アメリカ・デラウェア州のホームセンター店頭、クリスマスシーズンの到来を告げるサンタの飾り。コロナショックによる景気後退局面の始まりから9カ月。失われた雇用の回復はまだ半分程度にとどまっている。
REUTERS/Mark Makela
12月4日にアメリカの11月雇用統計が公表された。非農業部門の雇用者数は前月比プラス24.5万人と、市場予想の中心(プラス46.0万人)を大幅に下回った。
家計調査にもとづく失業率は、前月比でマイナス0.2%ポイントの6.7%にとどまったが、労働参加率の低下(61.7%→61.5%)を伴う動きなので、あまり喜べる話ではない。
ここで指標の意味合いを明確にするために数式を示しておこう。労働参加率は「労働力人口(就業者+失業者)÷生産年齢人口(16 歳以上人口)」で、失業率は「失業者÷労働力人口(就業者+失業者)」で、それぞれ求められる。
これらの数式において、ある人が失業者と認識されるためには、調査期間中に求職活動を行っている必要がある。労働意欲を失い、労働力人口から外れた者は、失業者にカウントされない。したがって、そうした人々が増えた場合、(数式上は失業者数が減るため)失業率が低下するとともに、労働参加率も低下するというケースが想定される。
これがひんぱんに指摘される「悪い失業率低下」だ。逆に、労働参加率上昇を伴う失業率の上昇は「良い失業率上昇」と呼ばれることもある。
労働参加率の低下が続くと、一国経済に対する労働投入量が減ることになるので、潜在成長率が押し下げられてしまう。
「長期失業者」の割合は失業者の約4割、歴史的水準に
こうした(労働意欲を失った)市場からの“退出予備軍”は、「長期にわたって就職活動をしたものの職を見つけることができなかった層」と重なることが多く、その意味で「過去27週間以上にわたって職探しをしている失業者」(=長期失業者)の趨勢は、経済の先行きを読む上で重要視される。
下の【図表1】は、失業率と失業者全体に占める長期失業者の割合を見たものだ。
【図表1】アメリカの長期失業者割合と失業率の推移。長期失業者とは、「失業期間が 27 週以上に達した者」を指す。
出所:Macrobond資料より筆者作成
足もとで失業率が大きく低下している一方、長期失業者の割合は大きく上昇していることがわかる。11月の長期失業者の割合は失業者全体の4割近くに迫っており、リーマンショック直後の記録(45%程度)まで増える気配もある。
過去の経験に倣(なら)えば、失業率が下がると長期失業者の割合も減ってくるものだが、現状はそうなっていない。これは、ロックダウンによって失業者の母数が大きく増減した影響とみられる。
長期失業者の割合は失業者(すなわち分母)が急増した春先に急低下したものの、足もとにかけて、失業者の急減とともに(長期失業者の割合が)急上昇するという、特異な軌道を強いられている。
この軌道の特異さについては詳細を省くが、いずれにしても、4割弱という長期失業者の割合は歴史的に見ても非常に高いという事実に変わりはない。しかもまだ上昇の余地があるという現在の状況は非常に心配だ。
労働参加率は「低下すると元に戻りにくい」
労働参加率の低下に話を戻そう。この問題はリーマンショック後から米連邦準備制度理事会(FRB)も再三問題視してきたものだ。
過去10年をふり返ってみても、アメリカが完全雇用状態に接近するなかで、労働参加率は悪化こそしなかったが、元には戻らなかった【図表2】。
【図表2】アメリカの長期失業者割合と労働参加率の推移。
出所:Macrobond資料より筆者作成
労働参加率には「強いショックを受けて低下すると元には戻りにくい」特徴がある。
これは、長期失業者がいったん労働市場から退場してしまうと、意欲もスキルも失われ経済活動に復帰できなくなってしまうという事実と合わせて考えれば、長期失業者の割合の上昇が「原因」で、労働参加率の低下が「結果」だと理解できる。
なお、労働参加率の低下は、潜在成長率の低下の原因にもなる。コロナショックを受けて労働参加率が一段と低下した現在の状況について、FRBはじめ米政策当局者の胸中は暗澹(あんたん)たるものがあるのではないだろうか。
コロナ失業「残り1000万人」の回復はいつか
過去の寄稿『株価回復も消費者心理は悪化の一途。米経済の行く手を阻む「1200万人失業」』でも書いたが、最近のアメリカ経済の特徴として、株価だけが上昇して、消費者心理はまったくついてこないという状況がある。
その背景にあるのが、劇的に悪化した労働市場(含む賃金情勢)だ。11月雇用統計はどう見ても失望的な内容だったが、金融市場では「政策期待を後押しする」という解釈から株価が続伸した。もはや倒錯(とうさく)しているとしか言えない値動きである。
アメリカの実体経済について現状と展望を描くとすれば、そうした金融市場の倒錯的な値動きから一歩退いた姿勢を持って、雇用市場の現状を俯瞰してみることが必要だろう。
まず、3~4月に失われた2000万人の雇用のうち半分(1000万人)まで復元したところで、雇用の回復に急ブレーキがかかってしまった。
この「1000万人」というのは非常に大きな数字だ。というのも、2007年12月に始まったリーマンショックを伴う前回の後退局面を例にとると、後退局面入りから26カ月後の2010年2月に記録した、約「870万人」減という雇用喪失が“最悪期”だったからだ。
少なくとも、失われた雇用の「量」に限って言えば、現状は「リーマンショックの最悪期よりも最悪」という認識が必要だ【図表3】。
【図表3】非農業部門雇用者数の景気の山からの変化幅。
出所:Datastream資料より筆者作成
ちなみに、リーマンショック時の約870万人の雇用喪失が完全に復元されたのは、後退局面入りから77カ月後の2014年5月だった。実に6年5カ月の月日を要したのである。
コロナショックと比較すると、2020年11月は後退局面入りから9カ月で、1000万人(厳密には983万人)という雇用喪失を抱えている。回復するのにどれほどの月日がかかるのかを考えると、気が遠くなりそうだ。
FRBは現状をどう見ているか
米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長。ロイターによると、12月1日には「米経済はなお打撃から回復しておらず、不確実な状態にある」と発言している。
Toni L. Sandys/Pool via REUTERS
今回の雇用喪失は人為的な活動制限で失われたものなので、感染収束の動向とそれに伴う為政者の判断次第で、雇用回復ペースはスピードアップする可能性もある。実際、後退局面入りから9カ月間で1000万人の雇用回復は異例のスピードだった。
しかし、仮にこれからリーマンショック後の倍のペースで雇用を積み上げていっても、完全に回復するまでには3年程度の月日が必要になる計算だ。したがって、当分は雇用情勢がFRBの政策運営をしばる状況が続くと考えられる。
FRBは2020年夏以降、「平均+2%」到達を物価安定の条件とする新たな枠組みを展開している。だが、「平均」の対象とすべき期間などは明示されておらず、適宜、柔軟に調整するとしている。
なので、今後例えば、消費者物価指数は上がっていないのに、インフレ期待は上がっているという理由で金融引き締めに動く可能性も否めない(これもまた論点なのだが、今回は割愛する)。
とはいえ、大量の雇用が失われたままの状況で、利上げに象徴される「正常化プロセス」に着手することはないだろう。リーマンショック後、FRBが利上げに復帰できたのは2015年12月。上述した通り、雇用が完全に回復したのが2014年5月だから、利上げまでにはそこからさらに1年7カ月かかったわけだ。
考慮すべき論点は山ほどあるが、雇用市場の現状と展望に照らせば、来るべき2021年においては、アメリカの金利が一方的に上がる(ひいてはドルもが上がる)ということは、まず考えにくいと思っていて問題ないだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文:唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。