届かなくなった今こそ、社会全体が『ファミリーファースト』に配慮すべきだ」
(文・有馬知子)